贈 物 -2-

今年の和奏の誕生日は残念なことに日曜日になっていた。それでも仲良くなってから今まで順番にパーティーをしてきたんだからと奈津実が言いだし、前祝いとして前日の22日に恒例になった昼休みの誕生パーティーを計画してくれていた。
「でもさ、さぁちゃんはもっと残念だよね。」
「そうなのよ、思いっきりテスト期間中。」
はぁーっと大きなため息を吐(つ)いて、須藤家お抱えのシェフが作った豪華な弁当に箸(はし)を付ける珊瑚。これはもちろん、瑞希から和奏へのプレゼントの一つである。
「じゃさ、珊瑚の誕生パーティーはいつにする?」
奈津実が手帳をめくりながら首を捻(ひね)っていた。テスト期間が終わると半日授業になるため、実質昼休みはなくなってしまうのだ。すると、珍しく志穂が口を挟んだ。
「テスト明けの8日の土曜日はどうかしら?みんな、その日からクラブ、始まるんでしょ?」
「あぁ、うん、そうだけど。ありりんは予備校は?」
珊瑚がちょっと遠慮気味にそう聞くと、意外にも志穂はにっこり笑顔で答えた。
「もちろん休めないけど、お昼をここで、みんなと食べてから行っても間に合うから平気。」
「んじゃ、決まりー!」
奈津実がぱちんと手を叩(たた)いて決定を告げると、特に瑞希に向かって言った。
「3月8日土曜日!場所はいつもと同じココで、海藤珊瑚の誕生パーティーするからね!アンタも『必ず』来るのよ?」
指さして言われた言葉にむっと眉(まゆ)を寄せたものの、瑞希は素直に頷(うなず)いた。
「わかったわ。ギャリソンに予定を入れてもらうように手配するわ。」
「珠美も、大丈夫だよね?」
にこにこと事の成り行きを見守っていた珠美が突然振られてびっくりした後、笑顔で頷(うなず)いた。
「うん!大丈夫。」
「みんな、ありがとう。」
珊瑚はみんなの心遣いが何よりのプレゼントだと思い、誕生日当日に何もなくても平気だと思えた。

帰宅後、和奏はみんなからもらったプレゼントを広げて眺めていた。
「瑞希ちゃまってばすんごい気合い入ってるんだから…。びっくりしたなぁ。」
瑞希からは昼休みの全員分の弁当の手配と瑞希手ずから焼いたというケーキがプレゼントだった。執事が側で目頭を押さえていたのが印象的だった。
「ギャリソンさん、よっぽど嬉(うれ)しかったんだね。瑞希ちゃまが自主的に何かをしたってことが。」
そのケーキを半分はその場でみんなで分けて食べ、残り半分を持って帰ってきたので、一口ずつ味わうように食べながら次に珠美からのプレゼントを手に取った。
「うふふ、カワイイ〜★ たまちゃんらしいな。」
いつもは弁当の用意をしてくる珠美なのだが、瑞希が頑として譲らなかったのでかなり迷った末に贈ってくれたのが紫のエナメルのブローチだった。しばらく眺めた後それをカバンに付け、和奏は満足げに頷(うなず)いた。
「うん、これでよし、と。後、これはなつみんから…。器用だよね。」
奈津実からは手製のビーズのペンダントだった。よくフリーマーケットに出店している奈津実はこういった小物を作るのが実は得意だったりする。和奏の好きな紫色をアクセントに作ってあるのは彼女の拘(こだわ)りだろう。それを一度着けてみて鏡で確認した後に机の引き出しへとしまうと、次は志穂からのプレゼントを手に取った。
「志穂ちゃん、よっぽどあのしおり気に入ってくれたんだろうなぁ。」
志穂からは小さな寄せ植えの植木鉢をもらった。机の上に飾るとすごく可愛らしい。直射日光に当てないで、とも言われていたのでデスクライトさえも直接当たらないところに場所を決めて飾ってみた。最後は珊瑚からのプレゼントだ。
「ふふ、さぁちゃんからは…。」
さすがに和奏の好みを知り尽くしている珊瑚である。華奢(きゃしゃ)に見えてしっかりした作りの写真立てだった。右隅にさりげなくクローバーのモチーフが付いてるのが良い感じだ。
「入れる写真、探さなくちゃ。」
そうして、先ほど置いた志穂からもらった寄せ植えの横にその写真立てを置いて、ケーキの残りを食べながらみんなに祝ってもらった今日一日を反芻(はんすう)するのだった。

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和奏の誕生日当日は日曜日だったので、狙(ねら)っていた訳ではなかったが珪と出かけることが出来た。誘ったときには深く考えてなかったのだが、後からそのことに気づいたときに自分へのささやかなプレゼントだなと和奏は勝手に思っていた。
「葉月くんが覚えてるわけないし……ね。」
なんといっても自身の誕生日さえ忘れているような珪なのだ。誕生日のプレゼントを渡した帰り道になんとなく和奏の誕生日の話もしていたのだが、きっと珪の記憶には残っていないだろう。それでも、今日を一緒に過ごせるだけで和奏には充分なプレゼントだと思えるのだ。
(ちょっと待ち合わせに、遅れちゃったかな……。)
珪は覚えていないだろうとはいえ、自身の誕生日である。おしゃれに気合いが入ってしまったとしても誰も咎(とが)めることは出来ないだろう。おかげで待ち合わせギリギリの時間になっていた。和奏にしては珍しい失態だ。
(葉月くんは…… あ、いた!)
「ごめん、遅れちゃって。」
せっかく髪もちゃんとブローしてきたのに全力で走ってきたのでは台無しだ。それを少し悲しく思いながらも表には出さず、笑みを見せて和奏は珪の側に寄った。
「……待った?」
「ああ、かなり。」
その言葉に驚いて慌てて時計を確認する和奏の姿に、珪は笑みを誘われて言葉を続けた。
「……冗談。俺も、いま来た……。」
「あ…よかったぁ〜。」
ほっとした途端、側にある店のショーウィンドウに写っている自分の姿に気がついた和奏は、さりげなく自分をチェックした。思っていたほど髪型も崩れてないのに安心して珪に視線を戻すと、珪も和奏の姿を上から下まで眺めていた。
「やっぱりおまえ、そういうの、似合うな。」
「そう?ありがとう。」
やっぱり褒められると嬉(うれ)しいものだ。和奏はますます笑顔になって珪と並んで歩き出した。

今日は特に寒いので、植物園の亜熱帯館を回って過ごした。館内とはいえ、やはり緑が多いせいか空気が美味(おい)しく、珪も満ち足りた表情で亜熱帯館から出てきた。
「飽きないヤツだな、お前。」
珪がそんな風に声をかけてきた。和奏が不思議そうに首を傾(かし)げると、珪は微笑みを返しただけでそれ以上は何も言わない。少しして、
「俺、送ってやる。」
と言うと和奏の返事を聞くこともなくくるりと背中を見せて、珪は和奏の家のほうに向かって歩き出した。慌てて追いかけて横に並ぶと、ちらりと和奏に視線を向けただけでいつも通り特に会話をするでなく、しかし穏やかな雰囲気で家までの道のりをゆっくりと歩いた。
「送ってくれてありがとね。」
「べつに大したことじゃない。」
珪はそう言って首を振ると、思い出したように鞄から包みを取り出した。
「……そうだ……これ。」
「……?」
その包みを見つめて首を傾(かし)げる和奏に、珪はぽつりと一言呟(つぶや)いた。
「誕生日……。」
「……プレゼント?」
(うなず)いて包みを差し出す珪を見て、ようやく和奏は自分へのプレゼントだという認識が出来た。期待していなかっただけにかなり驚いた。
「もしかして、わたしの誕生日の……。」
「……俺の誕生日にもらった猫ジグソー、かなり気に入ったんだ。だから、お礼。」
そう言って少しだけ照れくさそうに笑う珪に、和奏は今日一番の笑顔を見せた。
「葉月くん、ありがとう!」
「……ああ。じゃあな。」
「うん、気をつけて。」
(葉月くん、覚えててくれたんだ......。)
和奏は胸がいっぱいになってもらったプレゼントを抱きしめたまま、遠ざかる珪の後ろ姿を見送ったのだった。

珪からのプレゼントは“写真集・世界の仔猫たち”だった。中には和奏好みの可愛い仔猫の写真が満載である。
(あ、カワイイ〜!!)
和奏は夢中になって最後までじっくりと見ていたが、ふと我に返ってひとりごちた。
「……でも、葉月くんがこれを買うところって、ちょっと想像できないかも……。」

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