親 睦

高校生活最初のビッグイベントが迫っていた。6月の第二週に行われる体育祭である。どのクラスも放課後の練習に余念がない。そんな中、珊瑚と和奏は早々に練習を抜け出し帰宅しようとしていた。
「付き合わせちゃってごめんねぇ〜。」
「ううん、いいよ。たいした練習があるわけでもないし、私も気になってたから。」
「でも、さぁちゃんは氷室先生のクラスでしょ?大丈夫?」
「平気平気。要は本番で1位を取れればそれでいいんだから。」
等と話しながら校門に差し掛かったときだった。
「あれ、なんだろう?向こうで人だかりができてるみたい。」
「ホントだ…誰か有名な人でも来てるのかな?」
顔を見合わせてその人だかりに近づいていくと、様々な声が聞こえてきた。
「ねえねえ、あの世界的ファッションデザイナー花椿 吾郎が学園にきてるんだって!」
「ええ!? アパレル界のご意見番、世紀のファッションリーダー、花椿 吾郎が何でここに?」
どうやら最近注目を浴びているファッションデザイナーがその輪の中心にいるらしい。2人とももっとよく見ようと近寄ってみたのだが。
「あ、花椿せんせい、こっちに来るよ!!」
「キャー!花椿せんせい!!」
周りの歓声と人だかりの間から赤い服と愛想良く振っている手だけがちらりと見えている。が、その熱気と歓声に珊瑚も和奏も呆気(あっけ)にとられてそれ以上近づけなかったので、そこから少し離れて様子を眺めることにした。

「なんだかすごいね…。」
校門の所までやってきた2人はその様子を遠目に見ながら言葉を交わしていた。
「花椿 吾郎、か。そう言えば最近、はばたき市にお店を2つもオープンさせたとかって聞いたなぁ。」
珊瑚のその言葉に和奏は視線を珊瑚に向けた。
「そうなんだ?どこのお店?」
珊瑚も人だかりから和奏の方に視線を戻すと、ちょっと考える仕草で視線を上に上げて宙を見つめた。
「えっとねぇ……。」
「……?」
ふと影が差したので視線を上げると、目の前に奇抜な衣装を着た男性だか女性だかわからない容姿をした人物が立っていた。
「ちょっと、アナタたち。」
「はい!?」
「わ、わたしたち……ですか?」
「ええ、そう、ア・ナ・タ・た・ち。ちょっと、目を閉じて、ン・もらえるかしら。」
怪しげな言葉でそう言われても怖くて目を閉じることなんて出来ない… 洋服の色からして先ほど人だかりの中心にいた人物、花椿 吾郎に間違いはないのだろうが…。それにしても先ほどまでかなり離れた場所で大勢の人に囲まれていたはずなのに。
「な、なんですか、いきなり?」
珊瑚がそう尋ねてみたが、
「目を閉じてって、言ったでしょう!!」
有無を言わせぬ迫力でもう一度そう言われてしまえば大人しく目を閉じるしかない。珊瑚も和奏も怖々と目を閉じた。
「……ふーん、そう。へえ……ほう、それは、はあ。……うん、もういいワ。」
かなり長い時間目を閉じていたようだが、実際にはそれほど経ってもいなかったらしい。何だったんだろう?とお互いに顔を見合わせていると、
「……アナタたち、アタシのホームページを見て、“おしゃれ道”を究めてみない?」
と満面の笑顔で言われてしまった。
「あ、あの……。」
「“おしゃれ道”?」
「フフ。アナタたちとは、また会いそうな気がするワ。」
うんうんと満足げに2人を見比べた後、はたと時計に目をやり吾郎は慌てだした。
「……アラいけない、TV取材の時間だワ。じゃあね、アデュー!」
そう言って軽やかに手を振ると、近くに停めてあった車に乗り込み颯爽(さっそう)と走り去っていった。
「あの人はいったい……」
「……多分、あれが花椿 吾郎なんだろうけど……。」
周りの生徒達から羨望の眼差しが注がれているが、それにも気づけないほど2人は呆然としていた。ほぅっと一つため息をついて我に返った時、和奏は胸ポケットのカードに気付いた。
「あれっ?胸のポケットにカードが……。」
「あ、ホントだ。どれどれ……。」
珊瑚の方にも同じカードが入っていたようだ。引っ張り出して見てみるとどうやら名刺のようだった。─世界的ファッションデザイナー 花椿 吾郎─ そして、ホームページのアドレスが添えてある。
「あ、アドレスが書いてある……。今度見てみよう!」
「そうだね。本物だったらこれ以上ない流行の最先端がわかるはずだしね。」
とりあえずはその名刺を財布の中に入れて当初の予定を果たすべく、学園を後にする2人だった。

ライン

体育祭を週末に控えて俄然(がぜん)盛り上がりを見せてくる学園内。クラスに団結力が生まれるイベントのため生徒の自主性に任せられるクラスも多い中、零一のクラスでは生徒よりもむしろ担任である零一の方が張り切っているようにも見える。
「……言っておくが、氷室学級に敗北はありえない。必ず学年優勝を果たすこと。それが君たちに課せられた使命だ。」
そう言って、個々の意見は全くの無視ですべての割り振りを零一が決めてしまっていた。珊瑚は借り物競走、志穂とまどかは100m走である。
「……氷室先生に逆らうつもりはないけど、納得いかないわ。」
ホームルームの後、げんなりとした様子で志穂が呟いた。彼女は体育が唯一苦手なのだ。それなのに、よりによって一番シンプルな競技に選ばれてしまったのである。まだ珊瑚の借り物競走の方がビリにならない可能性は高いのに。
「まぁまぁ、大丈夫だよ。100mなんてあっと言う間!」
「……気楽なこと言ってくれるわね……。」
いつも冷静沈着な志穂もこのときばかりは憂鬱(ゆううつ)な表情を隠そうともしない。珊瑚がなんとかなだめていると和奏と珠美がやってきた。
「さぁちゃん、帰ろ。」
「途中まで一緒に……いい?」
「あ、うん!ほらありりん、帰ろう?」
「……そうね。」
こうして4人仲良く下校することになった。

「はぁ……もうすぐ、体育祭だね……。」
ため息と共に吐き出された運動大好きな珠美にしてはあまり嬉しくなさそうな言葉に珊瑚は首を傾(かし)げた。
「???体育祭、嫌いなの?」
「あ、ううん……。わたし、張りきりすぎちゃいそうで……。」
珠美は少し顔を赤くして俯く。
「なにか失敗しなければいいんだけど……。」
珠美らしい心配に思わず笑ってしまう。珊瑚も和奏も笑顔を見せて、
「大丈夫だよ。がんばろ!」
「うんうん。紺野さん、運動好きだもんね。」
と励ましていると、反対隣りからまたため息が聞こえた。
「……ハァ……みんな気楽でいいわね。」
言わずと知れた志穂である。
「まぁまぁ、ほら、単なるイベントなんだから、そんなに深く考えることないよ。」
「うんうん。氷室先生の推薦ならそんなに心配いらないと思うよ?」
珊瑚と和奏が代わる代わる慰めるが志穂はまだ納得いかないという表情を崩さなかった。
「今考えても仕方のないことよね…それじゃ私、こっちだから。」
「うん。有沢さん、またね!」
「あんまり考えすぎない方が良いよ?またね。」
「またね。有沢さん。」
軽く手を振ると志穂は、いつもよりも幾分重めの足取りで歩いていく。その様子を見送った3人は顔を合わせてため息をついた。
「……有沢さん、体育嫌いなのかなぁ?」
珠美が残念そうに呟く。珊瑚が苦笑して答えた。
「ありりん、体育苦手みたいだからねー。」
「何でも出来そうに見えるのに…。」
珠美の中では勉強だけでなく何もかも出来る人、という印象が強いらしい。珊瑚は苦笑いを崩せずに困ってしまった。
「あ、そうだ!」
和奏が思いだしたように鞄の中を探る。何事かと疑問符を浮かべる珠美に珊瑚も思い出した。
「ハイこれ。お誕生日おめでとう。」
「え?」
「わぁちゃんと私からだよ、受け取って。」
珊瑚もやっと心からの笑みをみせて言葉を添えると珠美は嬉しそうに受け取ってくれた。
「ありがとう…。覚えててくれたんだ。」
「もっちろん♪」
「気に入ってもらえるかどうかわかんないけど…。」
「ううん。本当にありがとう。大事にするね。」
先日、2人で買い物に出かけたのは珠美の誕生日プレゼントを探すためだったのだ。嬉しそうにプレゼントを抱きしめる珠美を見て、2人はよかったと胸を撫で下ろしたのだった。

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