青 空

ゴールデンウィーク初日の今日、約束通り珊瑚と和奏はショッピングに来ていた。珊瑚も和奏も基本的な服の好みは一緒で、色違いのお揃いものはたくさん持っている。自然と選ぶ物が同じになってしまうのだ。本来なら2人の好みである Pure 系の品揃えが多い公園通りの『ブティック・ソフィア』に行くところだが、今日はいつもとちょっと雰囲気を変えてみたいという和奏の希望もあって、はばたき商店街にある『ブティック・シエラ』にやってきていた。出かける前に、念のため尽にまどかの情報を聞くと Sexy 系が好みなんじゃないかとのこと。わざわざまどか好みの服装にする義理はないのだが、和奏がせっかくだからと言うのでそんなに奇抜でない Sexy 系のものを購入することにしたのだ。
「シエラで買うなら Sexy 系って言ってもそんなにいやらしくならないでしょ。元々 Sporty 系のお店だし。」
「そうなんだ?安くて可愛いのがあるといいなぁ♪」
久しぶりのショッピングに楽しそうな和奏を見ていると、こちらまで嬉しくなってしまう。珊瑚は和奏につられて自分も新しい服を、それもまどかの好みに合わせた服を買うことになるだろうなぁという予感がした。

「いらっしゃいませ!」
明るい店員の声に迎えられて店内に入る。ざっと見たところやはり Sporty 系のものが目立ち Sexy 系のものはなさそうである。
「あ、これ可愛い♪」
と、和奏が見つけたのは黒のサブリナパンツ。ただし…
「わぁちゃん、それ、Pure 系…。」
「あ、ホントだ…。」
ぺろっと舌を出してまた違う棚を見に行く和奏。自分たちで探してても見つからないと判断した珊瑚は店員に聞いてみることにした。
「すいませーん、あの、こちらのお店で Sexy 系のものってありますか?」
「Sexy 系ですか?そうですね… あまりないんですけど…。」
と言いながら探し出してくれたのは、グレーの半袖のTシャツと赤い膝丈スカート、紺色のデニムのワンピースの3点だった。
「今はこのぐらいですねぇ…。デニムのワンピースは Sexy 系というわけではなくて近い感じのものになりますが。」
「そうですか…。」
店員の様子に和奏も珊瑚の側に戻ってきて、出してくれた洋服を興味津々で一緒に覗(のぞ)いている。
「良かったら着てみられます?」
「わぁちゃん、どうする?」
「うぅ〜ん… とりあえず、試着させてください。こっちのデニムのワンピースの方。」
「じゃぁ、私は半袖のTシャツと膝丈スカートを試着するわ。」
「かしこまりました。こちらへどうぞ。」
和奏は赤があまり好きではない。顔写りがあまりよくないのも相まって、赤を身につけると良くないことが起こる確率が高いらしい。要するに和奏にとってはあまり縁起のいい色ではないのだそうだ。だからきっとデニムのワンピースを選ぶだろうとは思っていた。対して自分は赤が好きだし… と言ってもここまで赤いのはあまり着ないのだが。
「ま、ボトムのポイント使用だし大丈夫でしょ。」
手早く着替えて試着室を出ると店員が駆け寄ってきた。
「お似合いですよ〜。いかがですか?」
確かにそんなに変ではない。くるりと一周してみて結構満足した珊瑚は上下とも購入することに決めた。と、ようやく和奏が試着室から顔を出した。
「さぁちゃん…。」
「どうしたの?」
「これ、変じゃない…?」
と言って恐る恐る出てきた和奏はどうやら肩が全くないのが気になるらしい。しきりに首元や肩先をさすっている。こちらも店員がすかさず褒めに入る。
「そんなことないですよー。よくお似合いです。」
「でも、あの、首元が寂しくないですか…?」
「チョーカーやペンダントなどを着けられたらそうでもないですよ?」
和奏が思っているほど変でもなく、割と着やせするタイプの和奏は身体の線が出るのがどうも気になっているだけのようだ。珊瑚が見ても全然悪くない… どころか似合っている。
「わぁちゃん、こんな服、普段あまり着ないから変に思うだけだよー。似合ってるよ。」
「ほ、本当?」
「ん。後で向かいのジュエリーショップで安めのペンダント探そうよ。」
「ん… 大丈夫かな?姫条くん、変に思わないかなぁ?」
「大丈夫大丈夫!喜びこそすれ、変になんて思わないよー。」
和奏はもう一度鏡の中の自分を見てそれから一つ頷(うなず)くと、
「じゃぁ、これください。」
「私も、この上下お願いします。」
「ありがとうございます。デニムのワンピースのお客様は12リッチ、半袖Tシャツと膝丈スカートのお客様は19リッチになります。」
と購入に踏み切った。

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その後、向かいにある『ジュエリー・ヴァンサン』で和奏が銀クロスモチーフのネックレスとこれまたまどか好みらしい白いハートのピアスを購入した後、2人とも財布の中身を見てため息をついた。
「お洋服買うとお小遣い全然足りないね〜。」
「やっぱバイトするしかないかな…。なんかいいバイト情報入ってた?」
「うぅん、まだ… さぁちゃんは?」
「やっぱ入ってないかー…。遅くとも夏休みには始めたいよねぇ…。」
などと話していると、後ろから声がかけられた。
「珊瑚!」
振り返ると中学の時に同じクラスだった藤井 奈津実と紺野 珠美が手を振っている。
「あれ?藤井ちゃんにタマちゃん、どこ行くの?」
「うん、奈津実ちゃんがね、おいしいスパゲッティー屋さん見つけたって言うから……。」
「このコが連れてけってうるさいからさぁ。ね、アンタ達も一緒に行かない?」
奈津実は珊瑚と和奏を交互に見ながら誘いをかける。初対面でいきなり声をかけられてびっくりしている和奏に珊瑚が笑って紹介する。
「こっちが藤井 奈津実ちゃんで、こっちが紺野 珠美ちゃん。2人とも中学の時同じクラスだったんだよ。 で、この子が前に話してた幼なじみの如月 和奏、だよ。」
「あ、カワイイ名前。よろしくネ!」
「よろしくね、和奏ちゃん。」
「こちらこそ、よろしくね。藤井さんに紺野さん。」
紹介されるのを待っていた奈津実がすぐさま反応して声を上げる。続けて珠美もおっとりと挨拶をし、和奏も笑顔を見せて挨拶を返した。
「で、どうする、わぁちゃん?」
自分はともかく、家族団欒(かぞくだんらん)の時間を大切にしている如月家の事情を知っているので、珊瑚は和奏に意向を聞いてみた。
「ううん、せっかくだけど今日はやめとく。夕食、家で食べるって言っちゃったし。ごめんね。」
「じゃ、私もパス。」
申し訳なさそうに断る和奏とそれを受けて即決する珊瑚。すると途端に奈津実が口をとがらせた。
「えー、付き合い悪いなぁ。せっかく道連れできたと思ったのに。」
「道連れ?」
(いぶか)しんで珊瑚が奈津実を見ると、奈津実は珠美を指して平然と言い放った。
「このコ、メニュー決めるのすっごい遅いじゃん。食べるのはもっと遅いし。」
「ゴメンね…… 急いで食べるようにする……。」
たちまちシュンとなって眉を寄せ俯き加減に謝る珠美。奈津実はすぐさま珠美の肩を叩いてフォローを入れる。
「ジョーダンだってば…… ほら行こ、珠美。じゃね!珊瑚、和奏。」
「バイバイ。」
「うん、バイバイ!」
「ごめんね、また誘ってね。」
「うん、また時間のある時に、ゆっくりお話ししようね。」
珠美にほわわんと微笑まれて和奏も微笑み返す。と、
「置いてくよ!?」
「あ、待って、奈津実ちゃん!?」
先に歩いていた奈津実が振り返ってこちらに手を振りながら珠美を急(せ)かせた。慌てて付いていく珠美。
「なんか姉妹(きょうだい)みたいだね…… あの2人。」
「ま、昔からあぁみたいだし。今は藤井ちゃんがE組でタマちゃんは確かC組だったかな?」
「そうなんだ…。今度またゆっくりお話ししたいなぁ…。」
「いくらでも時間はあるよ。それよりほら、早く帰ろ。」
「あ、うん。随分遅くなっちゃったね。」
「今日の夕飯は何かなー♪」

結局、珊瑚の方がまどか好みの洋服を買ったことに気付いたのは、家に帰ってからのことだった。明日着ていく洋服とアクセサリーを並べているうちに気付いたのだ。
「…ま、いっか。和奏も姫条好みのアクセ買ってたし。」
なんだか釈然としないものはあったが、今日の所はよしとすることにした。

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