和奏と珠美は前後の順番で出番を待っていた。違うクラスなので敵同士だが、出来れば一緒にならないようにと願っていたので、お互いにほっとした表情で気楽に待っていた。
「タイミング、難しそうだね…。」
「落ち着いてやれば大丈夫だよ。」
他の組が走っているのを眺めながら2人でひそひそと言葉を交わす。と、
「あ、あのコ、パン落とした…。」
「ビリになってもパンだけは落とさないようにしようね。」
等々話している内に和奏の番になった。
「じゃ、お先!」
「うん、和奏ちゃん。頑張ってね。」
そしてスタートラインに並ぶ。ラッキーなことに一番内側だ。和奏はピストルの音と共に走り出し、パンの手前で勢いを殺した。他の選手のことはこの際、見ないようにする。
(なるべくパンを揺らさないように…。)
息を整えてジャンプ!見事一回でパンをくわえて他の選手が四苦八苦している中、独走して楽々1位を獲得した。
珠美は残念ながら2位でパン食い競争が終わった。それぞれにクラス席へと別れたところで、和奏はこちらを見ている珪と目が合った。
「葉月くん!見て見て、1位!」
戦利品のパンを片手にVサインを見せると珪も笑みを浮かべて、
「……見てた。おまえ、すごかったぞ……。」
と一応、褒めてくれた、ようだ。
(あ、そうだ。競争で取れたあんパン、半分あげてみようかな?)
「ね、葉月くん。」
「……ん?」
ふと思いついた和奏はパンを半分に割って珪に差し出した。
「これ、お裾分け。」
すると、珪は少し困ったように、
「ああ、俺…… クリームパンのほうが好きだけどな。」
と言いながらも受け取ってくれた。パンを囓(かじ)りながら歩いていく珪を見送って和奏はほっと息を付いた。
(……ま、まあ一応喜んでくれてるよね?)
ちょっと苦笑しながらいつものことと割り切って、残りのパンに齧(かじ)り付く和奏だった。
一番の盛り上がりを見せるクライマックスのクラス対抗リレーが終わると一気にみんなの緊張感が抜けた。ちなみに、リレーでは零一の完璧な計算が奏して、珊瑚達A組が1位を獲得していた。これで総合優勝もA組がしっかり手に入れたのだ。続けてE組、B組、D組、F組、C組の順位となった。零一はいくつか不本意な結果に終わった競技もあったものの、総合優勝を手に入れたことで一応満足しているようだった。
運動後の生理体操が終わるといよいよラストのフォークダンスだ。体育祭実行委員以外の生徒達はそれぞれに相手を探して目を光らせている。先ほどまでとはまた違った高揚感に包まれていた。
「いよいよ須藤さんの華麗なダンスが見れるんだね。」
和奏が愛想良く瑞希に話しかける。瑞希もまんざらでもない様子で和奏に笑みを見せていた。ちなみに、瑞希は今回、クラス対抗リレーのスターターとして出場していた。
「リレーでは他のメンバーに足を引っ張られてダメだったけど、フォークダンスはミズキの独壇場ですからね。」
「はいはい…楽しみにしてますよ…っと。」
奈津実がそう返したところで、バンドの演奏が鳴り始めた。さくらを兼ねた人の輪が出来上がりつつある。
「あ、そろそろ始まるみたい!」
「行こう行こう!」
尻込みする志穂や珠美の手を引っ張って6人はそれぞれに輪の中に入っていく。和奏の初めの相手は珪だった。
「ん……?おまえか。」
「は、葉月くん!?」
内心、珪はこの輪の中にはいないだろうと思ってただけに驚いてしまった和奏だが、珪は気にした風もなく和奏の手を取った。
「……こういうのは、最後まで参加するもんだって。姫条が。」
「あ、姫条くんに引っ張られたのね。」
「……そんなとこ。」
珪が輪の中に入ることで俄然(がぜん)女子の参加人数が増えてくる。その辺も計算した上でのまどかの作戦なのだろう。そして、珊瑚の方も和奏以上に驚いていた。
(え…… 氷室先生!?)
「……どうした?」
憮然とした表情の零一に珊瑚は思わず素直に呟いていた。
「いえ、なんだか不思議な光景かなぁ、なんて……。」
「欠席した生徒の代わりだ。早く手を貸しなさい。」
いつもとは違ったどこか照れた風にも聞こえるぶっきらぼうな言い様に珊瑚は小さく笑うと、
「よろしくお願いします。」
と言って手を差し出した。
「よろしい。」
さすがの零一も照れの方が勝っているらしく動きが幾分ぎこちない。珊瑚は小さな声で聞いてみた。
「氷室先生以外にも参加されてる先生っていらっしゃるんですか?」
「そうだ。こういうものは男女の比率が合っていてこそ成立するものだ。しかも女子の方が圧倒的に多いとあっては出ざるを得ない。」
「そうでしたか…。」
なんだか不器用な言い訳のような気もしたが、確かに他の先生達も参加しているようなので、あえてそれ以上は突っ込んで聞くことはしなかった。そして交代の間際に珊瑚が零一に言った。
「私、氷室先生と一番に踊れて光栄でした。」
「な…!君は何を!」
辺りは暗くなっていて表情がよく見えない。が、
(少し赤くなっている…?)
「だって、先生のおかげで完璧にマスターしましたもの。フォークダンス。」
と一応フォローを入れてみたのだが、
「……。そ、そうか。」
そう言ってくるりとターンをして相手が変わってしまった。
(もう少し、氷室先生と話してみたかったな…なんだか今日の先生、いつもと違ったし。)
と思いながら、珊瑚は愛想良く次の相手と踊り始めた。
「和奏ちゃん。」
「あ、姫条くん。」
「たまにはこんな踊りもええな。ほんなら、いくで。」
最後の方で和奏はまどかと組になった。もう何人と踊ったのか数え切れない。
「どや?和奏ちゃんはお目当ての彼とは踊れたか?」
「お目当てだなんて…わたし、今はいないよ?」
くすくすと笑いながらそう返すと、まどかは不服そうに口をとがらせた。
「そう言うときはな、『今踊ってますよ』とかなんとか言うもんやで。」
「アハハ、姫条くんったらじょうだんばっかり!」
「いや…ジョーダンでもないんやけど…ま、ええか。」
苦笑しながら和奏にターンをさせるまどか。と、
「おっ?次は葉月やで。頑張りや。」
とぽんと肩を叩くとまどかは一つ前に行った。
「……またお前か。」
「うん。再びよろしく。」
にっこり笑って手を差し出すと珪も微かな笑みを見せて手を取った。そして、それが今日の最後の相手となった。
「……終わっちゃったね。」
「ああ。……それじゃ、俺、これで。」
「うん。またね。」
「……じゃあ。」
繋いでいた手を離して更衣室へと消えていく珪を見送ると、和奏もみんなと合流するべく歩き出した。
どうやら、他の4人はそれぞれにお目当ての彼と無事踊れたようで、瑞希などは興奮覚めやらぬ調子で色の素晴らしさを語っていた。しかし、最初と最後が同じ人物だったのは和奏と珊瑚だけだった。途中から参加していた生徒や先生達がいてたのにも関わらず、だ。すごい偶然もあるものだねぇと2人で話しながら帰路に就いた。
こうして高校生活最初のイベントは無事幕を下ろしたのだった。