体育祭当日 ─ 校門には紅白の門が据え付けられ、父兄も多数集まってかなりのにぎわいを見せていた。プログラムも順次進行していき、100m走が終わった時点でお昼となった。
「珊瑚、和奏!お昼一緒しよ!」
奈津実が弁当を持ってやってきた。後ろには珠美も付いてきている。
「あ、藤井ちゃん。タマちゃんも一緒?」
「あ、うん… みんなと一緒に食べた方が、美味(おい)しいかなと思って…。」
珠美のはにかんだ笑顔に笑顔を返すと、和奏はふと瑞希の方を振り向いた。
「須藤さんはどうするの?」
「ミズキはおばあ様がいらしてるらしいから、ご一緒できないわ。ミズキがいなくて寂しいでしょうけど。」
「はいはい、どうぞいってらっしゃ〜い。」
ヒラヒラとおざなりに手を振って奈津実が送り出す。本当は瑞希の方が行きたくないようなのだが、執事が現れて仕方なしに父兄の特別席の方へ連れられていった。
「ほら、ありりん!いつまでも落ち込んでないで、ご飯食べよ?」
いつまでも動く様子のない志穂にしびれを切らして、珊瑚が腕を引っ張る。
「私は… いい…。」
力無い様子で首を振る志穂に奈津実も近寄ってきて志穂の鞄から弁当を取り出して押しつける。
「ダーメ!はい、お弁当持って!」
「……おせっかい…。」
そう言いながら渋々と弁当を持ってみんなと一緒にいつもの木陰へと移動する志穂であった。
「お昼からは、珊瑚さんが出場する借り物競走と、如月さんと紺野さんが出場するパン食い競争よね。」
プログラムを見ながら気を取り直したらしい志穂がそう確認をする。3人ともその言葉に頷(うなず)くと、苦笑を浮かべた。
「緊張するなぁ…。」
改めてそう言われるとなんだか妙に緊張してくる。珊瑚がわざとらしく深呼吸をしていると、横で珠美が俯いていた。
「私、パン、取れるかなぁ…?」
「タマちゃんはなんだかんだ言って運動神経いいんだし、大丈夫だよ。」
励ますように軽く背中を叩いて珊瑚がにっこりそう告げる。珠美も俯いていた顔を上げて少し笑顔になった。
「さぁちゃんの借り物競走も楽しみだね。どんなものが借り物に出るのかなぁ?」
等々、競技の話に花を咲かせていると、100m走で見事1位を獲得していた奈津実が口を挟んだ。
「チッチッチッ…ここまできて楽しみと言えば、ラストのフォークダンスでしょ?」
ニィーッと笑って和奏を見る。
「お目当ての彼、いないの?」
「へ!? わたし???」
珊瑚が奈津実を睨(にら)んでいるがどこ吹く風と追及の手を緩めない。しかし、和奏の反応は思っていたよりも鈍いものだった。
「お目当てって特にないなぁ…そういう藤井さんこそ、お目当てがいるんじゃないの?」
しかも、鋭い意見が返ってきた。焦った表情の奈津実を見て、珊瑚がその言葉に乗った。
「あ、言えてる!フォークダンスが楽しみだなんて、お目当てがいる以外にあり得ないもんね。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!違うよー!」
「奈津実ちゃん… お目当ての彼、いるんだ…。」
珠美も乗ってきて慌てふためく奈津実にこれ幸いと囃(はや)し立てる珊瑚。その様子に志穂も口元を押さえて笑っている。こうして和奏への追求を逃れさせ、内心ではほっとしていた珊瑚だった。
(しかし… わぁちゃん、ホントに気付いてないんだ、自分の気持ち…。)
「次の競技は借り物競走です。参加する選手の方は入場門付近にお集まりください…。繰り返します。次の競技は……。」
案内のアナウンスが聞こえてきた。珊瑚はクラスカラーの黒の鉢巻きを締め直して気合いを入れる。
「珊瑚さん、頑張ってね。」
自分の出番が終わったことで緊張から解き放たれ、リラックスした表情の志穂が声を掛けてくれる。
「うん、ありがと、ありりん。じゃ、行って来る!」
珊瑚は愛想良く志穂に手を振ってクラス席から移動していく。あちこちから応援の声がかかるのに答えながらクラス席から出たところでまどかが待っていた。ちなみに彼は100m走で1位を獲得している。
「珊瑚ちゃん、ファイトやで!」
「あ、1位おめでとう!私も頑張ってくるね。」
「オレのタコヤキ、取りに来てや〜。」
「……紙に書いてあったらね。」
苦笑しながら手を振ってまどかと別れると入場門へ向かう。周りの様子を伺うとみんな少し緊張した面もちでお互いを探り合ってる風にも見える。珊瑚はもう一度鉢巻きを確認すると出場者が全員集まったところで、コースへと入っていき順番を待つことになった。
「次の組!スタートラインに並んでください!」
いよいよ珊瑚の番が来た。指示通りにスタートラインに並び、号令を待つ。
「位置について!…ヨーイ!」
ピストルの音と共に走り出したものの、借り物が書いてある用紙のところに着いたのは最後だった。思った以上に同じ組の選手は早いようだ。焦らないようにと自分に言い聞かせ、残った用紙を広げてみた。
「えーと、どれどれ……指示棒?」
悩んだのも一瞬のこと、珊瑚は迷わず教師控え席に向かって走り出し、すぐにお目当ての姿を見つけた。
「氷室先生っ!」
「ん?海藤、どうした?」
「借り物競走、です。これ…!」
と、用紙を見せた。零一は一つ頷(うなず)くと、
「これだな。」
と微笑すら見せて大切な指示棒を貸してくれた。
「氷室学級に1位以外の順位はない。いいな?」
「はいっ!少しの間、お借りします!」
言うが早いか珊瑚はあっと言う間にトラックを快走し、見事1位の座を獲得したのだった。
競技が終わって珊瑚達、借り物競走の選手は退場門から出ていき、代わりに和奏達パン食い競争の選手が入場門より入ってきた。珊瑚は和奏の順番が最後の方なのを確認すると、借りていた指示棒を手に教師控え席にやってきた。
「海藤。よくやった。君を出場させて正解だ。」
いつにない穏やかな微笑で出迎えてくれた零一に珊瑚も笑みを見せ、
「はいっ!指示棒、ありがとうございました。」
と頭を下げて指示棒を返した。零一は頷(うなず)いて受け取ると、次の競技の準備をすべく入場門へと歩いていった。
(やった!がんばったかいがあったな♪)
久しぶりに零一に褒められて珊瑚の気分も明るくなった。そして、急いで自分のクラス席へと戻っていく。と、
「珊瑚ちゃん。」
「あ、姫条。」
まどかが手をひらひらとさせてやってきた。
「1位おめでと!」
「ありがと。」
微笑んで返すとまどかが眉を寄せた。
「せやけど残念やったなぁ…珊瑚ちゃんのためにうまいタコヤキ用意しとったのに…。」
「あぁ、そうだねぇ。」
「よりにもよって、氷室センセの指示棒取りに行くやて…珊瑚ちゃん、つれないわ。」
「しょうがないでしょ?指示棒持ってる先生なんて、氷室先生しか思いつかなかったんだから。」
「ま、そらそうやけどな。ほなまた!」
「うん、ありがとうね。」
まどかと別れると珊瑚は志穂の横へ座り、和奏と珠美の出番を待つ。
「どう?」
「ええ。後三組位かしら?」
「そっか、間に合ってよかった。」
そして志穂と2人で競技へと視線を向けた。