あたらし

大晦日(おおみそか)だった夕べは年が明けるまでテレビを見ながら年越しソバを食べたりしていたおかげで、日が高くなっても和奏はぐずぐずと布団の中で夢と現(うつつ)の間を彷徨(さまよ)っていた。正月だからだろうか両親も大目に見てくれてるようで、いつものように無理に起こされることもなかった。しかし、さすがに新年早々昼過ぎまで寝て過ごすのはもったいない気がしてきたので、和奏はいい加減起きようと身体(からだ)を起こして伸びをした。
「う〜ん!!今日から新しい1年の始まりかぁ!」
軽い足取りで階下へ降りていくと、家の中は静まりかえっていた。両親は近所の神社に初詣へとでも出かけたのだろう。尽は友達と約束があったのかもしれない。ひとまずキッチンに用意されていた朝食をのんびり食べて自室へ戻り、身支度を調えたところで尽が帰ってきた。
「ねえちゃん、ねえちゃん。」
「あれ?出かけてたんじゃなかったの?」
「うん、雪が積もってたから雪遊びしてただけ。ホラ!」
と言って差し出された右手の平には小さな雪だるま。和奏は思わず笑顔になってそれを受け取った。
「どうりで今日はまぶしいわけだ。」
「ねえちゃん、今頃起きたのか?遅すぎるぞ〜?」
「いいでしょ、そんなこと別に。で、どうしたの?」
それだけの理由でわざわざ雪遊びを中断してきたわけではあるまいと、雪だるまを手に問い返してみると今度は左手を差し出してきた。
「届いてるぞ、年賀状。ほらっ。」
「ありがとう!誰からかなぁ〜?」
先にもらった雪だるまを窓際に置いて早速年賀状を手に取ると、尽が手元を覗(のぞ)き込んできた。
「なあ、なあ?」
「なによ?」
「届いたの、男からか?」
「うるさいなぁ。用事は終わったんでしょ?さ、早く部屋から出た出た!」
文句を言う尽を無理矢理部屋から追い出してドアを閉めると、ベッドの上に寝転んでさっそく年賀状を確認してみた。
「あ、これカワイイ〜♪紺野さんからかぁ。あっ、藤井さんから!お正月から力いっぱいだなぁ。…らしいけど。これは、う〜ん、ゴージャス…須藤さんだよね。これは有沢さんからだ。やっぱりお正月も勉強してるのかな……?やだ〜!鈴鹿くん、もうちょっと考えればいいのにぃ〜。単なる殴り書きにしか見えないよ?それに比べて…姫条くんのは凝ってるなぁ……手作りかな?こっちは三原くんからのだね。さすがにぜったい間違わないよね。このほのぼのしたのは守村くんの。」
と、最後の一枚で手を止めるとベッドの上に座り直した。
「これ、葉月くんからだ。……カッコいいデザイン。」
しばし眺めた後、ほぅとため息を一つついて和奏は珪からの年賀状を机の上に置いた。他の年賀状は一通り見た後、はがきホルダーに整理していく。あらかた整理が終わったところで急に携帯が鳴り響いた。
「あれ?誰だろう…?もしもし?」
「あ、わぁちゃん?あけましておめでとうー♪」
「あぁ、さぁちゃん。おめでとう、今年もよろしくね。」
「こちらこそー♪…ねね、今日、これからの予定は?」
「?特に何もないけど…?」
「良かった。今ね、ヒムロッチから電話があってさ、有志を募って初詣に一緒に行こうって。」
「あ、そうなんだ?」
「うん。でね?和奏も一緒にどうかなぁ?と思って連絡したの。来ない?」
「うん、行く!」
と喜び勇んで返事はしたものの、はたと困ってしまった。
「あ…でも…。」
「ん?どした?」
「ね?さぁちゃんは晴れ着着ていく?」
「そりゃ、もちろん♪年に1回しか着られないんだもん♪」
「……だよねぇ?今さ、うち、両親揃(そろ)って出かけててさぁ…。」
「あぁー…じゃ、うちに持ってきたら?お母さんいるし、着付け出来るよ?」
「ホント?お願いしちゃって大丈夫かなぁ?」
「平気平気。じゃ、待ってるねー♪」
「うん、ありがとう。」
電話を切ると、和奏は大急ぎで晴れ着一式の入った着物バッグを取り出した。念のため、バッグを開けて忘れ物はないか何度もチェックしてから、また外で雪遊びをしていた尽に言付けて家を出た。

和奏が来るというので、先に珊瑚は晴れ着を着付けてもらっていた。容赦なく締められる帯に顔を顰(しか)めながら、それでも息苦しいぐらいの方が後々着崩れしにくいのを知っているので黙って母親に身を任せている。
(それにしても、今朝はびっくりしたなぁー。)
息苦しさを紛らわすためにほんの1時間ほど前にあった電話のことを反芻(はんすう)していると、だんだん笑みが零(こぼ)れてくるのだった。

その時、珊瑚もみんなから届いている年賀状を眺めているところだった。零一からの年賀状に書いてあるお小言に苦笑しているちょうどその時に謀ったように電話が鳴ったのだ。珊瑚はびっくりして慌てて電話を取った。
「はい、もしもし?」
「コホン……あけましておめでとう。氷室だ。」
「あれ、氷室先生。どうしたんですか?」
二重の驚きに挨拶(あいさつ)も忘れて思わず聞き返した珊瑚に、零一はちょっとむっとした声で
「……あけましておめでとう。」
と再度新年の挨拶(あいさつ)を告げた。それで我に返った珊瑚は慌てて電話越しに頭を下げた。
「あっ!あけましておめでとうございます!」
「しっかりしなさい……。」
少し呆(あき)れたような声でそう言った後、零一は思わぬ誘いの言葉を口にしたのだ。
「ところで、私はこれから有志を募って初詣に出かけるが、君もどうだ。」
「あ、はい、喜んで!」
珊瑚は有志とは言え、誘ってもらえたことが素直に嬉しくて嬉々として返事をした。その即答に気をよくしたのか零一も幾分柔らかな口調になった。
「よろしい。それではこれからちょうど1時間後に駅前広場に集合だ。」
「はい、わかりました!」
そうして零一からの電話が切れるとすぐに和奏へと掛けたのだった。

「こんなもんかね。どう?苦しすぎるところはない?」
「うん、バッチリ!ありがと。」
と言ったところで玄関のチャイムが鳴った。きっと和奏だろう。
「あんたはそこで座ってなさい。時間的にわーちゃんでしょ?私が出るから。」
「はーい、んじゃよろしく。」
それから程なくして大荷物の和奏がひょっこり顔を出し、珊瑚の姿を見ると満面の笑みになった。
「さぁちゃんすご〜い!綺麗だよ?」
「ふふ、ありがと☆ほら、すぐに用意して!ヒムロッチ、1時間後って言ってたから遅れるとまずいよ。」
「え?ホント?急がなきゃ!」
「さぁさぁ、じゃぁ、晴れ着一式はこちらにちょうだい。それからお洋服脱いで襦袢(じゅばん)に着替えて。」
「はいっ。お願いします。」
こうして和奏も着付けてもらい、2人揃(そろ)いの晴れ着姿で海藤家を後にしたのだった。

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「人が多いねぇ。」
「ま、みんな初詣に来てるんだろうけどね。」
待ち合わせ場所の駅前広場は人でごった返していた。その中でも零一の姿はよく目立つ。すぐさま見つけた珊瑚は和奏の手を取った。
「あ、あそこじゃない?」
「ホント。結構人が来てるねぇ。」
慣れない草履にゆっくり歩き出すと、零一の周りに集まってる人の中から奈津実が早速2人の姿を見つけて駆け寄ってきた。
「きたきた!おめでとう〜!」
「あ、藤井ちゃん、おめでとう♪」
「明けましておめでとう、藤井さん。」
奈津実もしっかり晴れ着姿だ。こういうイベント事には絶対に手を抜かない奈津実らしさが出ている。
「藤井ちゃん、その晴れ着すっごい綺麗!!」
「うんうん、似合ってるねぇ〜。」
「そういうお2人さんだって!お揃(そろ)いでよくお似合いで。」
「うふふ、ありがとう。」
「こちらこそ。と、ホラホラ、先にヒムロッチに出欠確認しとかないと!」
「うん、じゃぁちょっと行ってくるね。」
「また後でネー♪」
奈津実と別れて側まで来た2人を目に留めて、零一の方から新年の挨拶(あいさつ)をされた。
「あけましておめでとう。」
「あけましておめでとうございます!!」
「明けましておめでとうございます。」
「今日はよろしくお願いします。」
「……晴れ着だな。」
2人の姿をよく見てそう言った零一に、珊瑚はにっこり笑って答えた。
「はい!ちょっとがんばってみました!」
「さ、さぁちゃん……。」
珊瑚のその言葉にちょっと赤くなりながら和奏が袖(そで)を引っ張る。と、案の定、零一が少し眉(まゆ)を寄せた。
「そんなところでがんばらなくてもよろしい。学生の服装は清楚であればいい。」
「すみません……。」
がっかりしたように肩を落とした珊瑚の姿に、しかし、零一は微かな笑みをみせると小さな声で言葉を続けた。
「……しかし、風情はある。」
「……?」
「行きなさい。もう後5分で出発する。」
わざとらしく咳払いをした零一にもう一度頭を下げると、2人は揃(そろ)って零一の前を離れた。
「氷室先生ってホント、素直じゃないね。」
「へ?なんで?」
「きっと、気に入ってくれてるよ。晴れ着姿。」
「そ、そうかな?……だといいんだけど。」
「大丈夫大丈夫♪」

結構な人数になった集団をものともせずに引率していく零一に着いて、神社へ向かったのはそれからきっちり5分後のことだった。

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