秋 作 -3-

週末、息抜きも兼ねて和奏の買い物に付き合う珊瑚の姿があった。布地は結構重く1人で買いに行くには厳しいものがあったので、珊瑚の付き添いは和奏にとっても有り難かった。珊瑚の方も久しぶりに音符や楽器から離れて華やかな布地を見ているだけで楽しかった。
「ふぅん… わぁちゃんにしては珍しく、パンツルックなんだね。」
「そうなんだ。なんとなく、ね。」
いくつかの布地を広げてみては厚さや素材をチェックしていく和奏。珊瑚は和奏のデザイン画を見ながらそんな姿を何とはなしに眺めていた。
「さぁちゃん、こっちとこっちとどっちがいいと思う?」
と和奏が手にしたのは無地のライトブルーの生地と、グリーンのチェックの生地だった。うーんと首を捻(ひね)る珊瑚。
「ジャケットにするんだったよね?」
「うん。パンツはもう仮縫い、終わってるからね。」
「パンツはどんなのだっけ?」
「え〜っと、無地の紺に近い青い生地だけど?」
と言いながら、鞄の中をごそごそと探して、その生地の切れ端を差し出した。
「これこれ、この生地だよ。」
「どれどれ?」
その生地を受け取って、両方の生地に合わせてみる。確かにどちらの生地でも合いそうだ。
「そだねぇ… どっちでも大丈夫そうだけど…。」
「だよねぇ〜。迷うなぁ…。」
人差し指をあごに当てて首を傾(かし)げて悩んでいると、珊瑚が何気なく口にした。
「わぁちゃんのイメージならチェックの方かな?」
その言葉ににっこり笑うと、和奏は無地のライトブルーの生地の方を手にした。
「んじゃ、こっちにする♪」
「え!? なんで?」
自分の言い方が悪かったのだろうかと和奏を見ると、和奏は人差し指を自分に向けて悪戯(いたずら)っぽく笑っていた。
「今回の個人的なテーマは“らしくなさ”なんだ。」
そう言ってグリーンのチェックの生地を棚に戻し、店員を呼びに店の奥へと行ってしまった。後に残された珊瑚は、
「らしくなさがテーマって… なんだろ?」
と、しばし首を捻(ひね)ることになった。

かなり多めの生地を買い込んでその上、和奏はアクセントになる大きめのボタンも購入していた。無地の生地にしたので何かアクセントがほしかったのだそうだ。珊瑚にはその辺の想像力というものには縁のない生活をしていたので、
「ふぅん… そんなもんなんだ。」
と返すに留(とど)めていた。和奏もわかっているので、その反応に特に文句を付けることはない。
「……そろそろ家に帰ろう?」
「うん、大分遅くなっちゃったね。」
と、駅前広場に差し掛かったときだった。
「…危ないっ!」
和奏の方を向いて話していた珊瑚は、和奏の声に我に返った時には間に合うはずもなく、前から来た人に思いっきりぶつかってしまった。
「きゃっ!」
「ごめんなさい!」
相手は同じ高校生ぐらいの男の子だった。珊瑚も慌てて頭を下げる。
「こっちこそごめんなさい。」
「私、考え事、していました。」
男の子は申し訳なさそうに少し視線をずらしてまた頭を下げる。
「こっちこそよそ見してたから。」
と珊瑚の方も自分に非があることはわかっているので、平謝りだ。その言葉に男の子は視線を戻すと心配そうに、
「大丈夫?」
と聞いてくれた。珊瑚は笑顔を見せて、
「うん、平気平気。どってことないよ。」
と何ともないことを示してみせるた。少し心配そうな表情だったが、男の子はぺこりと頭を下げるとぶつぶつ言いながら歩いていった。
「テンプラ、キツネ…… そして…… タヌキ……。」
(……?)
珊瑚は和奏と顔を見合わせるとお互いにクエスチョンマークを浮かべた顔をした。
「今の、なんだったんだろう?」
「なんの暗号だろうねぇ?」

ライン

帰り道、ずっとそんな話をしていたのだが、結局何のことかわからないまま和奏と別れた。珊瑚は部屋に入ってメールをチェックすると、またちはるからメールが届いていた。

“珊瑚。
  メール、ありがとう。ソバ、たべました。
  独特の味わいがありますね。
  あったかいソバは、たくさん種類があって楽しいですね。
  鴨ナンバンとかカレーソバ、大好き。
  でも天ぷらソバはあまり好きじゃありません。
  ソバのフーミがなくなってしまうから。
  ……というのは、人のウケウリ。
  ソバを食べていたとき、隣の人が言いました。
  私は、モリソバが好き。
  ソバをつける汁のフーミが好きです。
  ソバは私の favorite food になりました。

  ちはる”

「おソバ、気に入ってもらえたみたい。」
珊瑚はほっとしたのと同時に嬉しくなって、すぐさま返信を出した。
「んっと… おソバ、気に入ってもらえたようで良かったです。私はおろしソバが好きです…。大根おろしがさっぱりしていて良い感じなの。大根おろしは、わかるかな?…」
返信メールを送った後、もう一度ちはるからのメールを読み返して、珊瑚は格段にちはるの日本語が上達していることに気付いた。
「それにしてもすごいなぁ、ちはるちゃん…。すっごく努力してるんだろうなぁ。」
そのうち、こちらが教えてもらうことになるかもしれないなぁと、苦笑しながらパソコンを閉じる珊瑚であった。

「へぇ〜、ちはるちゃん、おそば気に入ったんだねぇ。」
翌日、登校途中にちはるからのメールのことを話して聞かせると、和奏は感心したように頷(うなず)いていた。
「わたしなんて、ずっと日本に住んでるくせにおそばはあまり好きじゃないんだよねぇ。」
「そういや、そうだったね。わぁちゃんはうどん派だっけ?」
「そうそう。でも、前に住んでた近所のお店で食べたおそばは美味しかったなぁ。」
等と話していて、ふと和奏は気がついた。
「ねね?さぁちゃん。」
「ん?何?」
「あのさ、昨日の男の子の暗号のことなんだけど。」
そして右手の人差し指をあごに当てて首を傾(かし)げながら続けた。
「もしかして、おそばのメニューじゃないかしら?」
「へ!? おソバのメニュー?」
珊瑚も昨日の男の子が去り際に言っていた言葉を思い出してみる。
「確か… てんぷらときつねとたぬき… だったよね?」
「うんうん、ホントだ!おソバのメニューだよ!」
ぽんと手を叩(たた)いて珊瑚も納得する。どうでもいい事なのだが、一度気になるとどうも落ち着かなくて昨日からどこかスッキリしなかったのだ。これで、スッキリしたねぇと笑い合う2人であった。

end.

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