「いらっしゃいませ!……あ!? 葉月くん!!」
交代した途端に珪がやってきた。確か、珪の担当はさっきまでで終わったはずだ。と、言うことは。
「あ、ご注文は?」
客なのだろうと踏んでそう声を掛けると、少し困った風に珪が答えた。
「注文…… 水、あるか?」
自分のクラスなのにそんな注文もないだろう…。和奏もちょっと困って、一応言ってみた。
「ある、けど…… コーヒーとサンドイッチがおすすめだよ?」
「……じゃあ、コーヒーとサンドイッチ。」
素直にそう注文する珪に和奏はにっこり笑みを見せると、
「はい、かしこまりました。少々お待ちくださいませ!」
と言って、オーダーの品を受け取りに行った。珪に注文の品を届けた後、いくつかのオーダーを届けてふと珪の方を見るともう食べ終わって出ようとしているところだった。
「どうだったかな?」
急いで珪の元に近寄りそう声をかけると、珪はまた素直に答える。
「うまかった ……と思う。」
「ほんと!?」
「ああ…… コーヒー、おまえが淹(い)れたのか?」
「うん。サンドイッチも、わたしが作ったんだよ。」
「そうか……。ごちそうさま。」
微かに笑みを見せてそう言うと珪はクラスを出て行った。和奏はこぼれる笑みをトレーで隠して見送る。
(やった!葉月くん、満足してくれたみたい!)
「な〜に、ニヤニヤしてるのかな?」
「へ!? あ、いらっしゃいませ!」
見ると奈津実が珊瑚と志穂を連れてやってきたところだった。珠美も一緒だ。
「ご注文は?」
「葉月と同じヤツ。おなか空(す)いちゃったー。」
「私達もそれでいいわ。」
「じゃぁ、コーヒーとサンドイッチ4つ、でいい?」
志穂の言葉に珊瑚や珠美にも確認すると、2人とも頷(うなず)いたのでオーダーの品を受け取りに行く。その間に、奈津実が珊瑚に耳打ちした。
「ね、結局どうなってんのさ?」
「知らないわよー。」
「つっまんないなー。」
ブー垂れた奈津実の様子に志穂と珠美が不思議そうに首を傾(かし)げる。
「どうしたの?」
「なんでもない、こっちのこと!」
「そう?ならいいけど。」
そうして4人は和奏が持ってきてくれたコーヒーとサンドイッチを平らげると、次の出展へと急いだ。
正午をまわり、飲食関係の出し物をしているところは混雑がピークになっていた。そんな中、比較的空(す)いていたのは園芸部のハーブティーのお店だ。飲み物だけで食べ物がないからだろうそこに、一息入れに4人は向かった。
「いらっしゃいませ。おや?皆さんお揃(そろ)いですか?」
「ヤッホー、守村。」
奈津実が愛想良く手を振る。珊瑚が何気なく志穂を見ると、少し赤くなったような気がしたのだが一瞬のことだったので確証はない。
「こちらのお席にどうぞ。」
「守村のオススメを4つお願いね。」
「じゃぁ、カモミールティーをお持ちしますね。少々お待ち下さい。」
珊瑚の言葉に笑みを見せると、桜弥はすぐさまカップを4つ持ってきた。珠美が不思議そうに匂いを嗅(か)いでいるのを見て、桜弥が説明を加える。
「カモミールは神経を静めてリラックスさせてくれる作用があるので、身体を休めてくれる効果があるんですよ。」
「へぇー。さすがだね。」
「うん… いい匂い。」
「せっかくのハーブティーですからゆっくりと香りも堪能してお召し上がり下さいね。」
「ありがとう。」
「それでは、僕はこれで。ごゆっくりどうぞ。」
そういうと桜弥は次の客を案内するためにテーブルを離れた。志穂が小さくほっと息をついたのに誰も気付かなかった。
「本当。なんだか、すごく、落ち着くね。」
「うんうん。慌ただしい文化祭の中でほっと一息つくのにいい感じかも。」
「さすが園芸部、考えることが違うね。」
「……。」
珠美は香りを堪能し、奈津実はふぅふぅと息を吹きかけながら一口飲む。志穂は終始無言だ。そんな3人を残すのは少し心配だったが、珊瑚には時間が迫っていた。
「それじゃ、私、そろそろ行くね。」
「うん、ガンバって♪」
「珊瑚ちゃん、頑張ってね。」
「楽しみにしているわ。」
三者三様に見送られて、珊瑚は園芸部部室を後にした。
午後になり、体育館でのステージ出展が始まった。毎年3年生が一丸となって行われる学園演劇が催しの最後を飾るのは決まっているが、その他の演目はくじ引きで順番が決まる。今年はクラス出展の演奏が一組と劇が一組、そして手芸部のファッションショーと吹奏楽部のクラシック演奏となっている。上手い具合にクラス出展の演奏、手芸部ファッションショー、クラス出展の劇、吹奏楽部クラシック演奏、そして学園演劇という順番になった。
「結構人が入ってるね。」
「ん… 緊張して来ちゃった。」
舞台袖から覗(のぞ)いている綾子(りょうこ)と和奏である。ふと袖を引っ張られたような気がして振り返ってみると、にっと笑った尽が立っていた。
「よう、ねえちゃん。」
「あ、尽!ここは関係者以外立ち入り禁止だよ!」
一瞬驚いたもののすぐに表情を戻して、周りの人に頭を下げながら尽をドアの外へと連れ出す和奏。そんな様子を綾子(りょうこ)は興味深そうに見送っていた。
「ちぇー、わかったよ。」
外へと追い出されながら、つまらなさそうに尽が歩いていく。ちゃんと客席の方へ入ったのを見届けてから和奏はため息をついた。
(まったく、もう……。)
「如月。」
と、ふいに声が掛けられた。はっとして振り向くと珪が立っている。
「そのバッグ、肩から提げたほうがいいんじゃないか?」
ちょっと首を傾(かし)げた後、和奏が手に持っていたバッグを指さしてそういう珪。和奏は素直に肩から提げてみることにした。
「そうかな……。」
「そっちのほうがバランスとれてると思うけど。」
その姿を見て一つ頷(うなず)くと珪がそうアドバイスをする。すると和奏は、ふと思い出したように笑顔になった。
「そっか、葉月くん、プロのモデルさんだもんね!ありがとう!」
「じゃ、俺、客席に行くから。」
「うん。」
笑みを見せて客席へと歩いていく珪を見送ると、ドアが開いて綾子(りょうこ)が顔を出して、和奏を呼んだ。
「もうすぐ出番だよ。」
「うん!すぐ行く!」
(よし、がんばらなくっちゃ!)
和奏は気合いを入れ直すと、ファッションショーのステージに臨んだ。
(よかった、なんとか成功したみたい。)
舞台の撤収作業を終えて和奏はほっと一息ついた。この後はクラス出展の劇で、その次が珊瑚達吹奏楽部の演奏会だ。ふと違和感を感じてドアの方を見ると…。
「よう、ねえちゃん。面白かったぜ!」
またもや尽がこっそり忍び込んでいた。和奏は拳を作って振り上げると、
「こら!また勝手に入ってきて!」
と追い出しにかかる。今回は尽も心得たもので、
「うわっ!待った、待った!」
とおどけた調子で自分から出て行った。和奏はまたみんなに謝ってため息をつく。
(ホントにもう……。)
「今の、弟さん?」
綾子(りょうこ)がくすくすと笑いながら声を掛けてきた。
「そう。まったく懲りてないんだから…。」
「でも、ちゃんと観に来てくれてるんだね。仲が良くって羨(うらや)ましい。」
綾子(りょうこ)は一人っ子だということもあって、兄弟姉妹に強い憧れを持っている。そのことを理解している和奏は、
「でも、うるさいよ?」
と言ったものの、それ以上は特に尽のことに触れはしなかった。そうしてみんなと挨拶(あいさつ)を交わして控え室から出ると、珪が立っていた。
「あ、葉月くん!見ててくれた?」
「ああ、おまえ、舞台映えするんだな。」
微笑を湛(たた)えたまま感心してそう言う珪に、和奏は頬(ほお)を染めて俯(うつむ)いた。
「そうかな?」
「よかったと思う……。」
「ありがとう!」
(やった!葉月くんにほめられた!)
和奏は内心ガッツポーズを決めていたが、表面上はにこにこと笑みを浮かべるに留(とど)めた。
「…もうすぐ、吹奏楽部だぞ。」
「うん、楽しみにしてたんだ。急ごう!」
珪に促されて、和奏は共に客席へと入っていった。