親 愛 -3-

志穂の誕生日当日の昼休みには、奈津実の根回しもあって久しぶりに全員がいつもの木陰に集まっていた。もちろん、瑞希もいる。が、いつになく落ち着きがないようで所在なさげな様子である。そしてお祭り大好きの奈津実が早速音頭をとった。
「エー。ただいまより、ささやかながら有沢志穂さんの誕生会を開催したいと思います!」
みんながパチパチと拍手を贈る。一拍遅れて瑞希も拍手をする。それを確認してから奈津実が続けた。
「ではでは、まずは乾杯といきましょう♪」
とどこから調達してきたのか、紙コップにオレンジジュースが注がれていく。文句を言いそうな瑞希でさえ神妙にその紙コップを受け取った。
「皆さん、行き渡りましたねー?」
「はーい!」
「では、有沢志穂さん、お誕生日おめでとう!!」
「おめでとう!」
みんなが志穂の紙コップに自分の紙コップを合わせるのを見て、瑞希も真似をして小さな声でおめでとうと言った。それからそれぞれのプレゼント贈呈だ。
「志穂!おめでとう!はい、これ。」
「奈津実…いつもありがとう。」
「どういたしまして。開けてみて?」
「ええ。」
奈津実からのプレゼントはハーブティーの詰め合わせだった。志穂は嬉しそうな笑顔になる。
「これ、すごい。」
「うん、勉強の合間の息抜きにちょうどいいかな?と思って、ワザと葉っぱのやつにしたの。手間じゃない…よね?」
「ええ。お茶葉を蒸らす時間がちょうどいい休憩になるの。本当にありがとう。」
「じゃ、次は私の。ありりん、おめでとう。」
「珊瑚さんも、ありがとう。」
そしてそのプレゼントを開けてまた笑顔になる志穂。珊瑚は内心、ほっと胸を撫(な)で下ろした。
「これ、私の誕生花じゃない。よく知ってたわね。」
「あぁー、うん。結構調べた。」
ぺろっと舌を出して笑みを見せる珊瑚に志穂は素直に感謝の言葉を告げた。そして次は珠美からのプレゼント。今、ここにあるケーキもそうなのだが、もう一つ別に作ったらしい。
「有沢さん、お誕生日、おめでとう。」
「ありがとう。このケーキだけでも充分なのに。」
と珠美からのプレゼントは手作りクッキーだった。
「お勉強の合間に、軽くつまめるといいかな、と思って。ちょっと甘めなの。」
「糖分は脳が疲れたときにいいのよ。助かるわ。」
「わたしからはこれ、おめでとう、志穂さん。」
「和奏さんも、ありがとう。」
和奏が名前で呼ぶようになってから、志穂も和奏のことを名前で呼んでくれるようになった。それをくすぐったく感じながらプレゼントを渡す。
「この押し花…。」
「カワイイでしょう?」
「えぇ。連翹(れんぎょう)。花言葉は“集中力”。」
「うん。大事に使ってもらえると嬉しいな。」
「もちろん。大切に使わせてもらうわ。」
そうして、みんなからのプレゼントをもう一度順に眺める志穂。と、奈津実が瑞希の肘(ひじ)をつついていた。瑞希が何か言いたそうに眉(まゆ)を寄せて奈津実を見たが、すぐに表情を戻して志穂に歩み寄った。
「有沢さん。」
「須藤さん?」
「一応、あなたも mon ami -ミズキのおともだち- には違いないから。」
いつもだったら執事を呼びつけるところだろうが、瑞希はちゃんと自分で用意したプレゼントを自分の手で志穂に渡した。志穂は驚いた表情の後、すごく嬉しそうな笑顔になった。
「貴方からもらえるなんて思ってもみなかったわ。」
「あ、あまり期待しないでちょうだい!たいした物じゃないから…。」
視線を逸(そ)らして語尾を濁す瑞希に軽く笑いかけると志穂は包みを解(ほど)いた。中から出てきたのは瑞希らしい小さな手鏡だった。
「すごーい!綺麗な手鏡!」
「当たり前でしょ!? このミズキが mon ami -ミズキのおともだち- のために手ずから選んだのよ!」
珊瑚の言葉に、照れ隠しなのか頬(ほお)を染めながらも憤慨してそういう瑞希に、でも志穂は気分を害することなく笑顔を向けた。
「ホントに素敵。ありがとう。」
「…い、意外にこういう素朴なパーティーって楽しいのね。」
そっぽを向いたままそういう瑞希の横顔は充分に照れが混じっているものだった。その後、いつになく和やかな6人揃(そろ)ってのお昼休みが過ぎていった。

ライン

(いい天気だな。)
和奏はのんびりした気分で放課後の中庭を歩いていた。瑞希がちゃんと自分の説明を理解して、志穂へのプレゼントを用意してくれていたことが本当に嬉しかった。上流階級生まれも楽じゃないんだな、と痛感したことでもあったが、和奏には例の瑞希の問題発言はみんなには悪いが本当に嬉しかったのだ。あそこまで言ってもらったのだから、その気持ちに報いなくてはと素直にそう思う。
(……あれ?どこからか……バラの香りが……。)
薔薇園まではまだ距離があり、しかも1月も下旬に差し掛かろうかというところ。温室以外ではここ、はばたき学園の中庭といえども薔薇は咲いていない。不思議に思って振り返った和奏の視界いっぱいに薔薇の花があった。
「”バラは赤く、スミレは蒼く……”」
その言葉に視線を上に向けると、いつかの紳士が笑顔でそこに立っていた。手にした薔薇の花束を和奏に差し出している。
「そしてこれはバラ色の頬(ほお)の君に。」
「あ、あなたはこのまえの……。」
「また会えたね、お嬢さん。さ、このバラをどうぞ。」
和奏の言葉に頷(うなず)くと、紳士は薔薇の花束を和奏に手渡した。思わず受け取った和奏はその香りを胸一杯に吸い込むと自然と笑顔になった。
「うれしい……」
ふと我に返り、和奏は花束を抱えたままぺこりと頭を下げた。
「あ、いえ、この間は友達がお世話になったみたいでありがとうございました!」
「なんのなんの。お礼を言うのは私の方だよ。愉快なドライブだったしね。」
その言葉に紳士は笑みを深くして穏やかに話しかける。和奏は聞くなら今しかないと失礼なのを承知で尋ねてみることにした。
「……あの、失礼ですけど、いったいあなたは……。」
「……さあ、私はいったい誰でしょう?」
紳士は謎めいた笑みでそういうと目を閉じてしまった。和奏はあれこれ考えてみたもののどれもピンとくるものが思い浮かばなくて無言になって、空を見上げて首を傾(かし)げた。
「………………。」
「……おっと、時間だ。残念だけど、今日はここまで。じゃあ、またね。」
紳士はそういうと流れるような動作で中庭を後にした。残された和奏はたくさんの薔薇の花束を手にしたまま呆然(ぼうぜん)とそこに立っていた。
(行っちゃった……それにしても、どうして校内で……まさか先生!?ってことはないよね、うん。)
そして手元の薔薇に目をやると、はたと気付いて辺りをキョロキョロ見回した。
(てか、この大きな花束、どうやって持って帰るのよ!? すっごく目立つじゃない!)
結局この日は部活に顔を出すことなくそのまま真っ直ぐ帰った和奏であった。

「えー?また会ったの?」
「うん、しかも学園の中庭で、だよ?」
今日も部活だった珊瑚の帰りを待って、夕飯後に和奏は電話をかけていた。部屋は薔薇の香りでいっぱいになっている。飾りきれなかったので、半分は玄関とリビングにも飾ってもらった。
「てことは、やっぱり学園関係者、の可能性が高いよね?」
「やっぱそうだよねぇ?」
珊瑚も電話の向こうで首を捻(ひね)ってる様子だ。聞いたことのある声に見覚えのある顔…。和奏がこの学園に入学してから会った人は少なくない。だが、大人に限定するとそう多くもないはずなのだ。それなのに誰だか未(いま)だ正体が掴(つか)めずにいる。
「あんなダンディさん、一度見たら忘れないと思うんだけど…。」
「思い出せないんだよね?」
「そうなの…。」
「あまりに意外すぎる人物なのかもしれないよ?」
「そうかなぁ?そんな人に会った覚えはないんだけど…。」
和奏がそれっきり黙ってしまったので、話題を変えるべく珊瑚はちはるからのメールを持ち出した。
「そうそう、私の方もちはるちゃんからメールが届いてたんだよ。」
「あ、そうなんだ?で、なんて?」
「んとね、ちはるちゃん、公園が好きなんだって。で、こないだ公園に行ったらそこにいる人達の笑顔を見て日本人もアメリカ人も同じ人間だと思ったって書いてあったよ。」
「そっか、ちはるちゃんもアメリカと日本との違いで悩んでる風だって言ってたもんね。」
前のメールのことも聞いていた和奏は珊瑚の話に頷(うなず)きながらそう言った。
「そうなの。でね?“人間と言う言葉は面白いですね。人と人の間に国境はありません。考え方の違いだけです。これからも二つの文化をよく観察していきたいです”って書いてあったの。」
「いつもながら前向きだね、ちはるちゃん。」
「うん、私の返信、少しは役に立ったのかな?」
「そりゃそうでしょ!でないとそんなメールは来ないと思うよ?」
「だったらうれしいな…。」
「心配ないってば。あ、そろそろお風呂行かなきゃ。」
「あ、ホント!もうこんな時間!」
「部活で疲れてるところに遅くまでごめんね〜。」
「うーうん、こちらこそ。じゃ、また明日。」
「うん、お休みなさい。」
そうして和奏からの電話を切った後、珊瑚はもう一度ちはるからのメールを読み返した。
「……ちはるちゃん、最近ずいぶん日本語が上手になったな。」
たどたどしかった文面が、いつの間にか綺麗な文章になっているのを見て感慨深げにそう思った。珊瑚は最近ちはるからのメールで、励ましているつもりが実は自分の方が励まされてるような気がしてきておかしくなった。
「人の縁ってホント、不思議。お嬢もいい縁に巡り会えてるといいなぁ。」
ちはるから瑞希の事へ思いを馳(は)せるうちにいつの間にか眠りについている珊瑚であった。

end.

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