雪 解

テスト2日目になる今日の科目は数学である。珊瑚は苦手な図形問題がちょうど先日桜弥に教わったところだったおかげで、なかなかの手応(てごた)えを感じていた。
「やっと今日のテストが終わった!」
「ふふ、図形問題、ちょうどこないだ守村くんに聞いたところが出てよかったね。」
「ホントホント!思わず、ラッキー♪って言いそうになったもん。」
「あはは、わかるわかる〜。……あれ?何?あの人だかり。」
「……?守村?」
上機嫌で和奏と連れ立っての帰り道、中庭にいつもは気付かなかった人だかりを見つけた。ちらりと見えた横顔はよく見知ったもので、そのことに2人同時に気がつき顔を見合わせ、興味を惹(ひ)かれてその人だかりに近づいてみれば…。
「……問3ですか?そこは、教科書64ページの第3公式を応用して……。」
「………!」
「問6ですか?僕は、Bにしました。はい。」
真ん中に桜弥がいて、周りから浴びせられる質問1つ1つに丁寧に答えているようだ。(お邪魔かな?)と思ったものの、和奏と頷(うなず)き合うと珊瑚は声をかけてみることにした。
「守村……何やってるの?」
「あ、海藤さんに如月さん。」
今日のテスト問題であろうプリントを片手に視線だけでこちらを確認する桜弥。
「みんなで、今日のテストの答え合わせをしているんです。」
「ふーん……。」
「はい。」
珊瑚もごそごそと今日の問題を取り出して質問してみようかと思ったとき、反対側から違う男子生徒の声が上がった。
「守村ぁ!ここの答えは?」
「あ、はいはい!えーと……問7ですね?これは……。」
和奏も珊瑚と同じようにテスト問題を取り出して答えに耳を傾けているうちに、なんだかおかしくなってきた。
「答え合わせっていうか……守村くんがほとんどひとりで答えてるよ。」
と、その声が聞こえたのか、桜弥がまたこちらに視線を向けて、不思議そうな顔をする。
「……え?あれ、そうでしたか。」
「親切なんだね、守村くん。」
「い、いえ……そんな……。」
褒められて少し照れたのか微笑を浮かべると、桜弥は口を開いた。
「テストが終わった後の不安な気持ちって、誰もが同じですから……それだけです。」
そうしてまた、別のほうから飛んできた質問に律儀に答えを返していく桜弥。珊瑚と和奏は質問はせず、同じように答え合わせをさせてもらいながら2人同じ事を思っていた。
(やっぱり、守村(くん)って、すごいや……。)

「明日は選択科目かぁ…。地理に政経、化学と生物…。続けての苦手科目、なんとかなるといいんだけど。」
生物の教科書とノートを開いて復習をしながら珊瑚は誰にともなく呟(つぶや)いていた。そしてカレンダーに目を遣(や)ってはた、と思い出す。 
「そっか、明日が私の誕生日だ。テスト期間中、しかもド真ん中なんて…ホント、付いてないなぁ。」
誕生日の翌日は芸術のテストなので特に勉強が必要ないこともあり、両親が家でささやかなお祝いをしようと先ほど夕飯の時に言ってくれた。それだけでも珊瑚は嬉しくて、明日は早く帰ると約束してくれた両親に無理はしなくて良いからと答えて自分の部屋に戻ってきたのだ。これから2人であれやこれやと相談しながら明日の誕生会が身内だけとはいえ、寂しくならないように考えてくれてるだろうと思うとそれだけで頑張れる気がする。
「よし!もう一息、頑張ろう!」
部屋へ戻るときに淹(い)れてきたアイスコーヒーを一口飲むと、また勉強に戻る珊瑚だった。

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(うん、バッチリ!)
相変わらずの手応(てごた)えを感じて安心しているこちらは和奏である。テスト3日目。選択科目での地理のテストが思ったより簡単に解けたので一息吐(つ)いたところだ。テスト終了までまだ20分も残していた。和奏は見直しをしながら、不自然にならない程度に後ろにいる珪の様子をそっと窺(うかが)ってみた。
(今回は居眠りせずにちゃんと受けてるみたい。良かった。)
なんせ、授業中であろうとテスト中であろうといつでもどこでも眠くなったら眠ってしまう珪なのである。そのくせ、テストではいつもトップ争いの中にいるのだから、教師としても注意するにしきれないところだろう。ただ、テスト中に眠ったときにはがたんと順位は落ちるのだが。
(葉月くんって、ホント、いつ勉強してるのかなぁ?)
部活動はしてないにせよモデルの仕事をしながら、しかも授業中には居眠りをしていて、それでトップクラスの成績なのだからある意味羨(うらや)ましいものだ。和奏は頭をふって珪のことを追い出すと、もう一度テスト問題に集中した。

帰り際、瑞希に捕まって少し出遅れた和奏は、慌てて下駄箱まで走ってきた。隣のクラスを覗(のぞ)いてみれば、もう珊瑚は帰った後だったのである。どうしても今日中に捕まえなければ意味がないので、かなり焦って急いでいた。驚かそうと思って帰りの約束をしなかったのが裏目に出たらしい。
「……みっけ。…さぁちゃん!!」
「あれ?わぁちゃん、どうしたの?」
なんとか校門を出る前に珊瑚を捕まえられて、和奏は息を整えながら誘いをかけた。
「ハァ、ハァ……。一緒に、帰ろうと、思って。」
「それはいいけど…だったら、朝、言ってくれれば待ってたのに。」
「うん……。」
はぁ〜と大きく息を吐いてやっと呼吸を整えると、珊瑚と並んで歩き出した。
「さぁちゃん。」
「なぁに?」
「あのね…お誕生日、おめでとう!!」
そう言って拍手をしながらにっこり笑う和奏に珊瑚も嬉しそうに笑みを返す。
「わぁちゃん……。ありがとう。」
「うん、それでね?」
小首を傾(かし)げて右手の人差し指を顎(あご)に充てると、和奏は珊瑚を窺(うかが)うように言った。
「今日の帰り、ちょっとだけうちに寄ってくれない?」
「?いいけど、そんなに遅くなれないよ?うちの両親、なんだかちょっとだけでもお祝いするって張り切ってたし。」
「うん、わかってる。ホントにちょっとだけでいいから。」
多少強引ながらも和奏に引っ張って行かれると珊瑚は如月家の家までやってきた。
「お母さん、ただいま〜!」
「こんにちわー!」
「お帰りなさい、2人とも。和奏、はい、これ。」
「ありがとう!」
玄関で母親から何かを受け取ると、和奏はにっこり笑って珊瑚に差し出した。
「はい、これ!お誕生日のプレゼントだよ!」
「え?わぁ!ありがとう!!」
「それからこれは、うちの家族から。今日のお祝いに是非ご賞味下さいって。」
と言って、ケーキの箱も渡された。珊瑚は和奏からのプレゼントを鞄に入れると、ケーキの箱を有り難く受け取った。
「わ、おばさんのケーキ大好き!!今年は食べれないかと思ってたからすっごく嬉しい…。おばさん、いつもありがとう♪」
「いえいえ。尽も張り切って手伝ってくれたし、さあちゃんのご両親にも話してあるから大丈夫よ。」
「はい、じゃぁ遠慮なく頂きます。それじゃ。」
「ごめんね、寄ってもらって。大丈夫?手伝おうか?」
「うーぅん、平気。ホントにありがとう!」
そうして幸せそうな笑顔を浮かべたまま、如月家を後にした珊瑚だった。

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