零一の一声にぞろぞろと歩き始めたところで、人一倍華やかな晴れ着を着た瑞希が2人を見つけて近寄ってきた。
「如月さん、海藤さん。Bonnee Annee!-新年おめでとう!-」
「あ、須藤さん。明けましておめでとう!」
「おめでとう。それにしてもすっごい晴れ着だねぇ。さっすが。」
珊瑚の褒め言葉に気をよくした瑞希はその場で優雅にくるりと回って見せた。
「パリィのお店から届いたばかりの新作なのよ。瑞希に宣伝して欲しいんですって。」
「………。」
珊瑚と和奏は同じ事を考えていたが、あえて口には出さずに曖昧(あいまい)に笑って頷(うなず)くに留(とど)めた。と、これまた一際艶(あで)やかな姿の色が3人の前に姿を現した。
「ア ハッピーニューイヤー!! 今年のボクのハッピーニューイヤーを手に入れた幸運なレディース。」
「あ、色サマ……☆」
うっとりする瑞希のことは放っておいて、珊瑚と和奏は色に笑顔を向けて新年の挨拶(あいさつ)をした。
「あけましておめでとう。」
「あ、三原くん!明けましておめでとう。」
「どういたしまして!」
両手を広げて少しオーバーアクション気味に返事をすると、色は3人を順番に眺めて笑顔になった。
「キレイだ……うん、すごくいいよ!その晴れ着の柄は!」
「……ありがと。」
複雑な心境でそう返した珊瑚だったが、瑞希はその言葉にぱっと顔を輝かせるとすかさず色の側によって今回の新作晴れ着のコンセプトを語りだした。すっかり2人の世界を作り出した様子に邪魔をすると後で瑞希がおかんむりになるだろうと、珊瑚と和奏はそれ以上特に声を掛けることをせずに2人から距離を取った。
「あ、珊瑚ちゃんに和奏ちゃん。新年、明けましておめでとう。今年もよろしくお願いします。」
「よお、如月、海藤。明けましておめでとう。」
と声を掛けてきたのは、バスケ部の集団の中にいる珠美と和馬だった。瑞希と色から離れたところでちょうどバスケ部の集団に合流していたらしい。
「うん。おめでとうございます。」
「タマちゃん、鈴鹿、あけましておめでとう!」
「2人とも、晴れ着、着てきたんだね。わたしも、着たかったなぁ。」
少し残念そうな珠美は普段着のままだ。おまけに手には大きなカバンを提げているので、もしかしたらバスケ部はこの後初練習があるのかもしれない。和馬も他のバスケ部員達もそれぞれに大きなカバンを持っていた。
「それにしても……人、人、人って感じだな。」
和馬がそういって顔を顰(しか)めるのを見て、珠美が声には出さずに口元だけで困った笑みを見せる。
「みんな、新年のお参りで気合いが入ってそうだね。」
何気なくそう言った珊瑚の言葉に和馬は目を光らせた。
「じゃ、俺らも賽銭(さいせん)箱まで気合い入れて突破しねえとな。行くぞ!おまえら!」
そう言って部員達に声を掛けるとあっという間にバスケ部員はいなくなってしまった。珠美も遅れそうになりながら、笑って2人に手を振ると後を追っていった。
「気合いを入れる場所が違うと思う……。」
「鈴鹿くんらしいよね。」
呆(あき)れた様子で珊瑚がそういうと、和奏も笑いながら同意した。
ようやく神社の鳥居が見えてきたところで、まどかに会った。隣には眠そうな顔をした珪もいる。
「よう、珊瑚ちゃん、和奏ちゃん。明けましておめでとう!」
「明けましておめでとう。」
「あけましておめでとう。」
「おっ、晴れ着やん。しかもお揃(そろ)いで。よう似合(にお)てて、かわいいで。珊瑚ちゃんも和奏ちゃんも。」
「あ、ありがとう。にしても、なんでこんなとこに葉月と一緒にいるの?」
「ああ、それがなぁ……。」
等と珊瑚とまどかが話している横で、和奏は珪に声を掛けていた。
「明けましておめでとう、葉月くん。」
「ああ、おめでとう。」
ようやく目が覚めたようにそう返事をした珪に和奏は笑顔を見せた。そうすると珪は今気付いたかのように和奏の晴れ着を目に留め、微かな笑みを見せた。
「いいな、それ。」
「えっ?」
「晴れ着……。よく着れたな。」
(やったぁ。気に入ってくれたみたい。)
少し赤くなりながら和奏が頷(うなず)くのを目にしたまどかが珊瑚に耳打ちしてきた。
「な、なあ……?」
「ん?どうしたの?」
「和奏ちゃんってもしかして……。」
「……ノーコメント。」
さすが鋭いまどかだ。下手な言い訳をするより、黙して通そうとした珊瑚だったが失敗に終わった。
「て、自分が言うってことはやっぱりそうなんや……。」
「………。」
「葉月は葉月で結構気ぃ許してるみたいやし?」
「………。」
「ま、ええけど。誰にも言わへんから、安心しといて。もちろん、和奏ちゃんにも、な。」
そう言ってウィンクを一つ送ると、まどかはわざとらしく声を上げた。
「それにしても、えらい人やなぁ。」
「うん、ほんとだね。」
それに気付いた和奏がまどかの方に寄ってきて声を掛ける。珪はそんな和奏の後をちゃんと着いてきていた。
「何もせんでも、こんだけの人がお賽銭(さいせん)くれるんやろ?神様って、えらい儲(もう)かりそうやな。」
眉(まゆ)を寄せて真剣にそう考え込むまどかの背後から小気味いい音を立ててまどかの頭をはたく手があった。
「コラコラ、そういうこと言わないの!」
「な、なんや!びっくりするやないか、アホ。」
「ボーっと突っ立ってる方が悪いんでしょ。」
言わずとしれた奈津実である。相変わらず夫婦漫才のような会話を繰り広げる2人に、珊瑚も和奏も笑いが止まらなくなった。
「フム……。海藤。」
「はい?」
突然の背後からの声にびっくりして振り返ると、零一がそこに立っていた。どうやら話しているうちに珊瑚達が最後になってしまったようだ。零一の声が聞こえた途端、まどかと奈津実は姿を消していた。相変わらず素早い2人である。
「この先は混雑が予想される。はぐれないよう、気を付けなさい。」
「そうですね、大丈夫かな……。」
「行くぞ。」
「は、はい。」
有無を言わさぬ調子でそう言うと、珊瑚の前を歩き出した。どうしようかと一瞬迷って和奏を見たものの、笑顔で手を振る和奏とその側にいる珪の姿に小さく手を振り返して零一の後を追っていくことにした。
『有志を募っての初詣』ということだったが、さすがに神社に入るともう誰がどこにいるのやらわからない状態になっていた。零一もその辺はわかっていたようでお参りを済ませ、鳥居のところで報告をした後は自由解散ということにしていた。早足の後ろ姿を必死で追いかけていた珊瑚はようやく賽銭(さいせん)箱の前で止まった零一に追いつくと、一つ呼吸を整えて賽銭(さいせん)を入れてただ一つの事を一心に願った。意外なことに零一も神妙な面持ちでなにやら手を合わせていたのが、珊瑚には不思議でもあり新鮮でもあった。
「あっ、氷室先生!おみくじがありますよ!」
賽銭(さいせん)箱の前から離れると、傍らにお守りや絵馬などと一緒におみくじが置いてあるのに珊瑚はすぐに気付いた。せっかくだからと思って声を掛けたのだが、零一は少し顔を顰(しか)めて、
「……ひくつもりか?」
と問い返してきた。珊瑚は怯(ひる)むことなく一つ頷(うなず)いた。
「はい、ひいてみます」
「……早くしなさい。」
「氷室先生もひいてくださいね?」
「………………。」
そっぽを向く零一であったが、ちゃんとひいてくれるであろうことはなんとなくわかっていたので、気にせずにまずは自分の分をひくことにした。
「どれどれ、私の今年の運勢は、と……。」
おみくじを両手に挟んで祈ってから恐る恐る広げてみると…。
「大吉!!今年は、いい年になりそう!」
思わずガッツポーズを取りそうになって、晴れ着姿なのを思い出し慌てて握った拳をほどいて意味もなく手を振ってごまかす。
(氷室先生はどうだったんだろう?)
そうしてお守り代わりと大事に財布へ入れたところで、ふと零一の様子が気になった。
「……くだらん。」
「氷室先生?」
「……実にくだらん。」
「あの、もしかして……。」
これ以上ないぐらい不機嫌な様子の零一に、珊瑚は思い当たって聞いてみた。すると思った通り、
「大凶だ。」
という返事が返ってきた。
(あらら……。)
自分がひくようにせがんだ手前もあってどう声を掛けていいのか困っていたが、零一は次第に不適な笑みを見せて言い放った。
「…よかろう。大凶とやらの威力がどんなものか、一年かけて検証させてもらう。」
(ヒムロッチってば、すごく気にしているみたい……。)
なんだか少しおかしくなって珊瑚は零一に見つからないようにこっそり吹き出した。
最後尾だったはずだがみんな境内で盛り上がっているらしく、鳥居のところに着いたときにはまだ誰も待っていなかった。零一はそれを特に気にした風もなく、人の邪魔にならないところで珊瑚に向き直るとおもむろに宣言した。
「……これで、本年の初詣を終了する。海藤、忘れ物は無いな?」
「はい。大丈夫です。」
「よろしい。それではこれで自由解散する。」
「ありがとうございました。」
そう言って頭を下げた珊瑚であったが、和奏のことが気にかかってきょろきょろと辺りを見回してみた。
「海藤。どうした?」
「はい……友達と……如月さんと一緒だったんですが、はぐれてしまったみたいで。」
「なるほど。なら、ここで待っていればいいだろう。今日来た全員が必ず私に報告してから帰ることになっている。如月もその内来るだろう。」
「それもそうですね。じゃ、先生の側で待たせていただきます。」
そうして、和奏が戻ってくるまで珊瑚は零一と今後の吹奏楽部について話をしながら時を過ごすことになった。