雪 解 -2-

技術家庭のテストを楽々とこなした和奏は伸びを一つして校舎を出た。今日でテスト自体は終了なのだが、教職員がテストの採点等で時間を取られるためにクラブ活動はまだ休みである。
(さあて、そろそろ帰ろ。……ん?あ、たまちゃんだ……。)
そんな中、学生会館へと足を向けている珠美の姿が目に留まり、他に誰の姿もないのを確認すると和奏は思わず声をかけていた。
「たまちゃん。」
「和奏ちゃん。」
びっくりした様子から一転して笑顔になった珠美に近寄ると、和奏は学生会館と珠美の姿を見比べて言葉を続けた。
「……どうしたの?テスト期間中はクラブ活動、休みだよね?」
すると困ったように眉(まゆ)を寄せた珠美は学生会館の方を見ながら答えた。
「あ、うん、みんながお休みのうちに、部室のお片づけしておこうと思って。」
どうやら、テスト期間中ずっと少しずつ片付けていたようだ。和奏は目を丸くすると、感心したように言った。
「そうなんだ……えらいね。でも、もう遅いよ?」
技術家庭のテストは筆記と実習とがあるので時間がかかるのだ。最終下校時刻まではまだ間(ま)があるとはいえ、もう辺りはすっかり夕闇に包まれていた。
「う、うん……でも、もう少しだから……。」
ますます困ったようにそういう珠美に和奏は一つ頷(うなず)くと、
「……よし!じゃあ、わたしも手伝ってあげる!」
と提案した。
「え、そんな!?」
「いいのいいの。テスト自体は今日で終わったんだし。ちゃちゃっと済ませちゃおう!」
と困惑した表情の珠美を促すと、学生会館へと向かった。

「……終わった……ね。」
最後に部室の床にモップを掛け終わると、和奏は思わず息を吐いた。そんな和奏に窓を閉めながら珠美が嬉(うれ)しそうに声をかける。
「うん……ありがとう。わたしひとりだったら、何時までかかったか……。」
何事も丁寧にきっちりこなす珠美は人と同じ事をするのにどうしても時間がかかってしまうのだ。その代わり、手抜きが一切ないおかげで安心して仕事を任せられるのである。和奏は割と抜けるところは手を抜くタイプなので、珠美のそういう自分に妥協を許さないところは尊敬に値する美点だと素直に思う。
「和奏ちゃん、すごいな……。テキパキしてて……。」
なのにそう言って俯(うつむ)く珠美だから、周りの友達も放っておけなくなるのである。和奏はにっこり笑顔を見せると、珠美の手を取った。
「たまちゃんだって、やる時はやるじゃない。」
「ううん、自分でもわかってるの……わたしノロマだから……。」
(たまちゃん……。)
目を閉じてますます俯(うつむ)く珠美に、今は何を言っても追いつめそうだと感じた和奏は、ぽんぽんと握っていた手を叩(たた)くと、
「さあ、暗くならない内に、帰ろっか!」
と促した。その言葉に珠美もそれ以上落ち込むことはなく、
「うん。」
と頷(うなず)いて部室を後にする。そのまま校門を出るまでしばらく無言で歩いていたのだが、ふと思い出したように珠美が言葉を発した。
「春休み終わったら、一学年あがっちゃうね……。」
その言葉に和奏はにっこり頷(うなず)くと
「うん。しっかりしなくちゃね。あ、たまちゃんもだよ。」
と茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせた。
「あ……わたしは、大丈夫だと思う……。」
ところが、少し考えながらさっきとは違うことを言う珠美。ちょっと驚いた和奏が珠美の方を見ると目が合ったところで珠美が微笑んだ。
「……こう見えてもね、意外としっかりモノだから、わたし。」
「……そうなんだ。うん、そうだよね!」
「うん……。」
(なんだ、たまちゃん。ちゃんとわかってるんじゃない。)
そんな風に思いながらも話題は春休み中の予定へと移っていったのだった。

ライン

翌日、テストの結果が張り出された。珊瑚も今回はかなりの手応(てごた)えを感じていたので、自信を持って上から順に名前を探していた。
「わぁちゃん、今回も葉月と並んでトップ。」
「ホント?よかった〜。」
和奏は自分の順位よりも珪の順位を聞いて安心したようだ。理由がわかっている珊瑚は、少し微笑むとまた自分の名前を探すべく視線を上げた。
「あった……。7位……。」
「さぁちゃんもすごいじゃない!しっかり追い上げてるよ。」
和奏が自分のことのように喜んでくれるのに笑顔になった。
「うん、やっと一学期の遅れを取り戻せた感があるよ、実際。」
「さぁちゃん頑張ってたもんね〜。」
「まぁ…まだまだ苦手科目はわぁちゃんの手を借りないと理解できないところが多いけどね。」
そう言ってぺろりと舌を出した後、珊瑚は和奏を促してみんなが待ついつもの木陰へと移動した。

珊瑚の誕生パーティーはいつも通り珠美お手製のお弁当の数々に、舌鼓を打つものになった。テストからの開放感もあっていつも以上に盛り上がっている。
「海藤さん。」
そんな友達同士の気さくな誕生パーティーに慣れてきた瑞希が、今日は珍しく和奏ではなく珊瑚の側へと寄ってきた。どうしたのだろうと首を傾(かし)げると微笑を湛(たた)えて瑞希が言った。
「よかったら今度、一緒にお勉強してあげてもいいのよ?」
今回の瑞希は149位だった。自分はあまり代わり映えのしない成績なのに、驚異的な追い上げを見せている珊瑚の勉強法が知りたいのだろうか。その言葉に奈津実が毎度のごとく茶々を挟む。
「とか何とか言っちゃって!10人もいる家庭教師はどうしたのさ?」
「全員クビよクビ!ぜんっぜん成績上がらないんだから!」
といつものように眉(まゆ)をつり上げる瑞希。奈津実は瑞希より下の163位だ。赤点がなかっただけ今回は良かったと言える方だろう。
「そぉんなに勉強したって仕方ないでしょ。アタシは無駄なことはしない主義。」
そう言って唐揚げを頬(ほお)張る奈津実の表情はもうすっかり解放されたものだ。鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気で次々と箸(はし)を伸ばしている。
「でもホント、珊瑚さんの追い上げにはびっくりしたわ。」
かくいう志穂は珊瑚より1つ上の6位だ。ライバルが増えるのは悔しいどころか嬉(うれ)しいらしく、笑顔で珊瑚に声をかける。
「また一緒に勉強しましょう。私が使ってる参考書、教えてあげる。」
「うん、ありがとう!」
志穂からの勉強への誘いは何よりの褒め言葉だ。笑顔で受け答えする珊瑚の隣で、話に加わらずいそいそとデザートの準備を始めている珠美に和奏は気付いた。
「それにしても、たまちゃんのお料理はいつ食べても絶品だね!これだけ用意するの、大変だったでしょう?」
和奏がさり気なく珠美に話を振ると、用意した桜餅を手に珠美は笑顔で答えた。
「うーうん、そんなことないよ。いい息抜きになったし、お料理は好きだし…。」
珠美の順位は133位だ。その中でも技術家庭の点数が90点台なのはさすが、というべきだろう。
「みんなのお誕生祝い、ある意味タマちゃんのお弁当が楽しみだったりするしね。ホント、ありがとうね。」
と和奏の言葉に気付いた珊瑚が言えば、珠美ははにかんだ笑顔を返す。
「おー!今日のデザートは桜餅なんだ♪春らしくていいね。」
「うん。珊瑚ちゃんのお誕生日はお雛祭りに近いから…。」
甘い物には目のない奈津実がいち早くデザートに気付くと、珠美はみんなに桜餅を配り始める。そうして珊瑚の誕生会は春の気配がいっぱいの温かく柔らかいひとときとなった。

ライン



Copyright © TEBE All Rights Reserved.