活 気

文化祭当日になった。和奏も珊瑚も今日は早めの登校だ。クラス出展の準備前に、クラブ出展の準備を済ませておかなければならないからだ。
「いよいよ当日だね〜。」
「うん、緊張してきちゃった。」
「さぁちゃんは自信を持って舞台に上がらなきゃ!ソロももう完璧なんでしょ?」
「うん… そのはず… なんだけど…。」
どうにも落ち着かない様子で、フルートケースに付いているポップンフルートをしきりにいじっている。和奏はそんな珊瑚の様子に苦笑すると、校門前で立ち止まった。つられて珊瑚も立ち止まる。
「さぁちゃん。」
「……?」
「今までで一番いい表情してるよ。だいじょぶ。」
真っ正面から見つめてにっこりとそう言い切ってくれる和奏の言葉に、珊瑚はすっと肩の力が抜けるのを感じた。いつもそうなのだ。舞台に上がるまでは緊張でがちがちに固まってしまって、すごくぎくしゃくした動きになる。それが、和奏のこうした言葉の数々でびっくりするほど呆気(あっけ)なく、緊張がほぐれてしまうのだ。珊瑚は改めて自分の中で和奏という存在の大切さを実感した。
「ありがと、わぁちゃん。」
「どういたしまして。頑張ろうね♪」
そう言って肩を叩(たた)くと和奏は学生会館の方へ行ってしまった。衣装をそこに保管してあるらしい。珊瑚はもう一度深呼吸をすると、音楽室を目指して歩いていった。

吹奏楽部の最終音合わせが終わり、確実な手応えに満足して珊瑚はクラスの方へ戻ってきた。すでにみんなが小麦粉を溶き、卵を割り入れて生地作りに精を出している。
「遅くなってゴメンねー!」
「あ、海藤さん、こっちこっち!」
「売り子さんはテーブルセッティングだよー。」
「はーい!」
今日ばかりはまどかも真剣に蛸(たこ)を切ったり、葱(ねぎ)を刻んだりと奮闘していた。志穂は完全裏方なので、持ち帰りようの箱を組み立ててすぐに出せるように準備している。吹奏楽部の厳しさを知っているクラスのみんなは、珊瑚のローテーションを一番初めにしてくれていた。9時から11時までの二時間が珊瑚の受け持ちだ。その後は、吹奏楽部の演奏まで自由時間となっている。志穂も同じ時間帯で待機となっているので、終わったら一緒に回る約束だ。
「試し焼き出来たで〜。1人1個ずつな。」
たこ焼き用の鉄板を温める意味も含めて味見を兼ねた試し焼きを配って歩くまどか。珊瑚も一つ頂いて、その美味(おい)しさにまた元気づけられる。
「姫条くんのたこ焼き、屋台で食べるより美味(おい)しいよねー。」
「当たり前やろ。ホンマもんの関西仕込みやで。屋台の偽もんとはちゃうわ。」
まどかはVサインをしながら愛想よくクラスの女の子に声をかけていく。志穂も1つ食べてみて目を丸くした。
「本当に美味(おい)しい…。」
「おぅ!有沢ちゃんにそう言ってもらえたら、自信持てるわ。おおきに。」
にっと笑ってまどかはまた焼き方に戻っていった。志穂も滅多に浮かべない笑みを返すと、自分の持ち場へと戻る。
「さぁ、ぼちぼち始まりやで。気合い入れて行こや!」
「オー!!!」
まどかの音頭にクラス全員がそれぞれの持ち場で拳を上げ、A組のたこ焼き屋台がオープンした。

B組の方でもほぼ準備が完了し、オープンを待つだけとなっていた。ウェイトレスのエプロンはすべて和奏の手作りだ。これは瑞希が無理を言って和奏に作らせたもので、買うよりも高く付いたのだが須藤家の方ですべて持つということで話が進められた。その甲斐(かい)あって、とても可愛く動きやすいデザインになっている。
「如月さん。」
「あ、須藤さん。どう?サイズ、合ってる?」
「Bien sur! -もちろん- さすがはミズキの mon ami -親友- ね。ピッタリだわ。」
そう、更に我が儘(まま)を言った瑞希のエプロンだけが専用のモノだ。他のみんなは交代で使い回しとなっている。和奏は真剣な表情で、瑞希のエプロンをチェックすると、にっこり笑った。
「よかった。それじゃ、頑張ってね。」
「Oi -ええ-。楽しんでらして。」
和奏の担当はお昼時を挟む、11時から13時までだ。珊瑚とも瑞希とも時間が重ならなかったのは残念だったが、奈津実とは一緒に回る約束をしている。もう何もすることがなくなった和奏は奈津実のクラスへと足を向けた。

ライン

「まずはどこから見る?」
「そうだね、混む前に美術のデッサン展示、観に行かない?」
「あぁ、そうだね。三原の作品も展示されてるんだっけ。」
「そうそう。わたし、美専だし、観ておきたいんだ。」
「オッケー!そういうことなら早く行こ☆」
プログラムを片手に相談していた2人は意見の一致を見て、美術室へと足を向けた。まだ始まったばかりなので一般客は少なく、学園の生徒だけだ。そのおかげで、じっくりと色の作品を堪能することが出来た。
「レディース、いたね。」
「あ、三原くん。」
和奏が真剣に色の作品を観ていると、本人が現れた。どうやら、今はミューズがお出ましでないらしい。色独特の雰囲気が苦手な奈津実は、余計な口を挟まずに2人のやりとりを見ている。
「やっぱり素敵ね、三原くんの作品。すごく勉強になるわ。」
「そう?キミの作品も素晴らしいよ!」
そして、色は表情を曇らせた。
「どうして、キミの作品がないのだろう?」
「え?え〜っと…。」
「君も展示すれば良かったのに。」
「いえ、あの… わたし、美術部じゃないし…。」
「ううん。ボクは気にしない。来年は是非、キミの作品も展示しよう。」
(め)を輝かせてそう言う色に、奈津実は爆笑を必死で押さえ、和奏は困惑していた。
「え〜っと、でも、わたし、手芸部だから…。」
「そう。キミは今日のファッションショーに出るんだね?楽しみにしているよ。」
話題が逸(そ)れたとほっとした和奏は笑顔で答えた。
「ありがとう。」
そして奈津実を引き連れてすぐに美術室を後にしたのだった。
「はぁ〜… びっくりした…。」
「アハハハ… 和奏って三原にも気に入られてるんだ?」
美術室から離れたところで速度を緩めると、奈津実が今まで押さえていた笑いを吐き出した。和奏はちょっと困った顔をしながら口を開く。
「気に入られているって言うか…。ただ、1学期の課題を描(か)いてるときに2回ぐらい会っただけだよ?」
「でもさ?あの三原が褒めるぐらいだから、和奏の絵もいいんじゃない?」
「やだなぁ、藤井さんったら…。だからってわたしの絵を展示するわけにいかないでしょ!美術部の人に怒られるよ。」
「ジョーダン、ジョーダン。ねね、次、バザーに行かない?」
「うん、いいよ。次は藤井さんに付き合ってあげる。」
「じゃぁ、レッツゴー♪」
そうして、奈津実がバザーで気に入った携帯のストラップを買い、珊瑚のクラスのたこ焼きを頬(ほお)張ったところで交代の時間になった。
「珊瑚達と合流したら食べに行くねー☆」
「うん、待ってるね。じゃあ。」
そこで奈津実と別れると、和奏は急いで自分のクラスに戻っていった。

和奏達がそんな風に過ごしていた間、珊瑚は行列が出来てしまった自分のクラスにびっくりしていた。
「いらっしゃいませー!焼き上がるまで少しお待ち下さいねー。」
焼けた端から売れていき、焼き方が間に合わないのだ。志穂が追加の箱を折って準備していく。珊瑚は忙しい中を、それでも笑顔で一つ一つ渡していた。
「盛況のようだな。」
「あ、氷室先生!」
クラスの様子を見に来たらしい零一が、微かな笑みと共に裏方に入ってきた。なんでも一番でないと気が済まない零一は、早々と列をなしたクラスに満足しているようだ。
「今回ばかりは姫条に対する認識を改めなければならない。」
「氷室先生もいかがですか?焼きたてですよ?」
「…せっかくだから一つだけ頂こう。客も多いようだしな。」
そう言ったので、珊瑚は慌てて焼き方に行って、一番形が丸いのを選んで零一に渡した。さすがに蛸(たこ)の位置までは確認できないので、形だけでもと真円に近いものを選んだつもりだ。
「色といい形といい、エクセレントだ。」
まずは見た目をそう評価すると、零一はたこ焼きを口に入れた。ドキドキしながらその様子を見守っていた珊瑚だが、零一の笑みが崩れなかったので、ほっと一安心した。
「小麦粉と卵の分量といい、蛸(たこ)の大きさといい申し分ない。」
そういうと、零一は自分のクラスを後にした。その姿が消えた途端、この時間を担当していた全員の緊張が解ける。
「よ、良かったー。」
「姫条にみっちり仕込んでもらったおかげだな。」
みんなそんなことを口々に言っている。珊瑚自身もほっと胸を撫(な)で下ろすと、待っていた客に向かってまた声を張り上げた。
「お待たせしてすみません!もうすぐ焼き上がりますー!」

ライン



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