いろどり

8月最初の日曜日の朝。珊瑚の元に奈津実から電話が入った。
「オッス!元気してる?」
「おはよう。朝からどうしたの?」
妙にうきうきとした奈津実の声に首を傾(かし)げながら応えると、今度は意味深な声が返ってきた。
「ねね、今日って何の日か知ってる?」
「へ?今日…?」
そう言えばすっかりはばたきネットのチェックを忘れている。アルバイトと一学期分の勉強の遅れを取り戻すのに必死になっているせいだ。奈津実に怒られるなぁと思いながら珊瑚は正直に言った。
「ごめぇーん。最近ちっともネットチェックしてなかった…。」
「もう!珊瑚ったらそんなコトじゃダメだよ!何があってもネットチェックだけは欠かしちゃ!」
案の定奈津実の怒った声が聞こえてきた。くるくると表情だけでなく声の調子までよく変わる奈津実のことだ。珊瑚は眉をつり上げてる奈津実の様子が目に浮かぶようでくすっと笑った。
「だから、ごめんってば。で、今日は何の日なの?」
「今日はねー、な・ん・と!花火大会があるんだよん!」
「え… 花火大会…?」
夏休み期間中はいろんなイベントが目白押しのはばたき市には、この時期いつも近隣都市から多数の人出で溢(あふ)れかえるのが常だ。そのイベントの内の一つである花火大会が毎年8月の第一日曜に開催されるのは有名なことだった。子供の頃に確か、両親に連れられて来た覚えがある。そのことを思い出した珊瑚はカレンダーを確認し、あまりにもうっかりしていた自分に苦笑した。
「…そっか、今日って8月第一日曜だ。」
「ちょっとちょっとおネェさん!しっかりしてよー、大丈夫?暑さで頭やられちゃった?」
途端に心配そうな奈津実の声。珊瑚は頬(ほお)を人差し指でかきながら応えた。
「あはは、ちょっとうっかりしすぎだよねー。」
そしてふと、和奏はこのことを知っているのだろうかと疑問に思った。それと同時に電話口から奈津実の元気な声が届く。
「で・さ!みんなで一緒に花火大会に行かない?なんか予定ある?」
「あ、いいね!忘れてたぐらいだから予定なんてなんにもないよ。」
笑いながらそう答えると奈津実は嬉しそうに、
「オッケー!珊瑚はゲットっと。後さ、和奏はどうかな?なんか予定あるのかな?」
と聞いてきた。ちょうど和奏のことを考えていたので珊瑚も首を傾(かし)げて答えた。
「どうだろう?聞いてみないとわからないけど…。」
「こっちはね、珠美と志穂とは行くって言ってたよ。須藤は相変わらずニュースのビラ?とかってところにいるらしいから捕まんない。」
そう言えば休み前に瑞希はどこかの別荘へ行くと嬉しそうに話していた。確か…
「それってニースのヴィラ… つまり別荘じゃなかったっけ?ニースはフランスかな?」
「あぁ!それそれ!ま、どうせいないしほっといてさ。」
瑞希と折り合いのあまりよくない奈津実はあっさり流す。
「和奏も誘っておいでよ!今晩6時、新はばたき駅でみんなで待ち合わせしてるからさ!」
「うん、わかった。わぁちゃんが行けなくても私は行くから待ってて。」
「オッケー。あ、浴衣とか着なくて良いからね。気楽な格好で。」
「はいはい、りょーかい。」
「じゃ、今晩に!」
「うん、誘ってくれてありがとう。」
そう言って奈津実の電話は切れた。

奈津実とのおしゃべりで少し喉が渇いたので和奏への電話を後回しにし、階下へ降りて冷蔵庫を開けた。煮出して冷やしてあるアイスコーヒーをコップに注いで一口飲むと、そのコップを持ったまま自分の部屋に戻る。そうして一息入れてから和奏に電話を入れた。
「もしもし、わぁちゃん?」
「さぁちゃん?朝早くからどうしたの?」
「あのね、今藤井ちゃんから電話があってさ…。」
と今日の花火大会にみんなで行こうと誘いを掛ける。和奏も二つ返事で了承した。
「ね、その前にお昼食べたらさぁちゃんち行ってもいい?」
新はばたき駅にはどちらかというと珊瑚の家からの方が近い。それはかまわないのだが、不思議そうに珊瑚が尋ねた。
「いいけど、なにかあった?」
「うふふ。さぁちゃんホントに最近ちっともネットチェックしてないんだね。」
和奏が嬉しそうに笑っている。珊瑚は今すぐチェックしようかとパソコンの電源を入れた。
「ああ!ダメ!わたしが行くまでネットチェック禁止!わかった?」
「………はいはい、わかりました。でも、そこに何かあるのね?」
「うん!楽しみにしてて♪」
いつになく弾んだ声の和奏に気になりながらもノートパソコンを閉じた。
「わかった、じゃ、待ってるね。」
「うん。お昼食べたらすぐ行くね。」
そうして電話を切った。
「………しかし、何だろ?わぁちゃんが喜ぶような情報って…。」

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約束通り、13時前に和奏がやってきた。パープルのデザインTシャツとブラックの6分丈のスパッツという出で立ちだ。
「夜だから寒くなると困るなと思って。」
長袖にしたらしい。対して珊瑚はこないだも着ていたイエローの半袖のパーカーとグレーのミニのタイトスカートだ。ちなみに、和奏が今日着てきた服は色違いで珊瑚ももっているし、珊瑚が今来ている服も和奏は色違いでもっていたりする。だから、重ならなくて良かったとお互いに安堵していた。
「で?わぁちゃんがそこまでして私に見せたかったものって何?」
和奏が手みやげに持ってきた有名洋菓子店の季節限定ゼリーを食べながら、珊瑚がはばたきネットのページを開いた瞬間だった。
「………………!?」
一番上にでかでかと“葉月珪特集”と銘打って珪の写真がトップに載っていた。和奏がにこにこしながら話し出す。
「さぁちゃんが前にはばたきウォッチャーの表紙飾ってるって言ってたじゃない?その時にココにも載るかもよ?って言ってたから、楽しみにしてたんだ、わたし。そしたらホントに載ってるんだもん。びっくりしちゃった。」
そこには珪の写真と共に、瞳やヘアスタイルのことが詳しく書かれていた。ちょっとした有名人である。
「へぇ… あいつってクォーターだったんだ。」
「みたいだねぇ。道理で綺麗なグリーンの瞳(め)をしてるはずだよね。」
「さっすがモデル。専属ヘアメイクがいるんだ?」
「うん、おっかけみたいかなぁ?と思ったけど、そこの美容院、行ってみたんだ。すっごい混んでたよ〜。」
「へぇー… 店の方も嬉しい悲鳴ってヤツ?」
「かもしれないねぇ〜。」
何度も見たであろうに今も珪の写真を優しい笑顔で見つめている和奏に、今がチャンスかもしれないと、前々から気になっていたことを珊瑚は聞いてみた。
「わぁちゃんってさ、葉月のコト好きなの?」
すると、和奏はきょとんとした表情の後、にっこり笑って、
「うん、好きだよ。」
と答えたのだった。

よくよく聞いてみれば、和奏の珪に対する“好き”は友達としての“好き”なようで、未だ恋愛感情にまで至っていないようだった。あんまりあっさりと頷(うなず)いたので珊瑚はびっくりしたのだが、そうとわかると苦笑しか出てこなかった。
(そう言えばわぁちゃんって昔からそういうとこ、鈍かったっけ…。)
そのくせ他人のことになると妙に敏感になる和奏の、そこが不思議なところだ。待ち合わせ場所へ2人で向かいながら珊瑚は色々と思いを馳(は)せていた。
「そう言えばさ、さぁちゃんは好きな人出来た?」
唐突の話題転換に珊瑚がびっくりして和奏を見ると、和奏は下からじっと珊瑚を見上げていた。
「なんか最近、さぁちゃんすごくキレイになったよ?」
「………えぇー!? 別に変わんないよー???」
「そうかなぁ…?」
尚もじっと見つめる和奏に珊瑚も気になって自分に自問してみる。
(好きな人好きな人… 特に、いない、よね?)
「…いないと思うんだけど?」
「…そっかなぁ…。」
なんだか全然納得してない和奏だったが、奈津実達の姿が見えたのでその話はそこまでになった。和奏は自分で自分の気持ちに今しばらく蓋(ふた)をする、と決めているのもあって嘘を付く形にはなるが、珊瑚に対しての返答は少しごまかしてしまった。和奏が鈍いと思いこんでいる珊瑚だからこそ効くごまかしだ。
(……さぁちゃん、ごめんね。でも、今しばらくはそっとして置いて欲しいんだ。時が来たらちゃんと一番に話すからね。それにしても… さぁちゃんも相変わらずだなぁ…。)

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