5月4日の公園入り口前。珊瑚も和奏も昨日買った洋服を着て来ていた。和奏はやっぱり肩口が気になるらしくしきりと手でさすっている。
「…わぁちゃん、気持ちはわかるけど、そういう服は堂々と着てないと逆にカッコ悪いよ?」
「え?あ、うん… そうだね…。」
珊瑚にそう言われて、そーっと手を降ろして背筋を伸ばしてみる。でも不安な気持ちは隠せないのか、和奏はぎゅっと鞄の取っ手を握りしめていた。
「それにしても遅いなー。女の子を待たせるなんて何考えてるんだろ?」
腕組みをして道路を睨(にら)み付けてる珊瑚の視界に見慣れた人影が走ってきた。
「スマン、寝坊してもうた!ひとり暮らしのツライところや。待ったか?」
「こんにちは、姫条くん。」
「姫条、遅すぎ…。」
片手を目の前に出して頭を下げるまどかを睨(にら)む珊瑚。和奏が慌てて止めに入る。
「さ、さぁちゃん… 時間は遅れてないんだから…。」
「和奏ちゃんは優しいな〜♪」
「姫条…。」
「いや、ほんまごめんて。許して〜な… せっかくのカワイイ服が台無しやで?」
「それぐらいにしときなよ…。」
「しょうがないなぁ… わぁちゃんに免じて許してあげる。」
「ありがと〜♪さすが珊瑚ちゃんやわ♪」
途端に破顔するまどか。そして、2人のやりとりをくすくす見ながら笑っている和奏と仕方がないなという風に首を振る珊瑚。と、まどかは表情を改めると、少し離れてそんな2人を上から下まで眺めた。
「2人とも、今日はひときわカワイイやん。…なんや、照れるわ。」
「わざわざ新しい服おろしたんだからね。」
「あは… 変じゃないかなぁ?」
「そうかそうか。オレのためにわざわざオシャレしてきてくれたんやな〜。感動やわっ。ぜんっぜん変やないで。よう似合(にお)てる。」
「よかったぁ。」
嬉しそうに笑う和奏にまどかも優しい笑みを見せる。さすがその辺は女性の扱いが慣れてるなーと珊瑚は変な感心をした。おかげで和奏の緊張も幾分解けたようだ。
「ま、ほんならここらでブラブラしてみよか?」
「そうだね。わたし、まだゆっくり歩いたことないんだ。」
「季節によって様々な表情を見せる素敵な公園だよ。」
そうして、3人連れ立って遊歩道を歩き出した。
公園の中程まで歩いていくと、少し開けた場所に出た。どうやら広場になっているらしく、色んな人が思い思いに過ごしている。
「けっこう人がいるね。小さい子とかも…。」
和奏が広場に集まっている子供達を見つけたのと、その子供達がまどかを見つけたのはほぼ同時だった。
「あ、カンサイの兄ちゃんだ!」
「兄ちゃん。今日も一緒に遊ぼうぜ!」
口々にそう言いながらまどかの回りに集まってくる子供達。和奏と珊瑚はその勢いに押されて少し離れた。
「なんや、おまえらか。アカンアカン、今日はアカンで。」
「…知り合いなの?」
珊瑚がまどかに尋ねると苦笑しながら答えた。
「ああ、近所のチビどもや。変になつかれてしもうて、もううっとうしい、うっとうしい。」
「兄ちゃんはいつもサッカーとか教えてくれたり安いお菓子をおごってくれたり…。」
「安いはヨケイじゃ。」
「あ、怖い高校生を追い払ってくれたこともあるよ。」
「あれはこっちの関西弁にビビって勝手に逃げてっただけやろ。さぁ、オレはデートの最中やねん。子供はあっちで遊んどけ。」
照れくさいのか子供達を邪険に扱うまどかだが、子供達はお構いなしにまどかの手を引っ張っている。ふと、その中の1人が珊瑚と和奏を見て首を傾(かし)げた。
「その姉ちゃん達、兄ちゃんのカノジョ?」
「ん?ん… ひょっとしたらそうなる予定、かもしれんな。ほら、せやからあっち行け。」
「ちぇーっ、つまんねーの。」
「また埋め合わせしたるから。」
「絶対だよ!」
「おぅ!男と男の約束や。」
まどかがそう言って子供達の頭を1人1人撫でるとそれで納得したのか、元いた場所へと駆けていく。まどかは照れくさそうに頭をかきながら戻ってきた。
「…スマン、よけいな時間食うたな。」
「ううん。姫条くんって子供にも人気があるんだね。」
和奏が素直にそう言って微笑みかける。珊瑚も意外な一面を見たような気がして、頷(うなず)いている。
「ハハ…。自分がまだガキやからな。ほんなら行こか。」
さらに照れくさくなったのか、まどかはそっぽを向きながら先に立って歩き出した。
「あ、そういえば姫条君。」
ゆっくりと園内を散歩していたものの少し歩き疲れたので、芝生の上に腰を下ろして休憩を取ることになった。ジャンケンで負けた珊瑚が近くの売店にジュースを買いに行っている。
「なんや?こんなところで愛の告白ですか?」
わざわざ珊瑚がいない時に和奏がそう切り出したので、ちょっとおどけてまどかはそう返した。
「あはは、何言ってるの。そうじゃなくて、バイトどうだった?」
「なんや、その話かい。……もう、面接バッチリやったで!」
和奏がまどかと初めて会った時、彼がバイトの面接だと言って慌てて帰っていったことを思い出したのだ。それでなんとなく聞いてみたらしい。珊瑚から聞いていないのかと思いながらも顔には出さず、愛想良くまどかは答えた。
「よかったね。それじゃあ、採用されたんだね。」
「おう、水曜と金曜がバイトのローテーションや。」
「おめでとう。たしかスタリオン石油だったよね?」
「そうや。自分、よう知ってんな。」
知ってるも何もこの辺でガソリンスタンドと言えば、大体スタリオン石油だろうことは察しが付くものだ。とぼけてみせるまどかに和奏は笑いながら続けた。
「あそこの制服、カッコいいなって思ってたんだ。」
帰りがけにちらりと見た感じでは、スタンドの制服とは言え割といい感じのものだった。目線を上に上げてちょっと考える風にそう言った和奏に、まどかが我が意を得たり、とばかりに膝を打った。
「せやろ!ま、この姫条 まどかが着たら、さらに男前アップっちゅーもんや。」
(うわ〜、姫条君ってすっごい自信過剰なのかも。)
─さすがにちょっと言い過ぎでは…?─ と思ったのが顔に出たのか、まどかがちょっとむっとした表情になった。
「あ、今自分、心の中で変なこと考えたやろ。」
「え!そ、そんな事ないよ。」
そう言えば以前に珊瑚から、まどかは鋭いところがあると聞いていたのだった。ちょっと悪かったかなと微妙な表情になった和奏だが、どうやら今回は違ったようだ。
「まあ、その気持ちもわからんではないけどな。」
「…?その気持ちって、いったいなんのコトなの?」
なんだか自分が考えてることとまるっきり違うことを思っているらしいまどかに、和奏が尋ねてみると、
「いや〜、次のデートの時に、あの制服着て来てほしいんやろ!」
と本当に全然違う事を言い出した。
(関西の人って、みんなこのノリなのかな?)
あまりにも的外れなことをまどかが言い出すものだから、和奏は思わず笑い転げていた。遠くからジュースを3本持った珊瑚が戻ってくるのが見えてきた。
「と、まー冗談はこの辺にしておいて、珊瑚ちゃん大変そうやから迎えに行ってくるわ。和奏ちゃんはそこで待っててええで。」
そう言ってまどかが小走りに珊瑚の元へ行く。─姫条君って優しいんだなぁ…─ と笑い納めた和奏はその様子を眺めていた。
大分陽も傾いてきたこともあり公園入口へと戻ってきた3人は、帰る方向が違うので少し立ち話をしていた。
「姫条くん、今日はありがとう。とっても楽しかった。」
「今日はごっつええ日やったわ。また、気が向いたら誘ってぇや。」
「気が向いたら、ね。」
珊瑚がまどかの揚げ足をとる。
「和奏ちゃん、今度は2人っきりでデートしよな。」
とこっそり耳打ちするまどかをきっと睨(にら)むと、
「聞こえてるよっ。」
とすかさず珊瑚が口を挟む。和奏は笑いながら頷(うなず)いていた。
「また3人で遊ぼうね。」
「3人… やっぱ2人っきりはあかんのかいな…。」
「気が向いたら… ね。」
ふふふっと笑いながら和奏が付け足す。その言葉に俄然(がぜん)元気になったまどかは嬉しそうに和奏の手を握った。
「うん!うん!気が向いたら、でええから。絶対2人っきりでデートしよな!」
「うん。」
「姫条、いつまで手、握ってんの?」
「あぁ、スマンスマン… つい…。」
「まったく油断も隙もないんだから… それじゃ、私たちは帰るね。」
珊瑚のその言葉に、まどかは少し心配そうな表情になり言葉を付け足す。
「ホンマに送らんで大丈夫か?」
「そんなに暗いわけでもないし、2人いるんだから大丈夫だよ。」
「そうか?ほなまたな〜。」
「姫条くん、またね。」
手を振りながら見送るまどかに、2人とも手を振り返して公園を後にする。角を曲がるところで振り返ると、まだまどかは2人を見送っていた。
「姫条くん、帰らないのかな?」
「ん?あぁ、あれは姫条なりの気遣い、だよ。絶対に先に姿を消したりしないで最後までちゃんと見送るの。」
「律儀なんだねぇ…。」
「女の子にだけね。」
くすくすと笑いながら珊瑚が付け足す。和奏は不思議そうに珊瑚を見るとぽつりと呟いた。
「あのね、さぁちゃんって姫条くんのコト好きなの?」
「え゛!?」
「……違ってたらごめん…。なんかそんな風に見えたから…。」
「ぜんっぜん!違うよー。わぁちゃん、何急に言い出すのさ。」
「違うんだ、なぁんだ。」
ごめんねぇと言いながら苦笑する和奏。そんな和奏に珊瑚は意味深な笑みを向けた。
「そういうわぁちゃんこそ、どうなのよ?」
「え?何が?」
「とぼけたってム・ダ!葉月とはその後、どうなのよ。」
「あぁ… ぅん…。」
途端に表情が曇る和奏であった。