にぎわい

夏休み最後の日曜日に志穂を除く女の子5人でプールへ泳ぎに行こうと話が決まり、連れ立ってショッピングに来ていた。ちなみに志穂には“予備校があるから。”と言って断られたのだが、奈津実の推測によると泳ぐのが嫌なだけだろうとのことで。とことん運動は苦手なのだろう。無理強いするわけにもいかないかというわけで5人で行くことになり、それぞれが、せっかくだから水着を新調しようと商店街にあるブティック・シエラにやってきた。

それぞれに好みの物を探そうと店の中で別行動をしている時だった。
「呆(あき)れた!それはミズキが買おうと思ってたんだからぁ!?」
「いいじゃん!アンタどうせ、何枚も持ってるんでしょ!?」
「そんなこと知らない!」
店の奥の方で言い争う声が聞こえてきた。珊瑚と和奏が慌てて行くと、瑞希と奈津実が睨(にら)み合っており、側で珠美がおろおろしていた。
「ちょ、ちょっと!2人とも、どうしたの?」
珊瑚が割って入ると奈津実が視線をこっちに向ける。
「あ、珊瑚。あのマネキンが着てるビキニなんだけどさ……。」
瑞希が和奏の方を向いて、奈津実を指さし、
「ミズキが見つけたのに横取りするの!?」
「だって、あと最後の一着だけなんだもん!」
そう言ってまた睨(にら)み合いになる2人。
「もう、ふたりとも!お店の中で騒いだらみっともないよ?」
和奏がそう言って宥(なだ)めようとすると、しびれを切らした瑞希が声を上げた。
「ウ〜…… ギャリソン!?」
「ここにおります、お嬢様。」
心得た様子で側に寄る執事に瑞希は慣れた口調で命令する。
「あのアバレダヌキからミズキのビキニを取り返して!?」
これで勝ったと言わんばかりの表情に奈津実が唇を噛(か)んでいると、執事が恭しく頭を下げた。
「はぁ…… ですが、お嬢様…… 誠に残念ながら、その、お嬢様には少々……。」
「なんなのよぉ!? 言いたいことがあるなら、ハッキリおっしゃい!?」
何か不満があるのかと目をつり上げて怒り心頭の瑞希に対し、執事はどこまでも冷静に言葉を続ける。
「サイズが大き過ぎるかと…… その…… 上のほうだけ、でございますが……。」
「………………。」
眉を寄せて絶句する瑞希に対し、さっきまで悔しそうに睨(にら)んでいた奈津実が勝ち誇ったように笑顔を見せた。
「アハハ!いっただきー!」
早速店員を呼んでマネキンからビキニの水着を取ってもらい、意気揚々と会計をする奈津実。瑞希はそれを見ると、
「もーっ!? ミズキが先に見つけたのにぃ!?」
と地団駄を踏んだ。やれやれと珊瑚と和奏が苦笑し、珠美がほっと息を付いたときだった。
「わたし、なんだか気分が悪いから帰る!ギャリソン!」
「はっ、お嬢様。」
「すぐに車 -リモ- を回してちょうだい!」
「ちょ、ちょっと、須藤さん…。」
「明日はびっくりするようなミズキの水着姿を見せてあげるわ! A bientôt! -じゃあね!-
悔し紛れにそういう瑞希に会計が終わってほくほくの奈津実が手を振る。
「じゃね〜!えくすなんとか〜!?」
瑞希を車に乗せると執事は皆に頭を下げて、
「明日のことは瑞希様も本当に楽しみにしておいでですので。今日のことはお気を悪くされませんように。」
といつものようにフォローの言葉を挟む。
「は、はぁ……。」
「それでは、失礼致します。」
そして瑞希を乗せた車は狭い商店街を巧みにすり抜けて去っていった。珊瑚も和奏も思いっきり脱力する。
(ハァ…… なんか疲れた……。)

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それから気を取り直した珠美がようやくシエラでワンピースの水着を買い、珊瑚と和奏はこの店ではめぼしいものがなかったので、2人と別れて公園通りへと向かうことになった。商店街と公園通りは珊瑚や和奏の家を挟んで反対側になる上、珠美や奈津実の家とは方向が違うので帰りが遠くなるからと断った。公園通りのはばたき銀座と呼ばれるショッピング街に着くと、とりあえずは休憩すべく喫茶店に入った。
「ふー、やれやれ。」
暑い中結構な距離を早足で歩いたので少々バテ気味である。珊瑚はアイスコーヒーを和奏はセパレートティーを頼んで一息ついた。
「それにしても、ホント、お嬢ってトラブルメーカーよね。」
珊瑚が難しい顔でそう断言する。和奏は苦笑して頷(うなず)いた。
「須藤さんの悪いところなのよね… 自分の思い通りにならないとすぐ拗(す)ねちゃうの。」
「あんたも毎度毎度宥(なだ)め役、ご苦労様だよねー。」
「うん… でも、きっとホントは、須藤さんもどう対応して良いのかわからないだけだと思うよ?」
「ま、ねぇ… ホントにとっきどき途方に暮れた瞳(め)すんのよね、あのコ。」
フランスと日本と行ったり来たりの生活が小さい頃から常であった瑞希には、昔からの友達、というものがほとんどいない。中等部、高等部とはなんとか日本に居続けることが出来たので、志穂や奈津実、珠美とは喧嘩(けんか)腰ながらも友達という関係を築けたのだ。みんなその辺の事情がわかっているので、本当に斥(しりぞ)けたりは出来ないらしい。
「…とは言っても、ね。」
「うん。もうちょっと素直になれると楽なのにね。」
そう結論づけるとあまり時間もないので、早々に喫茶店を後にした。

ブティック・ソフィアに着いた頃、時刻は夕方になっていた。夏の日は長いので錯覚しがちだが、早く決めて帰らなければ遅くなる。2人は水着コーナーに真っ直ぐ向かうとあれこれと言いながら、和奏はアクアブルーのビキニの水着を、珊瑚はレッドのワンピースの水着を購入した。
「やっぱり、わたしたちは Pure 系の方が落ち着くねぇ。」
「うんうん。シエラの服は Sporty 系だからね。なんだかピンと来ないよね。」
と言いながら店員に送られて店を出る。
「さて、用事も済んだし急いで家に帰らなくちゃ。」
「あ、ホントだ!」
と時計を見たときだった。後ろから男の子の声がした。
「たのもう。」
「???」
2人で振り返るとあまり見かけない不思議な雰囲気の男の子が立っていた。
「オブギョウ様、どこですか?」
「お奉行様!?」
「え、えっと…… この辺にはいないと思うけど……。」
唐突な言葉に珊瑚はびっくりし和奏が律儀に答えると、その男の子は視線を泳がせて
「そうですか……。」
と目を伏せた。頭の上にクエスチョンマークをいっぱい浮かべている2人を気にした風もなく、
「あの、かたじけない。」
と挨拶すると、すたすたとどこかへと歩き去ったのだった。
「いえいえ、どういたしまして。」
「……変わった人だな……。」
よくわからなかったが役に立ったのだろうか?もう一度時計を確認すると、慌てて歩き出す和奏と珊瑚であった。

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