親 愛

直前まで和奏は悩みに悩んでいた。というのも明日1月15日は色の誕生日なのだが瑞希の手前、簡単にプレゼントを渡すのも憚(はばか)られ、かといって知っているのに知らん顔も出来ずに困っているのである。珊瑚はというと、
「また、わぁちゃんの悪いクセが出た。」
と呆(あき)れ顔だ。ただ友達として深く考えずに渡せばいいのに、と思う。気になるのなら渡す前に瑞希に断っておけばいいのだ。瑞希の性格が問題なのはわかるが変に気を遣いすぎてる気がするのである。そしてその話はなんとなく昼休みに持ち出されたのだった。
「そういえばさ、」
それを聞いた奈津実が箸(はし)を上に向けて言葉を挟んだ。今日のメンバーは、和奏に珊瑚、奈津実に珠美の4人である。
「和奏って、いまだにアタシたちのことも、名字に“さん”付けで呼ぶよね?」
「あ…。」
「そういえば、そうだね。」
「珊瑚のことはちゃんと“さぁちゃん”ってあだ名で呼んでるのにさ、なんで?」
「え…。え〜っと、なんとなく…。」
特に意識してた訳ではないのだが、始めにそう呼んでからは呼び方を変える機会もなくそのままになっていたのだ。珠美でさえ、始めから名前で呼んでくれているというのに。
「じゃ、さ。今からみんなを名前で呼ぶってのはどう?」
「え?い、今から?急に?」
珊瑚の提案に驚く和奏に、奈津実も珠美も良い案だと賛成した。
「手始めに、アタシと珠美と呼んでみてよ。」
「そ、そうだなぁ…。」
急にそんなことを言われても特に思いつかない。珊瑚は“藤井ちゃん”と呼んでいるが、わざわざ名前でと言ったからにはそれでは納得してもらえないだろう。さんざん悩んだ末に、和奏は一ついいのを思いついた。
「“なつみん”とかどう?」
恐る恐るといった風に呼びかける和奏に、奈津実は嬉しそうに笑って手を挙げた。
「それいい!採用!」
対して珠美の方は簡単だ。珊瑚と同じ呼び方で良い。
「じゃぁ、“たまちゃん”でいい?」
「うん!和奏ちゃん、ありがとう。」
「後はありりんと、お嬢だね。」
「え?す、須藤さんも???」
「あったり前でしょ!」
「うぅ…。須藤さんってあんまりあだ名とかで呼ばれるの嫌いそうなのにぃ…。」
「大丈夫大丈夫!和奏ならすんなり許してくれると思うよ?」
無責任な太鼓判を押す奈津実の言葉に、珊瑚はついでとばかりに念を押しておく。
「その勢いで三原へプレゼントする了解もとっときなね?」
「和奏ちゃん、頑張って。」
なんの関係もない珠美がのほほんと応援の言葉をくれた。和奏は困ったことになったと思いながら瑞希の呼び方をあれこれ考えて残りの昼休みを過ごすことになってしまった。

(あ、須藤さん…。)
色にプレゼントを渡すのなら今日中に瑞希に了解をもらっておかなくてはならない。和奏は思い切って、瑞希に昼間考えた呼び方で呼びかけてみた。
「瑞希ちゃま!」
瑞希は驚いたように振り返った後、いつも以上の笑顔で応対してくれた。
「如月さん。どうしたの?」
「あ、あのね……。」
特に否定も肯定もせずにそのまま普通に会話を続ける瑞希の反応に、きっと今の呼び方は受け入れられたのだろうと和奏は思った。
「明日ね、三原くんのお誕生日でしょう?『お友達として』何かプレゼントしたいなって思うんだけど…」
“お友達として”というところを特に強調してそう言いながら反応を伺ってみるが、瑞希は特に気にした風もなく頷(うなず)いている。
「…どんなものがいいのかわからなくて、瑞希ちゃまにアドバイスもらえないかなぁ?って思うんだけど、どうかなぁ?」
「そうねぇ……。」
瑞希は顎(あご)に人差し指を当てて少し考えた後、笑顔になってこう言った。
「ミズキのプランスは、特に何かがほしいとかっていうものがないの。だから、如月さんがいいと思ったものをお渡しすればそれでいいんじゃないかしら?」
「そ、そうかなぁ?」
「えぇ。ただ、ミズキのプランスは自分の趣味じゃない物は一切お受け取りにならないけどね。」
と怖いことを言って、瑞希は自席に戻っていった。とりあえず、プレゼントを渡すことに対しては何も文句を言われなかったのでほっとした和奏であった。

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翌日。瑞希が特に文句を言わなかった理由がわかった。当の色本人は朝からたくさんのファンである女の子達に囲まれてプレゼントを渡されていたのである。瑞希のことだから、きっとその誰よりも色に相応しく、かつ、喜ばれる物を贈る自信があるのだろう。和奏はその輪の中に入るにはなんとなく躊躇(ためら)われて、色が1人になるのを待つことにした。

「それにしても、朝も昼も女の子に囲まれて大変そうだね、三原のやつ。」
そう言って奈津実はソーセージをパクついた。昼休みのいつもの場所である。ちなみに和奏はまだ色にプレゼントを渡せずにいる。今回珊瑚は、色とはそれほど面識がないのでパスしていた。
「うん。なかなか1人のところを捕まえられなくて。」
「ま、ね。あの輪の中に入るのは遠慮したいよね〜。」
うんうんと頷(うなず)きながら奈津実が同意する。それに志穂も軽く頷(うなず)くと、和奏に提案した。
「放課後、美術部の前で待つのが確実じゃないかしら?」
みんなが一斉に振り向いたがそれを気にすることなく、志穂は言葉を続ける。
「アトリエに入るときにはさすがに1人になると思うけど。」
「そっか、それもそうだね!」
奈津実がパンと1つ手を叩(たた)いた。和奏もなるほどと思い、放課後に渡すことに決めた。
「ありがとう!志穂さん。」
「どういたしまして。上手く捕まるといいわね。」
和奏からの名前での呼びかけに志穂は微かな笑みを見せると、弁当の残りに手を付けるのだった。

そして放課後の美術室前に、志穂のアドバイス通り色を待つ和奏の姿があった。その横を不思議そうな顔で見ながら美術部員達が通り過ぎていく。和奏はだんだん落ち着かなくなってきた。と。
「如月くん。どうしたの?」
「三原くん。」
ちょうどのタイミングで色が登場した。志穂の予想通りファンの女の子達は誰もいず、色1人が目を丸くして和奏を見ていた。和奏は安堵(あんど)感から挨拶(あいさつ)もそこそこににっこり笑顔でプレゼントを差し出した。
「はい!誕生日のプレゼント!」
「おやおや、ボクはもうこれ以上、何も与えられる必要はないよ?」
ファンの女の子の中にははっきりと“いらない”と言われていた子もいるらしいので、この反応はまずまずである。
「まあ、そう言わずに開けてみてよ。」
和奏は気後れすることなくそう言って、半ば強引にプレゼントを色に押しつけた。瑞希に了解を得た上にここまで待ったのだ。もったいなくて今更引っ込めたくはない。色は困った笑みを見せたものの和奏が言うとおりに包みを解(ほど)いていった。
「これは……。うん、すばらしいよ!」
色の表情が変わった。プレゼントの中身はビクトリア様式ハンドミラーである。美という物に関して極限までのこだわりを持つ色には、男の子へのプレゼントというよりもオシャレの大好きな女の子へのプレゼントとして考えた方が喜ばれる物を見つけられるのではないかとふんでの選択だった。そして、その和奏の選択は間違ってなかったようだ。満面の笑みで色はビクトリア様式ハンドミラーと和奏の顔を幾度か見比べると、
「キミは、本当にボクのことを理解してくれてるんだね……。」
と言ってハンドミラーの後ろの意匠をも確認し、満足げな笑みを見せて再度和奏へと微笑みかけた。
「ありがとう、大切にする。」
(やったあ、バッチリ喜んでもらえたみたい。)
努力が報われてほっとした和奏の表情は自然に綻(ほころ)んでいた。

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