恋 力 -3-

珊瑚と同じように朝早く起き、珊瑚とは違って躊躇(ちゅうちょ)することなく手作りチョコレートを仕上げた後、和奏は後30分眠れるとふんでベッドに潜り込んでいた。そうして束の間の微睡(まどろ)みを堪能していると、尽の声が響いてドアが開いた。
「ねえちゃん、起きてるか?」
すっかり身支度を調え、ランドセルも背負った尽がベッドの側までやってくる。和奏は一つあくびをすると顔を顰(しか)めて尽を見た。
「せっかく気持ちよく寝てたのに……。」
「気持ちよく……ね。」
尽がやれやれといった表情になると、背中を向けてドアノブに手を掛けた。
「ま、遅刻してもいいんなら、べつにいいけど。」
「え!?もうそんな時間!?」
「ほんじゃ、オレは先に学校行くから。いってきま〜す。」
(早く支度して学校に行かなきゃ!)
ドアが閉まったのを確かめると、ベッドから飛び起きた和奏はあたふたと身支度を調えて部屋を飛び出した。

校内では朝からお目当ての男の子を呼び出してはチョコレートを渡す女の子の姿があちこちに展開されていた。和奏と珊瑚も友達チョコの分は2人で一緒に回って手渡していた。順番に、ということでまずはA組のまどかを訪ねているところだ。
「姫条くん!」
「おぅ、珊瑚ちゃんに和奏ちゃん♪待ってたで!」
「はい、バレンタインのチョコレート。」
「おおきにおおきに。」
さっそくうきうきとラッピングをほどくまどかの手が止まって真顔になった。
「なんや、えらい立派なチョコやなぁ。」
そうしてにぃーっと笑顔になると、頭をかきながらのこのセリフ。
「さては、やっとオレの魅力に気づいたんやな?あーあ、オレって罪な男やわ。」
「……姫条って相変わらず。」
珊瑚の呟(つぶや)きには聞こえなかったフリで、
「……けど、冗談やなくて、ホンマにうれしいで。おおきにな。」
そう言うとまどかは別の女の子に呼ばれていそいそとそちらへと向かっていった。
「相変わらずモテモテだね、姫条くん。」
「ま、気軽に渡しやすいしね。じゃ、次行こっか?」
次はC組の色と桜弥である。色は相変わらずファンの女の子達に囲まれていたので後回しにし、先に桜弥に声をかけた。
「守村!」
「えっ?あっ、海藤さんに如月さん。」
びっくりした表情で2人の側に来た桜弥に、揃(そろ)ってチョコレートを差し出す。
「はい。バレンタインのチョコレート!!」
「約束してた友達チョコ、ね。」
珊瑚の言葉に笑顔で受け取ると、桜弥も中身を確かめて驚いた。
「えっ?こ、これ、いいんですか、僕がいただいても......。」
「もちろん。日頃の感謝の気持ちも込めて。」
「これからもよろしくね。」
「こちらこそ。ありがとうございます。」
笑顔を見せてくれた桜弥に安心して視線をやると、ちょうど色が1人になったところだった。
「三原くん。」
「やあ、レディース。どうかしたの?」
「はい、バレンタインのチョコレート。」
「はい、ご苦労様。ありがとう。」
色は特に中身を改めることもなくそのまますんなり受け取ると、また別の女の子の方へと歩いていった。
「あれって…。」
「受け取ってくれたって事はお眼鏡に適ったってことだよ。気にせず次次!」
和奏の言葉に無理矢理納得させると、珊瑚は和奏に背を押されるままD組の教室へと向かった。
「あ、タマちゃん。」
「あ、珊瑚ちゃんに和奏ちゃん。どうしたの?」
ちょうど教室から出てきた珠美と出会い、2人は和馬を呼んでくれるように頼んだ。笑顔で請け合った珠美はすぐに和馬を連れてきてくれた。
「なんか用か?」
めんどくさそうに出てきた和馬に苦笑しながらチョコレートを差し出す2人。
「はい、これ。バレンタインチョコ。」
「あぁ。悪ぃな。」
受け取って中身を見ると和馬の表情が嬉しそうに変わった。
「コレ、もらっていいのか?」
「もちろん。」
「なんか……悪ぃな。ゆっくり味わって食うよ。」
「鈴鹿くん、よかったねぇ。」
珠美の言葉にきょとんとして2人が振り返ると、和馬が照れくさそうに笑った。
「おぅ!これでバスケ部の中で俺が一番チョコを多くもらったことになるぞ!」
「うふふ。」
チョコレートは人気のバロメーターだ。バスケ部員の中で競争でもしているらしいその言葉に和奏も珊瑚も笑みを見せた。
「よかった。みんな喜んでくれたみたい。」
「だね。後はお互いの本命と自分の本命に渡すだけ、だね。」
「戦果報告は放課後に!」
「了解★さぁちゃん、頑張って!」
「うん!」
と、ここで2人は別行動になった。

ライン

和奏はそのまままっすぐ職員室へと向かうと、一礼して零一の側へと近づいていった。
「氷室先生!」
「如月。どうした?」
「あの、これ……バレンタインのチョコレートです。日頃お世話になっているお礼に。」
「教師に贈るチョコレートなら、職員室わきの“チョコ受け付け箱”に入れておきなさい。後で教員全員に、公平に分配される。」
「そんなぁ〜。貴重なお小遣いを奮発したんですよ?」
「貴重な小遣いならば、もう少しまともな使い道を考えなさい。」
「うちの担任は受け取ってくれましたけど?」
「とにかく。」
零一は和奏に向き直ると、語気を強めた。
「規則は規則だ。クラスと氏名の記入を忘れるな。」
「は〜い。」
(あ〜あ……。ま、私の場合はこんなもんだろうけどね。)
ぺこりと頭を下げると言われたとおりに“チョコ受け付け箱”に入れた。そして、気持ちを改めて最後に残ったチョコレートを確認すると、教会の方へと急いだ。
(多分、この辺にいると思うんだけど…。あ、いた。)
予想通り、教会の裏手で横になっている珪を見つけた。チョコレート責めになるのを避けてか朝はぎりぎりに登校し、昼休みは始まると同時にいなくなっていたのだ。珊瑚からのチョコレートは受け取ったらしく傍らに見覚えのある包みが目に入って和奏は微笑んだ。
「葉月くん!」
和奏の声に驚くでもなく目を開けた珪は、そのまま視線を和奏に向けると起きあがった。
「ん?なにか用か?」
「はい、これ。バレンタインのチョコ。」
見慣れないラッピングに気付いたのか珪が軽く目を瞠(みは)った。
「……おまえ、作ったのか?」
「そうだよ!がんばったんだから!!」
「へえ……器用だな。もらっとく。」
笑みを見せて受け取ると、珊瑚からのチョコレートと並べて置いてまた横になった。
(……あれは喜んでる顔。きっとそう。)
和奏は自分のチョコレートがより珪に近い方に置かれているのを確認して、そう言い聞かせるとその場を後にした。

一方少し時を遡(さかのぼ)って、和奏に教えられたとおり教会の裏手に来た珊瑚は、すぐに珪の姿を見つけることができた。なるほど死角になっていて逃げ場所にするには絶好のポイントだ。珊瑚は感心しながら珪に近づいていった。
「葉月?」
すると驚くほどぱっちりと目を覚ました珪がぐるりと視線を回して珊瑚の顔の上で止まった。
「……なんだ?」
「はい、これ。バレンタインのチョコ。」
そういってチョコレートを差し出すと、起きあがって珪はチョコレートを受け取った。
「……どうも。」
不思議そうな表情で、それでも素直に受け取ってくれたのでよしとすることにした。
(こんなものかな……。それよりも…最後の手作りチョコが大事よねっ!受け取ってもらえますように…!)
気合いを入れ直すと、珊瑚は職員室へと向かっていった。
「失礼します!」
きっちりと頭を下げてからまっすぐに零一の側まで寄ると、珊瑚は緊張に胸を高鳴らせながら言葉を発した。
「氷室先生!」
「海藤。どうした?」
「あの、これ……バレンタインのチョコレートです!!」
「教師に贈るチョコレートなら、職員室わきの“チョコ受け付け箱”に入れておきなさい。後で教員全員に、公平に分配される。」
頭を下げての必死の手渡しもやはり素っ気なくそんな言葉で返される。わかっていた結果とはいえ落胆の色を隠せない珊瑚は、泣きそうな表情になりながら、でもだからこそ顔を上げることも出来ないままに思わず一言呟(つぶや)いていた。
「ひどい……。」
そうして顔を上げることなく差し出した手を引っ込めた珊瑚の様子に少しの沈黙の後、零一は辺りを見回して、誰もこちらに注意を払っていないのを確認すると早口の小声で珊瑚に告げた。
「……かしなさい。私が一口、味見をしておく。」
「え……?」
驚いて顔を上げた珊瑚の目に映ったのは他からの死角になった場所へ伸ばされた零一の左手だった。
「………。」
「あ、ありがとうございます!」
珊瑚は泣き笑いの表情で零一の左手にチョコレートの包みを渡すときっちり一礼して職員室を出た。零一はそんな珊瑚に目をくれることはなかったが、誰にも気付かれないうちにと鞄の中に珊瑚からのチョコレートを入れていた。
(やったー!)

放課後。珊瑚の嬉し涙の報告に和奏も思わず涙を誘われて、それでもやはり零一がちゃんと人の気持ちがわかる人だったことに安堵(あんど)したのだった。

end.

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