贈 物 -3-

和奏の誕生日の翌日から期末テストの一週間前となり、クラブ活動はすべて休み、また、3年生は卒業式を控えて自由登校になっていた。珊瑚はここのところ、時間を見つけては図書室へ行ってテスト勉強をする毎日だ。和奏も付き合ってくれているので、家で1人で勉強するよりずっと捗(はかど)るし、わからないところはすぐに教えあえるので効率もいい。時々、珪や桜弥、志穂も来ることがあって、2人でわからないところも彼らに聞けばあっという間に解決していた。
「さぁちゃん、この分だと今度のテスト、すごく良さそうだよね。」
今日のノルマを終えて帰り支度をしながら、和奏がにこにこと話している。今日は桜弥が来てくれたおかげで難解だったとある図形の面積に関する問題が理解できたので気分がいいようだ。珊瑚も教科書を鞄に詰めながら肩を竦(すく)めてみせた。
「どうかなぁ?やっぱり数学と化学が足引っ張りそうだけど。」
「先ほどの感じですと、まず、問題ないと思いますよ。」
支度を済ませた桜弥が2人の会話に入ってきた。その言葉に和奏はにっこり笑って、珊瑚の肩を軽く叩く。
「ほら、守村くんのお墨付きももらったし♪」
「守村ぁー。適当なこと言わないでよぉ。」
やっぱり苦手科目に関してはいくら頑張ってもすぐに自信を持てるものではない。ましてや一学期末のテストで取った赤点の記憶は早々に薄れるものではないのだ。
「い、いえ!僕は、そんなつもりでは……。ただ、本当に海藤さん、初めて会ったときに比べたら質問の内容が格段に難しくなってきてますから。」
桜弥が慌てて両手を振りながらそう言うと、珊瑚もようやく素直な笑みを見せた。
「そう言ってくれると安心するけど。ありがと、守村。」
その笑みに桜弥もほっとしてにっこり微笑み返す。
「どういたしまして。」
「さて、それじゃ、みんなで帰ろう!」
「ええ。帰りましょう。」
和奏の言葉に2人とも頷(うなず)いて図書室を後にする。帰り道も先ほどの続きか、あれこれと数式が飛び交う会話で盛り上がる3人であった。

今日の放課後も珊瑚は図書室でテスト勉強に励んでいた。和奏は家の用事があるとかで、一足先に帰宅していたので1人である。こんな日に限って、志穂はいつも通り予備校に、そして頼りになる桜弥はおろか珪も現れず、明日にでも和奏に聞こうとわからないところに付けていく印だけが増えていく。小一時間ほど経った頃、さすがに効率が悪くなってきた気がして一つ伸びをすると、後は自宅でやろうと帰り支度を始めた。
(あれ……?葉月だ。まだいたんだ。)
昇降口までくると、珪が靴を履き替えているところに出くわした。髪に葉が着いているところを見ると、大方例の場所で昼寝でもしていたのだろう。ちょうどいい道連れが出来たと、珊瑚は声をかけてみた。
「葉月!いま、帰り?」
「……ああ。」
不思議そうな表情で答える珪に珊瑚は
(わぁちゃんとも初めはこうだったのかな?)
と思いながら、笑顔で誘いをかけた。
「ね、一緒に帰らない?私もこれから帰るところ。」
「べつに、かまわない。」
特に深く考えることなく承諾の意を返す珪に珊瑚は気をよくして笑顔になった。
「じゃ、すぐに履き替えるからちょっと待ってて。」
そして珊瑚にしては珍しく、珪と2人での帰り道となった。
「もうすぐ期末テストだね。」
「……ああ。」
先ほど勉強していたこともあってそう切り出すと、珪は特にいつもと変わりない調子だ。珊瑚はちょっと拗(す)ねたように両手を腰に当てると、珪を指さして口を開いた。
「“ああ”って……。いいなぁ、アタマいい人は気楽で……。」
その言葉に珪は小さく微笑むと、他人事のように
「勉強、しっかりやれよ。」
というのみであった。珊瑚は少しむっとしたものの、思い直したようにため息を吐(つ)いた。
(説得力ないなぁ……。余裕、なんだろうなぁ。)
「じゃ、さ、ちょっと教えてよ!さっきまで図書室にいたんだけどさっぱりわかんなくってさ。こんな日に限って誰も来ないし。」
と鞄からノートを取り出すと、あれこれと珪に尋ねる珊瑚であった。

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その頃、和奏は1人で商店街へと来ていた。母親からの頼まれ物ももちろんあったのだが、本来の目的は来週に控えた珊瑚の誕生日プレゼントを買うためである。みんなでの祝いは土曜日の昼にということになっていたが、やっぱり当日にプレゼントを1つももらえないのは寂しいだろうと思ったのだ。とあるファンシーショップへと入り、前々から目を付けていた品物を購入すると、和奏は軽い足取りでウィンドーショッピングをしながらのんびり歩いていた。と、
「なんでよー!なにを根拠に、こんな結果出すのよ!この機械、絶対壊れてる!」
ゲームセンターの前を通ったときに聞こえてきた声に聞き覚えがあるような気がして、ふと足を止めた。
「お、お客さん、これはゲームですから……。」
(あれ?……あそこにいるの、なつみんだ。)
(のぞ)いてみたゲームセンターのとある一角に奈津実が座っていて、店員に文句を言っているようだ。
「ゲームだからって、テキトーなこと言っていいの?」
よくよく思い出してみると、確かその一角はコンピューター占いの機械が置いてあるはずだ。
「そ、そんな……コンピューター占いの結果ですから……。」
怒濤(どとう)のような文句に店員も弱り顔だ。奈津実は必死の表情で顔の前で手を合わせると何度も店員に頭を下げた。
「じゃ、も1回!相性90パーセント超えるまで!」
「そ、そんな無茶苦茶な……。」
さすがにうんざりした様子での店員の答えにそれでもまだ奈津実は食い下がる。
「ね、お願い!」
そして、俯(うつむ)くと辛そうな表情でぽつんと漏らした。
「……ただでさえ、自信、ないんだから……。」
そんな自信の無い奈津実の表情は出会ってから初めて見るものだった。いつも明るく前向きで元気いっぱいな奈津実の意外な表情。結局、どうなったのか最後まで見届けることはしないまま、和奏は見つからないようにそっとゲームセンターから離れた。
(なつみん……。……見なかったことにしよう……。)
珊瑚からの話もあって、奈津実が誰に想いを寄せているのかある程度察しがついている和奏は、そっとため息を漏らした。みんな、自分の事になるとよくわからなくなって不安になるし、自信なんてあるはずもない。だからこそああやって占いやちょっとした出来事で一喜一憂してしまうものなのだ。
「なつみん、きっと大丈夫だよ。占いなんかに頼らなくても…ね。」
独り言に呟(つぶや)くと、和奏は家へと帰っていった。

「え〜っと、明日からの一週間の運勢は…。」
奈津実を見かけたから、という訳でもないが、なんとなく気になって和奏ははばたきネットの占いコーナーをチェックしてみた。
「え〜っと、魚座魚座…と。あらら〜…あんまり勉強運、良くないなぁ…。テスト期間に行楽運が良くったってしょうがないんだけど。うわっ!恋愛運は当分ダメね。」
一つ息を吐(つ)くと和奏は珊瑚にもらった写真立てを手に取った。中にはアルバイトで行ったデリバリー中にもらったモデルの珪の写真が入っている。
「ま、占いは参考程度にして自力で頑張らないと、ね。」
写真に向かってにっこり微笑むと、明日に備えて早々にベッドに入る和奏であった。

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