「海藤 珊瑚です。よろしくお願いします。」
和奏に連れられてALUCARDのドアをくぐると、マスターの裕司が待っていた。裕司と珊瑚が打ち合わせをしている間に、和奏は着替えてしまうことにして、控え室に入っていった。
「君は火曜日と金曜日でも良いかな?」
「はい、大丈夫です。」
そこまで聞いたところで和奏が着替えて出てきた。裕司は控え室から真新しい制服を取り出してきて、
「うんうん。すぐに慣れるだろうから頑張って。はい、これ制服。後はきさちゃん、頼むね。」
「わかりました。いってらっしゃい。」
裕司は三店舗ほどマスターを掛け持ちしており、基本的にはすべてバイトに店を任せてしまっているらしい。それだけバイトを信用し、かつ責任感を持たせて仕事をさせているのだ。控え室に移動した後、珊瑚は少し緊張しながら和奏の説明を聞いていた。
「……こんな感じかな?他に何かわからないことある?」
「うん… 大丈夫だと思う。」
「じゃあ、ココで着替えてね。あ、中から鍵閉めるの忘れないように!」
そう言って和奏は一足先に控え室を出ていった。珊瑚は言われたとおりに鍵を閉めて急いで着替え終え、控え室を出ると和奏が手招きしていた。
「こちらが羽ヶ崎高校2年の小寺 佳代さん。」
「初めまして。これからよろしくね。」
「海藤 珊瑚です。よろしくお願いします。」
和奏に紹介されて佳代がにっこり笑みで挨拶をする。どうやら2人が慣れるまで火曜日はこの3人で仕事をするようだ。ふと気になって、珊瑚は佳代に尋ねてみた。
「…あの …もしかして、小寺 美代さんって…。」
「あぁ!私の妹よ。もしかして吹奏楽部なの?」
「はい!フルートを担当させてもらってます。美代さんにはいつもお世話になってるから。」
「そうだったのね。なんだか親しみが湧(わ)くわ。妹共々よろしくね。」
思わぬ共通項を見付けて一気に親密になった2人に和奏は笑みを見せて続きを話した。
「後1人、佳代さんと同じ羽ヶ崎高校1年の山中 拓くんって男の子がいるの。多分、金曜日が彼のシフトだったと思うから、頑張ってね。」
「はーい。」
「それから、2人がコーヒーを淹(い)れられるようになったら、火曜日は2人に任されることになると思うから、頑張って早く覚えてね。」
そう言って佳代が微笑む。この言葉には和奏も瞳を輝かせて、
「はい!」
と元気に返事をしていた。入口のドアベルが音を立てる。3人は我に返ると、
「「「いらっしゃいませ〜!」」」
と仕事を始めるのだった。
「デリバリー、行って来ま〜す!」
「いってらっしゃい。気を付けてね。」
午後3時きっかりに和奏がそう言って、銀のトレイにコーヒーポットやコーヒーカップをのせ、サンドイッチが入った籠(かご)を提げて出ていった。不思議に思った珊瑚は佳代に尋ねてみることにした。
「あの…… デリバリーって何ですか?」
「ああ、今のきさちゃんのやつ?」
「はい… 毎日あるものなんですか?」
「ううん。火曜日と木曜日だけよ。あれはシフトの都合も考慮に入れてきさちゃんの担当にされちゃったみたいよ。」
「あ、そうなんですか。」
「えぇ。だから、貴方は覚えなくていいと思うわ。」
おかしそうに笑いながら佳代がそう答える。ちょっとがっかりしながらも
「はぁ… そうなんですか。」
と返事をすると、佳代が改まって説明してくれた。
「デリバリーは隣りの撮影所に軽食を配達する仕事なの。最初は大星さん ─ 店長ね、が自身で行ってたんだけど、あの人も忙しい人でしょ?で、バイトの子に頼むことにしたらしいのよね。でも、色んな子が入れ替わり立ち替わり来ると、スタッフの人達も顔を覚えられなくて不審人物との見分けがつかなくて困るじゃない?だから、専属のお仕事になったの。きさちゃんはスタッフさん達の評判がいいらしいから、それもあってね。」
「なるほど…。」
和奏から配達の仕事があることは聞いていたがまさか専属とは思わなかったので、珊瑚はまた少しがっかりした。珪の仕事現場を見てみたかったのだ。佳代の説明が納得できるものだったので敢えて不満を言うつもりはないが、やはり機会があれば一度ぐらい行ってみたいなと思った。
翌日。珊瑚と和奏は連れ立って公園通りの雑貨屋シモンへ来ていた。珊瑚の手持ちの時計が壊れたので、新しく新調するためである。バイトも始めたのでそこそこ使っても大丈夫なはずだ。
「何か良いもの出てるかなぁー?」
「時計はなかなか気に入ったのが見つからないもんね。」
店内を見渡してみると、今あるのはバングルタイプのファッション時計だけのようだ。金と銀と二色あるらしい。
「うーん… 出来れば革ベルトの時計がよかったんだけどなー。」
どうやら時期的なもので、冬になれば革ベルトの時計が入荷するようだ。だけど、さすがにそこまで待てない。
「でも、これもさぁちゃんに似合うと思うよ?」
和奏が手にとって珊瑚の腕の上に乗せ、ちょっと離れて似合うかどうか見ながらそう言った。
「まぁ、ないと困るしねー… 金の方が好みかなぁ?銀はわぁちゃん、持ってるんだよね?」
「うん、そだねぇ。」
和奏が乗せていただけなのを、両方並べて着けてみた珊瑚がそう結論を下した。和奏も同意してくれたので、早速金のバングルタイプのファッション時計を購入した。
「ありがとうございましたー!」
「6リッチって結構お得だったかも♪」
あれだけ渋っていたにも関わらず上機嫌の珊瑚に和奏は苦笑する。早速はめて矯(た)めつ眇(すが)めつしながら歩き出した。
アクセサリー談義に花を咲かせながら児童公園に差し掛かったときだった。
「あーら、どーも。ご機嫌いかがかしら。」
と2人の前に吾郎が現れた。彼の神出鬼没ぶりは学園でも有名になっていたので、2人とも特に驚きもせずに挨拶する。
「こんにちは。花椿先生。」
「花椿さん、こんにちは。」
それとなく今月の吾郎のコラムを頭に浮かべて自分なりにチェックする2人。和奏は失敗したかな?と吾郎の言葉を待った。
「こんにちは。あらっ、アナタ……。」
と珊瑚を指さしてしげしげと眺めると、
「まあまあね。今後もおしゃれに気をつけてがんばんなさい。」
と感想を漏らした。珊瑚は幾分ほっとして、
「はい。ありがとうございます。」
と頭を下げた。
「じゃあね、アデュー!」
相変わらず忙しいらしく、そそくさと公園を後にする吾郎。今回は、和奏の方は特に目に止まるところはなかったらしい。
「こんなものかな。」
珊瑚の方は今月のカラーであるイエローの半袖パーカーを着ていたのだ。和奏の方は今月の流行物は今日に限って何も取り入れていなかった。ある程度予想は出来ていた結果だったので、気分を害した風もなく和奏が口を開いた。
「しかし、相変わらず神出鬼没ね、花椿先生。」
「ホント、デートじゃなくても服装に気を遣うもんね。」
「いつ、どこで会うかわからないからね〜。」
「出かける前には必ずネットで先生のコラムをチェックするクセが着いちゃったよ。」
「ホントホント。でも、やっぱり自分のセンスでどうしても譲れないときはあるけどね。」
とは言いながら、実は密かに学園では花椿チェックと呼ばれ、吾郎にこうやって声を掛けられた者は羨望の的になるのである。今までに和奏は二回、珊瑚も今回で二回目の花椿チェックでの好評価だったのだ。それに気付いた珊瑚がぽんっと手を打って嬉しそうに言った。
「これでわぁちゃんに並んだよ!」
「え?ウソ〜!?」
「だって、わぁちゃん、こないだ2回目だって言ってたじゃない?私も今日で2回目だもん。」
「あ、ホントだ〜!絶対負けないんだからね!」
そう言いながら2人は長い影ぼうしを道連れに家路を急ぐのであった。