秋 作

秋晴れの爽やかな日曜日。和奏と珪は森林公園へ来ていた。気候も良くなったのでお弁当を広げてのんびりしようと和奏が提案したのだ。
「今日は、お弁当作ってみました!秋の味覚満載だよ!」
弁当はコンビニエンスストアで買うのだろうと思っていた珪は、和奏の得意気なその言葉に少し驚いた。
「…お前が?弁当?」
「あ!疑ってるでしょ?ちゃんとわたしが1人で早起きして作ったんだからね!」
「…そうなのか …楽しみだな。」
一生懸命説明する和奏に珪は笑みを見せると、和奏を促してちょうどよい木陰を探して歩き出した。

「……ねぇ、どうかな?お弁当?」
一生懸命考えて頑張って愛情込めて作ったのだ。味見をしてくれた母親もこれなら合格、と太鼓判を押してくれた。それでもやっぱり少し不安な気持ちを隠せずそう珪に尋ねてみる。が、
「ああ。」
といつものように無表情でもぐもぐと食べる珪。段々しびれをきらしてきた和奏は言った。
「“ああ”って…… おいしくないなら食べなくてもいいよ!」
「マズいとは、言ってないだろ。」
箸を止めて珪がこちらを向いた。和奏は幾分膨れっ面になりながら口を開く。
「……素直じゃないなぁ。」
「……美味(うま)いよ。」
「それならよろしい。」
珪は良くも悪くもお世辞は言わない。“美味(うま)い”と言ったのならホントに美味(おい)しいと思ってくれているのだ。和奏はやっと安堵して自分の分に箸を付けた。
「……あれ?なんでカイワレよけちゃうの?」
ふと視線を向けた時に、珪が唐揚げの横に盛りつけていたカイワレを巧みに避(よ)けて食べているのが目に付いた。そう思うと気になって何気なく聞いてみただけなのだが、珪はあからさまに視線を逸(そ)らせるともごもごと口の中で呟いた。
「……べつに。」
「あ、もしかして“好き嫌い”?ダメだよ、食べなきゃ。」
その態度にピンと来た和奏は思わず身を乗り出してそう口走った。すると途端にむっとした表情になった珪が今度はハッキリと言う。
「……いらない。」
「……もったいないよ。身体にもいいんだし。」
「じゃあ、おまえにやる。」
ああ言えばこう言うといった状態になってきたので、和奏は右手の人差し指をあごに当て、首を傾(かし)げながら少し考えてみた。
(……葉月くんって、ヘンなとこ、子供みたいだからなぁ…… よし!それじゃあ……。)
「……どうした?」
突然黙った和奏の様子に訝(いぶか)しんで珪が尋ねてくる。いいことを思いついたと内心では思いながら、表面はすごく悲しそうな表情を取り繕った。
「……ううん ……カイワレくんが可哀想(かわいそう)だなぁと思って……。」
「……カイワレ君?」
尚も訝(いぶか)しい様子を崩さない珪に和奏は精一杯の演技をする。
「葉月くんに“おいしい”って食べてもらいたくて、今日のためにスクスクと育ったカイワレくんなのに……。」
その言葉にあちこち視線を彷徨(さまよ)わせて考えたようだったが、珪は結局
「……食べる。」
と言って、唐揚げと一緒にカイワレを口にした。
(やった!! 作戦大成功!)
「カイワレくん、よかったねぇ。葉月くんがおいしいって食べてるよ〜。」
珪の弁当に盛りつけたカイワレに向かってそういう和奏に、珪は目を細めると結局は最後の一本まで綺麗に平らげたのだった。

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「弁当、サンキュ。本当に、美味(うま)かった。」
お昼を食べた後は珪の希望でそのまま昼寝となった。和奏はもちろん、こんなに人通りの多いところで寝ることは出来ないので、持ってきていた本を読んでいた。特に何をするわけでもないが、共有している時間というのはとても温かく、珪が眠っていても和奏は退屈しなかった。
「ありがとうはこっちだよ。また作ってくるね♪」
「ああ… 楽しみにしてる。」
和奏の笑顔に珪も微笑を絶やさない。と、ふと不自然な間(ま)が空き和奏が“?”と思い始めた頃、珪はいつもと同じように
「…じゃあ。」
と左手を軽く挙げると帰っていった。珪が見えなくなるまで見送ってから和奏もくるりと向きを変えて歩き出す。
(…なんだったんだろ?なんかいつもと違って不自然な間(ま)だったような…?葉月くん、何か言いたそうにしてた気がするんだけど…。)
本人がいなければ確かめようもなく、和奏は夕焼けを背にゆっくりと家へと帰っていった。

家に帰ると尽が待ちかまえるように玄関に立っていた。なにやらニヤニヤと不気味な笑みを浮かべている。
「ただいま。どうしたの?」
「ねえちゃん、今日、森林公園にいただろう?」
ますますにやつく尽に眉を寄せると和奏は自室への階段を上がりながら返事をする。
「いたわよ。それが何?」
尽も頭の後ろで手を組んで和奏に付いていきながら、さらに口を開く。
「一人で本なんか読んでさ、つまんなくなかったのか?」
和奏の部屋の前に着き、一つため息をついてから両手を腰に当てて尽を正面から睨(にら)み付ける。尽も組んでいた手を外してポケットに突っ込んで立ち止まった。
「…まったく相変わらず回りくどい言い方するのね。見たなら見たってちゃんと言えばいいでしょ?」
「何を?」
「最後までとぼける気ならそれでいいけどね。悪いけど、尽がいたことはわかってたわよ。」
目を見開いて驚く尽に和奏はとどめを刺す。
「今日一緒にいたのはエリちゃん?それともユウコちゃんだったかしら?手なんか繋(つな)いじゃって仲良さそうにさ。」
「げっ!?」
途端におたおたしだす尽に和奏はもう一度ため息をつくと
「もういいから下に行きなさい。わたしも着替えたらすぐ行くから。」
「……は〜い。ちぇっ… 相変わらずつまんねぇの。」
ぶつぶつ言いながらもそそくさと階段を降りていく尽を見送ると、今度こそ着替えるために和奏は自室へ入っていった。

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