にぎわい -2-

「泳ぐぞ〜!!」
更衣室を出るなりそう叫ぶと、奈津実は準備運動もそこそこにプールに飛び込んだ。珠美はもちろんのこと、珊瑚や和奏もそれなりに念入りに身体をほぐしている。
「海じゃないんだし、そんなの適当でいいんだよ!早くおいでよ!」
奈津実は昨日、瑞希から奪って購入したおニューの水着が嬉しいらしく、すごくご機嫌だ。珊瑚も和奏も続いてプールに入る。珠美はまだ準備運動をしていた。珊瑚がすいっと一かきして奈津実の側までやってきた。
「藤井ちゃん、お嬢は?」
「あー、なんかオバーサマとやらに捕まったらしくて、後から来るってさ。」
オジョーサマも大変だねぇ〜といいながら、仰向けに浮かぶ奈津実。なんだかんだと言いながら執事を通してとはいえきちんと連絡を入れてくるところに、瑞希の気持ちが見え隠れしている。そんな瑞希だからこそ、奈津実も心底嫌いになれないのだろう。逆にこういう言い合いが出来る奈津実の様な友達がいるというのは、瑞希にとっては大事なことなのかもしれない。そんなことをつらつらと珊瑚が考えている内に、ようやく珠美がプールサイドにやってきて、今度は念入りに身体に水を掛け始めた。
「珠美ー!! 遅いよー!?」
「…ご、ごめん…!」
ようやくみんなのところへやってきた珠美。まずは小手調べとして年齢制限なしのプールへ来たので、子供達もわらわらと遊んでいる。そんな中でも奈津実の声は良く響いた。さすがチアリーディング部、と言ったところか。
「水に慣れたら、あっちで競争しよう!」
と奈津実が指さしたのは、競泳用のプールだ。そちらは順番が決まっていて、申し込めばタイムも計ってもらえるようになっているらしい。3人とも頷(うなず)くと、ひとまずは肩慣らしにゆっくりと泳ぎだした。
「お嬢、何時頃くるかな?」
ふわりふわりと平泳ぎをしながら珊瑚が呟くと、
「さぁ?おばあ様って須藤さんがすごく苦手にしてる方だよね。」
と隣で同じように平泳ぎをしている和奏が相づちを打つ。かなり厳しいお人らしく、度々屋敷を抜け出してる瑞希を見かけることがあるのだ。珠美が寄ってきて
「須藤さん、ホントは… 私たちと、もっと遊びたいんだと、思うよ。」
「………だろうね。今日も大分楽しみにしてたみたいだし。」
と奈津実が続ける。早く来れると良いのになぁと4人とも声には出さずに呟いていた。

一頻(ひとしき)り泳いだ後、競争する前に一服とプールサイドでくつろいでいるときにようやく瑞希が現れた。いささか不機嫌な表情なのはどうやら水着のせいらしい。真っ先に見つけた奈津実が手を挙げて声を掛ける。
「オッス!ようやくお出ましだね。」
「まったく!! おばあ様のおかげでこーんな地味な水着しか持って来れなかったわ!」
瑞希はシンプルなブラックのワンピースの水着に同色のパレオを着けていた。どうやらホントはもっと派手なのを持ってこようとしたらしい。
「おばあ様ってホントに心配性なんだから!」
「で、でも… 須藤さん、すごく、似合ってるよ…?」
と珠美がフォローを入れると、途端に腰に手を当てて、
「当たり前でしょう?ミズキを誰だと思ってるの?」
と上から見下ろすように珠美を見る瑞希。途端に珠美はしゅんとして謝った。
「ご、ごめんなさい……。」
「須藤さん、そんな言い方ないでしょ?」
「まったくこれだからお嬢様は…。」
珊瑚と奈津実がそう言うと途端に眉間にしわを寄せ、
「なによぉ!?」
と怒り出す始末。また始まった… と和奏は内心、頭を抱えながら口を開いた。
「ほ、ほら。いつまでこうしてるの?競争するんじゃなかったの?」
「あ、そうだった。須藤はどうする?」
先ほどのやりとりは大して気にしてなかったのだろう。奈津実がなんでもなかったように瑞希に尋ねると、瑞希も少し考えた後口を開いた。
「そうね… 今回はパスしておくわ。」
「そうだね、来たばっかりだもんね。」
「じゃ、行きますか。」
と、ぞろぞろと競泳用のプールへ移動していく。少し離れて瑞希の執事が後を着いてくる。
「タイム、測るんでしょう?ミズキが頼んできてあげる。」
そう言うとすぐに執事を呼んで手続きをさせる瑞希。4人は顔を見合わせて苦笑すると、スタート台に並んだ。
「いいわよ!」
目を輝かせてみんなの方を見ている瑞希は執事に号令までさせる始末で、本当に楽しそうだ。
「それでは失礼して… ヨーイ、スタァト!」
執事の合図で4人は一斉に飛び込む。4人ともそれなりに運動が出来るのでなかなか白熱した戦いになっていた。瑞希がプールサイドで追いかけていきながら誰にともなく声援を送っている。
「……ハァー!タイムは?」
一番に着いた珊瑚が顔を上げる。続いて和奏、珠美、奈津実とゴールした。
「海藤さんが1分19秒、如月さんは1分20秒、珠美は1分23秒、藤井さんも1分23秒ね。」
瑞希が執事に持ってこさせた記録表を見ながらそう告げる。珊瑚はともかく、和奏に負けたのが悔しそうな奈津実だ。
「和奏って運動も出来るんだねー。まさか、ビリとは思わなかった…。」
「藤井ちゃん、わぁちゃんを侮っちゃいけないよ。」
珊瑚が楽しそうに和奏の肩を抱く。和奏も笑顔だ。それから夕方までは一般用のプールに戻って、瑞希も一緒にのんびり泳いで過ごした。

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「…お嬢様。そろそろお時間でございます。」
執事の声に時計を見ると夕方の5時だった。瑞希は諦めたようにため息をつくと、立ち上がった。
「今日は思ったより楽しめたわ。」
「うん、また一緒に遊ぼうね。」
「また明日ね、須藤さん。」
「じゃーねー!」
「…またね。」
少し残念そうな表情で執事に連れられて帰っていく瑞希。多分、今日出てくるために帰宅時間は約束させられたのだろう。初めの第一声こそ喧嘩(けんか)腰だったが、それ以外は終始ご機嫌でみんなと楽しそうに笑い合っていた瑞希だった。奈津実もそんな瑞希に普段以上にちょっかいをかけることもなく、いつもと違って余計な心配がいらなかった珊瑚達には安心して楽しめた一日だった。そしてそんな瑞希がいなくなったことでやる気をなくしたのか、一つ伸びをすると奈津実が口を開いた。
「アタシ達もそろそろ帰ろっか。」
そしてそれぞれ更衣室へ向かい、しっかりシャワーを浴びて着替えることにした。

全身を心地よい怠(だる)さが包んでいる。運動の後のこの気怠(けだる)い雰囲気が、珊瑚は案外嫌いじゃなかった。それにしても今年の夏はなんだか慌ただしくて、結局海へ行けなかった。それを残念に思うが、また来年もある。きっと変わらず、このメンバーでわいわいとやっているのは間違いないだろう。
「いやぁ、今日はたっくさん泳いだね!」
満足気な顔で伸びをする奈津実。珊瑚も和奏もなんだか怠(だる)い腕をぐるぐる回しながら同意する。そんな中、珠美がぽそっと呟いた。
「あの、え……と、お風呂で、よく揉(も)むといいよ……。」
みんなで一斉に珠美を見ると、少し顔を赤くしながら続ける。
「あ、その、筋肉、ほぐしてあげると明日、身体が楽だから……。」
「あー、はいはい。いつもありがとう、珠美。」
運動好きでバスケ部のマネージャーでもある珠美は、こういう細かい気配りが上手だ。いつも聞かされてるのか、奈津実はおざなりな返事を返しているが、珊瑚と和奏は素直に頷(うなず)いた。
「うん、ありがとう。」
すると珠美は嬉しそうに笑みを見せ、それからはストレッチ談義に花を咲かせてゆっくりと帰るのだった。

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