久しぶりに珊瑚と2人きりでのお昼となった。志穂は図書室へ、瑞希は色を見付けたと花壇の方へ、奈津実はチアリーディング部の集まりへ、珠美は日直の仕事へとそれぞれ行っている。和奏はこれ幸いと珊瑚に昨日の尽のことを愚痴った。
「まったく、油断も隙(すき)もないんだから!放っておいてくれればいいのにさ。」
ぶぅっと膨れっ面の和奏も可愛い。珊瑚は箸を置いてぽんぽんと頭を撫でると苦笑した。
「あんた達、ほんっと似たもの姉弟(きょうだい)だよね。」
「そうかなぁ?」
「そうだよー。私なんて尽に見られてても絶対に気付かないよ。」
そう、和奏も尽も人の気配に敏感なのである。特に自分の身近にいる人の気配にはびっくりするほど鋭くて珊瑚自身、尽に何度驚かされたかわからない。
「違う校区にいててもほんっとに尽にはよく見つかったもんねぇ。」
「はぁ… あのコってば珊瑚のところまで出没してたのね。」
「あのコの趣味だもんね、いい男リサーチ。さすがに中学に入ってからは遠すぎて来れなかったみたいだけどさ。」
それまで校区は違ったものの同じ県内に住んでいた如月家と海藤家だったが、2人の中学校入学と同時に如月家は引っ越していった。当時小学校に上がったばかりだった尽には、さすがに1人で新幹線に乗ってまで追いかけるのは無理があったのだ。
「でもおかげで中学の間は散々だったけどさ、恋愛関係は。」
肩を竦(すく)めてみせる珊瑚に和奏は苦笑を向ける。
「…ってさぁちゃんってホント早熟だったよね。小学校の時から彼氏だ何だって言ってたんだから。」
「そういう和奏だって好きなコいてたじゃない。」
「単に好きなコがいるってだけなのと、実際に付き合ってるのとじゃ天と地ほどの差があるよ。」
大体それに尽が絡んでいる、というのも変な話だ。ある意味一番早熟なのは尽なのである。和奏は人知れずため息をつくと、残りの弁当を平らげたのだった。
ここのところ文化祭に向けての準備に追われている和奏である。やはり慣れないミシンに四苦八苦しているのだが、綾子(りょうこ)のおかげでなんとか形になりつつあった。綾子(りょうこ)の方はもうすでに仮縫いも済ませて寸法のチェックに入っている。
「〜〜〜疲れたぁ。」
パンツの仮縫いがようやく終わった和奏はもうミシンは見たくないとばかりにさっさと席を移動した。その様子をくすくす笑いながら綾子(りょうこ)が見ている。
「月森さんはずるいよ。昔っからやってるんだもん。」
くすくす笑いにむっとしてそう八つ当たりをすると、綾子(りょうこ)はにっこり笑って
「でもおかげでなんとかなってるんでしょう?」
と堪(こた)えない。図星なので反論出来ず、和奏は首を振ると仮縫いのチェックを始める。今日はどうしてもパンツの仮縫いを終えなければならない。まだ、ブラウスとジャケットも残っているのだから。慣れない作業に肩が凝りながらも黙々とチェックしていると綾子(りょうこ)が側に寄ってきた。
「如月さんは筋がいいんだから、拗(す)ねない拗(す)ねない。」
「そんなこと言ったって〜。」
「ほら、パンツの仮縫い、バッチリじゃない。飲み込みが早くて教え甲斐(がい)があるから私も楽しいわ♪」
和奏のデザイン画と寸法表をざっと見て、パンツを見ると綾子(りょうこ)はそう言ってまたにっこり笑った。綾子(りょうこ)にそう言ってもらえると安心するのだが、だからといって自身でのチェックを手抜きするわけにはいかない。
「ホント?ありがと。」
「どう致しまして。チェックが終わったら一緒に帰ろう。私、待ってるから。」
「うん。もうちょっとだから待っててね。」
ここで自身のチェックを手抜きすれば次回また同じところで時間を取られることになる。それがわかっているから、綾子(りょうこ)の言葉に安心しながらも必ず自身で納得がいくまで確認するのだ。初めのうちは、信じてもらえてないのだろうかと少し悲しい気持ちになった綾子(りょうこ)だったが、和奏の性格がわかるにつれて気にならなくなってきた。ただ自分に厳しく真面目なだけなのである。そうこうしているうちに満足がいったのか、和奏の顔に笑顔が戻った。
「お待たせ。なんとか出来たみたい。」
「そう?良かった。じゃぁ、片付けて帰ろう。大分遅くなっちゃったよ?」
「ホント?ごめんねぇ、すっかり待たせちゃって。」
「いいのいいの。さ、帰り支度しよう。」
広げていた布地や道具を片付けて、ミシンの電源を抜いてカバーを掛けると2人は連れ立って家庭科室を出ていった。
“ハロー、珊瑚。
お元気ですか?ちはるです。
前のメール、とっても参考になりました。
私、自分で料理するのですが、
アメリカにいたときと同じもの
ばかり作ってしまいます。
日本にしかないもの食べたいのですが
何かありませんか?
ちはる”
久しぶりにちはるからメールが届いていた。珊瑚はうきうきしながらそのメールを読んだ。今回は日本の食べ物が知りたいらしい。
「へぇー、ちはるちゃんって自分でお料理するんだ。そりゃそうか、ひとり暮らしだもんね。でもすごいなぁ…。」
あまり料理が好きでない珊瑚は、毎日自分で作って食べているちはるのことを素直に尊敬した。自分では絶対に出来ないと思う。
「それにしても、日本にしかないモノ、か… うーん、何があるだろう?」
視線を上に上げて宙を見つめながらじっと考える。
「お寿司…。お寿司はホントに美味(おい)しいモノは高いしなぁ…。たい焼き? …たい焼きじゃおやつだし。」
実際に日本にしかない食べ物、と言われるとなかなか出てこないものだ。あれこれ考えて、ふと良いものを思いついた。
「そうだ!おソバなんて、なかなかいいかも。おソバ屋さんなら安くて手頃な店があちこちにあるし。うん、返信しよう!」
打ち込んだ文章を二回読み直して満足のいく内容になったので、珊瑚はメールを送信するとベッドに入った。
翌日の放課後。最近は和奏と同じく珊瑚も文化祭の準備に追われている。しかし、いきなりのソロ抜擢で変に力んでしまっているのか、はたまた自覚した恋心のせいなのか、いつものような音色が出せないでいた。零一の叱責が飛んでくるかと思いきや、スランプなのがわかっているのかあまり何も言ってくれない。珊瑚の方でも何をアドバイスしてもらえばいいのか、質問にも困ってしまって悶々(もんもん)とする日々を過ごしていた。
「…海藤さん、大丈夫?」
「あ… 小寺さん… んー、どうもやっぱりソロがね。」
フルートを膝の上に置いてはぁーっとため息一つ。その様子に美代がたまりかねて声を掛けたのだ。零一は大太鼓の方でなにやら指導をしている。
「氷室先生はなんて?」
「それが、なぁんにも言ってくれなくてさ。私、見捨てられちゃったのかな?」
笑いに紛れさせてちょっぴり辛い思いを吐き出してみる。和奏じゃないのだから、これでは美代には何も伝わらない。わかっていて出した言葉だ。美代はきょとんとした後、くすくすと笑い出した。
「そんな訳ないでしょ?見捨てたんだったらソロから外してるよ、先生なら。」
「…ま、それもそうか。」
「そうそう、任せてくれてるんだから頑張ろう、ね?」
「そだね。ありがと、小寺さん。」
「どういたしまして。」
軽く手を振ると美代は自分のパートの席へ戻っていった。こうしてみると自分がいかに煮詰まっていたかがよくわかる。珊瑚は手洗いへ行って気分を入れ替えると、また練習に没頭するのだった。