打ち上げが終わった後はしばらく誰も口を開けなかった。それぐらいすごくてそれぞれに感動していたのだ。やがて周りにざわめきが戻ってきて誰からともなく帰り支度を始めた。
「……キレイでしたね。まさに、光の芸術です。」
控えめに桜弥がそう感想を漏らしたのをきっかけに、会話が戻ってきた。
「ほんとだね。すっごかったねぇ…。」
珊瑚は他に言いようがなかったらしくごく簡単に感想を述べた。
「えぇ。時間を割いて来た甲斐はあったわね。」
珍しく志穂にも笑顔が見える。奈津実が得意気に言った。
「フッフーン。このナツミさんに感謝しなさいっ。」
「それにしてもめっちゃキレイやったなぁ… まるで夜空に花火が溶け込んでくみたいやったし。」
「おや?めずらしー。姫条でもそんな表現が出来るんだ?」
「自分なー… せっかくの気分を台無しにせんといてくれ。」
情けない表情で奈津実に視線をよこすまどか。和馬も興奮気味に、
「いやあ、すっげぇよな!花火って最高だぜ!!」
とはしゃいでいた。幾分声がかすれているのはご愛敬だろう。それを珠美が楽しそうに眺めている。そして、最後に珪と和奏がみんなに続いて歩いていった。
「来年こそはあれやな。やっぱ彼女と来んとあかんな。」
新はばたき駅に到着してなんとなく話し込んでるときにまどかがそう言い出した。奈津実がそれにうんうんと頷(うなず)いている。
「みんなでわいわいやるのも楽しかったけどねー。」
「観た後の感動を2人で分かち合えんのがええよな〜。」
「そ、そうか?俺はやっぱ大勢で観る方がいいと思うぜ!」
こういうところは奥手な和馬が力一杯言い切ると、
「でもやっぱり、女の子は彼氏と2人っきりで観るのに憧れるよねぇ。」
という珊瑚の言葉に黙ってしまった。話が切れたところで志穂が口を挟む。
「それじゃ、私はここで。」
「あ、僕もそろそろ帰ります。」
志穂と桜弥がそう言いだしたので、さも今思いついたというようにぽんと一つ手を叩いてまどかが提案した。
「あぁ… 夜も遅いし、守村、有沢ちゃん送ってあげたら?」
「え?い、いえ… わ、私は…。」
「ああ、そうですね。方向も一緒ですし途中までご一緒しませんか?」
動揺して狼狽(うろた)える志穂とは違って桜弥は素直にそう言って志穂を誘った。桜弥のありがたい言い訳のおかげで志穂も素直に送ってもらうことにしたようだ。そうしてまどかの“男子は女子を送ること”との言葉に、和馬が珠美を、珪が和奏と珊瑚を、そしてまどか自身は奈津実を送ることになって解散となった。
珊瑚と別れて珪と2人になった和奏は未だ花火の余韻を引きずっていた。どことなく地に足が着いてない感じの和奏を、珪は目を細めて見ていた。
「今日はホントキレイだったねぇ。」
「……ああ。」
「毎年あの花火大会、やってるんでしょ?」
「………そうなのか?」
とぼけた返答の珪に和奏は訝(いぶか)しんで言葉を続ける。
「………。葉月くん、今日まで知らなかったとか?」
「いや…。」
照れくさそうに視線を逸(そ)らした珪は少し考えてから口を開いた。
「……毎年、って気付いてなかった。」
「………え?」
「夏になると、花火が上がってるな、とは思ってたけど。」
(………は、葉月くんらしいなぁ。)
少し照れているらしい珪の様子に、内心大笑いしながらも表面には出さずにごくさりげなく切り出す。
「そっか。じゃあさ、毎年やってるってわかったんだから、来年もまた観に行こうね。」
「ああ… いいな。」
そんなことを話しているうちに和奏の家に着いた。和奏は改めて珪に頭を下げる。
「送ってくれてありがとう!」
「ああ、じゃあな。」
「おやすみなさい。」
珪は軽く手を挙げると夜の闇に紛れていった。
その頃珊瑚はちはるからまたメールが届いているのに気付いた。前のメールで珊瑚が丁寧に返事を書いていたのに、いたく感動したらしいことが文面から読みとれる。珊瑚は嬉しくなって笑みを浮かべてメールを読んでいた。
“日本語学校の先生が言ったのですが
日本の文化、日本の言葉はテレビを見ると良いらしいです。
でも私、どの番組がいいのか分かりません。
何か、良いTV番組はありますか?”
今回のメールにはこう書かれていた。珊瑚は思わず腕を組んでうーんと唸(うな)っていた。
「日本語学校に行ってるんだ… そりゃそうだよね、生まれも育ちも向こうじゃ最初は全然言葉、わからないだろうし。
それより、TV番組かぁ…。日本の言葉だとニュースがいいんだろうけど…。文化ねぇ…。」
ニュースではあまりに当たり前すぎて面白くない気がした。かといって、歌番組では逆に言葉がわからなくなりそうだ。悩みに悩んだ末、珊瑚は“文化”という言葉だけに的を絞ることにした。
「うん、時代劇にしよう!時代劇って言っても今やってるのだと言葉もそんなに変わらないし。外人さんって時代劇好きだって言うしね。」
時代劇を勧めるのと共に今日の花火大会のことも書くことにする。日本の文化、と言う意味ではこれほど壮大で綺麗なものはないと思ったからだ。今一度文章を読み返し満足そうな笑みを浮かべると、珊瑚はメールを返信して布団に潜り込んだ。
瞼(まぶた)を閉じると先ほどの大輪の花が浮かんでくる。と、同時に今日の異様なはしゃぎっぷりの奈津実を思いだした。
「そういえば藤井ちゃん、今日はどことなくおかしかったよね?何があったんだろう?姫条はなんか知ってるっぽかったけど…。
まぁ、だからこそ姫条が送っていったんだろうし大丈夫かな…。」
きっと聞いても奈津実はなんにもないと言うだろう。人に弱みを見せるのが嫌いなのだ。そのくせ悩んでいる子を見付けると放っておけずに世話を焼く。やっかいな性格の奈津実に苦笑して、今日は花火の余韻に浸ることにした。
(それにしてもすごかったなぁ… 姫条じゃないけど、来年こそは彼氏と見に行きたいな。)
そんなことを考えながら珊瑚は今日見た色とりどりの花火の中に吸い込まれるように眠りに着いた。