いろどり -2-

新はばたき駅から会場の海沿いまで屋台がずらりと並んでいた。先ほどから食べ物の屋台を見つけては、奈津実があれやこれやと買ってきて頬(ほお)張っている。
「珠美、これ美味(おい)しいよ!食べな!」
「あ、う、うん… ありがとう。」
「あぁ!志穂!そこの回転焼き買って!」
「……よく入るわね。」
「珊瑚珊瑚!あそこの金魚すくいで勝負しよう!」
「藤井ちゃん、すごい元気…。」
「和奏ー!これちょっと持ってて!」
「はいはい。」
奈津実1人が異常にはしゃいでいた。何かあったのかと訝(いぶか)しむ面々だったが、とりあえずこの場はそっとしておくに限ると目と目で確認しあい、そんな奈津実に付き合っているような状態だ。
「紺野さん、大丈夫?全部食べれる?」
珠美が持っているベビーカステラの袋の中身が一向に減っていないのに気付いて和奏が声を掛ける。
「うん… ちょっと無理みたい…。」
苦笑しながら中身を覗(のぞ)く珠美。和奏は笑いながら、
「こういうのは冷めちゃうと美味(おい)しくないからね。手伝ってあげるね。」
そう言うと珠美は嬉しそうに笑顔になった。
「和奏ちゃん… ありがとう。」
「有沢さんも食べない?」
「そうね。せっかくだし、少しだけ。」
志穂もあまりにもたくさん残っている奈津実の食べ残しに辟易(へきえき)していたのだが、珠美が持っているベビーカステラが一番大変そうだったので苦笑して了承した。そして3人でベビーカステラを食べながら、茶々を入れつつ珊瑚と奈津実の金魚すくい対決を眺めるのだった。

一頻(ひとしき)り屋台を楽しんだ後、それぞれ飲み物を購入してから花火大会の会場へと移動した。そこここに浴衣を着たカップルが場所取りをしていて、なかなか5人纏(まと)まって座れそうな場所が空いていない。
「まったく!どいつもこいつもイチャイチャしてくれちゃってさ!」
先ほどの戦利品である金魚の入った袋を振り回しそうな勢いで1人憤慨する奈津実を宥(なだ)めながら中程まで来たときだった。
「おっ、皆さんお揃いで。」
「げっ… 姫条。」
ひらひらと手を振りながら、まどかが5人に声を掛けた。見ると、和馬や桜弥、珪もいるらしい。
「……なんだか珍しい取り合わせね。」
珊瑚がそう感想を漏らすとまどかが頭をかいた。
「いや〜、宛(あて)が外れてもうたわ。葉月がおればナンパも百発百中!とかって思っててんけどな〜。」
「そんな訳無いでしょ!コイツ、すっごい無愛想なのにさ。」
奈津実とまどかが話している間に他のメンバーも挨拶を交わす。
「こんばんは。皆さんご一緒だったんですね。」
「こ、こんばんわ…。」
桜弥が顔を知っている志穂に向かって笑顔でそう声をかけると、志穂はちょっと頬(ほほ)を染めて挨拶をした。和奏と珊瑚は志穂の後ろから会釈をするに留める。
「おう!お前らか。」
「こんばんは、鈴鹿くん。」
こちらも同じバスケ部で顔見知りの和馬と珠美が挨拶していた。和馬はこういうイベントが好きなのか結構はしゃいでいるようだ。
「葉月くん、こんばんは。」
「……こんばんは。」
和奏がそう声を掛けると珪は微かに笑みを見せて挨拶を返してくれる。しかし、その様子を見たのは珊瑚だけだった。
(葉月ってわぁちゃんの前でだけ態度が変わるんだよね。日頃の成果かな?)
「こんばんはー。男ばっかでむさくるしいね。」
最後に珊瑚がそう混ぜっ返すと、その言葉が耳に入ったのかまどかが口を挟む。
「よかったら一緒にどうや?どうせここまできてナンパしても誰もつかまらんやろし、周りはカップルだらけや。」
「あ、いいね!場所がなくて困ってたんだ。じゃ、おっ邪魔っしまーっす。」
とすぐさま奈津実がシートの上に上がり込む。それを見たまどかが、
「おいおい… 誰も自分に言うてへんやろ。」
と小声で突っ込むのにすぐさま奈津実が反応し、
「なーに言ってんの!今日、このメンバーが揃ってるのはアタシが声掛けたからなんだからね!」
等々とまた夫婦漫才のようなやりとりを始めてしまった。それを横目に見つつ桜弥が促す。
「あの二人は放って置いて、みなさんどうぞ。ちょっと狭いかもしれませんが…。」
「ありがとう、守村くん!」
和奏がそう答えたのを合図に他の女性陣もシートに上がり込んで花火が始まるのを待った。

ライン

有名なはばたき市の花火大会は、総打ち上げ数約10万発、時間にして約1時間半ほどかけて全ての花火が打ち上げられる。花火の品評会と言っても過言ではない圧倒的な数とスケールの花火に皆、我を忘れて魅入っていた。普段はにぎやかなまどかや奈津実でさえ、声を出すことも出来ずにぽかんと口を開けて上を向いたままだ。
「きれいだな。」
そんな中、珪がぽつりと呟いた。聞こえたのは隣にいた和奏だけのようである。
「……え?」
「花火。見てると時間たつの、忘れる……。」
みんなの邪魔にならないようにか小さな声で珪が呟く。和奏も小さな声で、
「そうだね… 夜空に咲いた大輪の花だよね…。」
と答えた。すると、珪は和奏の方を向いて少し表情を和らげ、また空を見上げた。
「ああ…… 海に映ってるのも、花が浮かんでるみたいに見える……。」
「うん……。」
また一つ花火が上がって消えていく。和奏は珪の横顔に少し見とれつつも慌てて視線を花火に戻して言葉を続けた。
「……こうしてずっと見てたいな。」
「ああ…… 俺もそう思う。このまま、時間が止まってもかまわないような気がする。」
「え……?」
思わぬ珪の言葉にそちらを見ると、珪も優しい表情で和奏を見ていた。和奏は赤くなりながらもまたすぐに視線を花火に戻す。そんな様子に優しい笑みを見せた珪に気付くことなく、ドキドキした胸を押さえて一心に夜空を見上げる和奏であった。

と、突然前の方で大声がした。
「たーまやー!」
どうやら和馬が一際大きな花火に叫んだものらしい。それまでの雰囲気が一瞬にして吹き飛び、まどかも一緒になって叫びだした。
「た〜まや〜♪」
「ちょっとちょっと、アンタたち!」
奈津実が憤慨して抗議の声を挙げる。和馬はきょとんとして、まどかはニヤニヤしながら奈津実を見た。
「せっかくの雰囲気が台無しじゃない!もっと風情のある見方は出来ないの!?」
「お前なー。花火はこう、ズドーンとでっかく弾けるところがよぉ、たまんねーんだよ。それに合わせて叫ぶ!これが花火の正しい見方だぜ!」
いやに力説する和馬にまどかも横でうんうんと頷(うなず)いている。
「ええやないか。今日は別にデートで花火を見に来たわけでもあらへんのやし。みんなで騒ぎながら見る花火があったって。」
「でも!」
「そういう見方がしたかったら彼氏でも誘て(さそて)、2人っきりで見に来ることやな。」
「………!」
目をつり上げて睨(にら)み付ける奈津実にまどかはちょっと苦笑して宥(なだ)める。
「まぁまぁ、何があったか知らへんけど、和馬と一緒に叫んでみ?結構気が晴れると思うで。」
まどかのその言葉に珊瑚ははっとした。まどかは今日の異様なはしゃぎっぷりの奈津実のことを知っている。しかもその理由まで。しかし正面からの慰めでは自分の心をごまかしてしまう奈津実のためにわざとそんな提案をしているのだ。ということならばそれに乗らない手はない。
「それじゃ、私も叫んでみようかな。ちょっと恥ずかしいけど。」
「おう、やれやれ!」
珊瑚の言葉に和馬が嬉しそうに囃(はや)し立てる。珊瑚は息を吸い込むと夜空に向かって大声を張り上げた。
「たまやー!たまやー!」
「ハハハ!でけぇ声!なっ?最高だろ?」
嬉しそうに和馬がそう声を掛ける。珊瑚も意外にすっきりしたのにびっくりして頷(うなず)いた。
「ホントだ、大声を出すのって、なんだかスッキリするね。」
「花火を見てると、日頃の嫌な事なんて、吹っ飛んじまうよな。テンション上がるぜ!」
また叫び出す和馬。珊瑚も奈津実を誘ってみる。
「藤井ちゃん、ホントに気分いいよ!叫んでみなよ。」
「え?え?アタシが???」
「うんうん、ほら、一緒に叫ぼ?」
せーので2人声を揃えて大声を出す。そんなみんなの光景を、目を丸くしながら珪と和奏は取り残されたように見ていた。

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