一方、和奏と珪は賽銭(さいせん)箱までの参道をゆっくり歩いていた。
「人が多いな。」
「うん、みんな新年のお願いごとにわざわざ来たんだね……。」
「……俺たちもな。」
目を細めてそう言うと、珪は特に急ぐでもなく人の波に合わせてゆっくり歩いている。和奏は慣れない晴れ着姿だったが、おかげで遅れることなく着いていくことが出来た。
「祈願場所までたどり着けるかな?」
「今日中には着くだろう。」
(……のんびりしてるなぁ。葉月くんって。)
相変わらずの珪の言葉に少し呆(あき)れながらも黙々と歩を進める和奏であった。
「さて、何をお願いしようかな。」
ようやく賽銭(さいせん)箱まで辿(たど)り着いて、財布から賽銭(さいせん)を取り出すと和奏は願い事を考えてから投げ入れた。神妙に手を合わせて願うことはただ一つ。
(葉月くんともっと仲良くなれますように!)
「その願い、叶えてしんぜよう。」
と、ふと声が聞こえたような気がした。びっくりして辺りを見回してみるがみんな必死に祈っているばかり。そして珪と目が合ったのをきっかけに気のせいだったのだろうと賽銭(さいせん)箱を後にした。
「おみくじか……。おまえ、引くか?」
境内の店周辺には、はばたき学園の生徒が交代でおみくじをひいて一喜一憂している姿があふれていた。気になるのかその姿をじっと見つめたままそういう珪に和奏は、
「引いてみようよ。」
とにっこり笑って頷(うなず)いた。すると、
「……いいの引けよ。正月なんだから。」
と、意味ありげな笑顔を和奏に向けた。その表情に思うところがあった和奏は頬(ほお)を膨(ふく)らませて、
「……。ひどいの引くと思ってるでしょ?」
と言い返すと、しれっとした表情で
「……まあな。」
と言われてしまった。
(うぅ……絶対いいの引こう!)
おみくじ箱を片手にもう一度願いを込めておみくじを引く。珪におみくじ箱を渡して引いた番号のおみくじを受け取ると店から少し離れてそっと開いてみた。
「えっと……大吉!!よかったぁ!」
(葉月くんは、なんだったんだろう?)
これで珪にからかわれなくて済むとほっとして、珪がやってくるのを待って声を掛けた。
「ねえ、葉月くん!何が出たの?」
「……大吉。」
(すごい……。)
なんでもないことのように言われて思わず感心していると、珪は不思議そうに首を傾(かし)げた。
「……どうした?」
「ううん!こっちのこと。」
「なんだ、それ?」
納得がいかないようだったがそれ以上追求することもせず、珪はそのおみくじを無造作にポケットに入れた。和奏も習ってお守り代わりにとおみくじを財布に入れながら思った。
(う〜ん……無欲の勝利、ってこと?)
「ね、葉月くんは、なにをお願いしたの?」
集合場所である鳥居までをまた人波に合わせてゆっくり歩きながら問いかけてみたが、珪はなんでもないことのようにあっさりと
「なにも。」
と言った。和奏は目を丸くして珪を見遣(みや)った。
「せっかくお参りに来たのに?じゃあ、なにしてたの?」
すると、また意味深な笑顔でとぼけたように珪は言った。
「おまえのおでこのシワ、見てた。」
「……シワ寄ってた?」
さすがにちょっとバツが悪くなって上目遣いにそう聞くと、珪は大きく頷(うなず)いた後、今度は素直な笑顔で口を開いた。
「寄ってた。必至な顔で願い事してたな。」
「そ、そうかな……?」
「叶うといいな、おまえの願い事。」
「あ…うん……ありがとう。」
皺(しわ)の寄ったおでこを見られていたのは恥ずかしかったが、珪の優しい言葉に和奏はなんだかあったかい気持ちになって零一の待つ鳥居までの参道を歩いていた。
和奏と珪が鳥居まで辿(たど)り着くと、珊瑚と奈津実が零一の側で待っていた。珪は零一に終わった旨を告げると片手を上げてそのまま帰っていった。和奏も零一に告げると手を合わせて2人の側に寄っていった。
「おまたせ〜!ごめんねぇ?」
「うーうん、大丈夫だよ。」
「先生!ありがとうございました!」
「ウム。各自寄り道せず真っ直ぐ帰るように。」
「はーい!」
そうして3人は連れ立って神社を後にしたのだった。
零一からは寄り道をしないようにと言われていたが、せっかくの晴れ着姿なのに街を歩かないのはもったいないと奈津実が言い出して、比較的人の少ない商店街までやってきた。元旦の今日は飲食店以外は全部閉まっているのと、神社からは少し離れているので零一にも見つからないだろうと踏んでのことだ。晴れ着姿の人は全品20%引きとの看板につられて、とある喫茶店に入ってようやく落ち着いた3人だった。
「志穂に会った?」
「んーん。やっぱり勉強してるんじゃないの?」
「守村くんにも会わなかったよね?」
「そう言えばそうだ。」
「さすがに元旦から模試やら予備校やら、ないと思うけど…。」
運ばれてきたアイスセパレートティーを飲みながら奈津実が行儀悪くテーブルに肘をつく。和奏も珊瑚も首を捻(ひね)ってそれぞれに注文したロイヤルミルクティーとアイスコーヒーを口にした。
「ありりんなら、ヒムロッチからのお誘いには来ると思ったんだけどなぁ。」
「そうだよねぇ…。課外授業も模試と重ならない限り欠かさず出てるぐらいだし。」
「意外だったのはお嬢だよね。」
「うん。なんか年末年始はご自宅でパーティー続きみたいよ?」
「ひゃー!上流階級の付き合いも大変だねぇ!」
珊瑚のオーバーな驚き方に苦笑しながら和奏も同意する。
「うん。だから今日はこれ幸いと逃げ出してきたんじゃないかしら?」
「お嬢ならあり得る!」
「その上で色に会えたんだから願ったり叶ったりだっただろうね。」
「ホントホント!」
「バスケ部は?元旦からやっぱり練習なの?」
和奏が大きなカバンを提げていた珠美の姿を思い出して奈津実に尋ねてみると、奈津実は頷(うなず)いて言葉を続けた。
「うん。あのバスケ馬鹿、正月早々合宿するとか言ってたよ?」
「練習熱心ー。」
「今年の成績、散々だったからネー。気合い、入れ直してるんじゃない?」
チアリーディング部として各運動部の応援に駆けつけている奈津実は、その辺の情報に詳しい。今年の対外試合は野球部はそこそこだったが、バスケ部は負け越しだったのだ。初詣に部員全員で参加していたのにも頷(うなず)ける。
「ところで、さ。和奏、葉月とずっと一緒だったんだ?」
まだ諦(あきら)めてなかったのか奈津実がそう和奏に問いかけると、和奏はあっさりと頷(うなず)いて苦笑した。
「だって、藤井さんは氷室先生が現れた途端、姫条くんといなくなっちゃったし、さぁちゃんは氷室先生に連れて行かれてわたしだけ葉月くんと取り残されちゃったんだもん。仕方ないでしょ?1人でお参りするのも寂しいし。」
右手の人差し指を立ててそう言うと、奈津実の方が分が悪いことがわかったらしくそれ以上の追求はせずにあっさり引き下がった。そのやりとりを見ていた珊瑚は改めて和奏のあしらい方の巧さに感心したのだった。