つながり -3-

お年玉も入ってそれなりに財布も潤ったので、和奏は商店街へと足を運んでみた。文房具とアクセサリーを新調するためだ。アクセサリーはジュエリー・ヴァンサンにて流行色であるグレーのフェイクパールの指輪を即購入したものの、使い慣れたものと同じ形のボールペンを探して商店街中の店を彷徨(さまよ)っているうちに夕方になってしまった。
「それでも、なんとか見つかったんだしOKよね。」
と戦利品を手にほくほく顔だ。
(さてと、そろそろ帰ろうかな。)
買い忘れの物がないかチェックして、ようやく商店街を後にしようとした和奏は突然の声に振り向いた。
「あ、和奏!」
「あ、藤井さん、あれ?姫条くんも。」
見覚えのあるオートバイの前で、奈津実とまどかが何やら揉(も)めているようだ。興味を惹(ひ)かれて和奏は2人の側までやってきた。
「どうしたの?ふたりして?」
「和奏ちゃん、聞いてくれ。」
奈津実が口を開くよりも早く、まどかが奈津実を指さしながら力説した。
「今、そこのバイク屋の前で、コイツにいきなり蹴(け)られてん。」
「ちょっと、人聞き悪いなぁ!アンタがしゃがみこんでるから、つまづいただけじゃん!?」
途端に眉(まゆ)を寄せて言い返す奈津実。もちろん、まどかが黙っているはずもない。
「いや、あれは絶対わざとやね。凶暴な女やで、ホンマ。」
「あ、ホントに蹴(け)りたくなってきた。」
(け)るマネをしながら悪態を吐(つ)く奈津実とマネだとわかっていながら逃げるまどかに、和奏は堪(こら)えきれなくなって笑い声をあげた。
「あはは……なんか、夫婦漫才(めおとまんざい)みたい。」
すると、2人揃(そろ)って和奏に向き直り、慌てて否定する始末。
「ちゃうちゃう!そんな和やかなモンとちゃうねん。」
「そうそう、どっちかって言うとドツキ漫才だから。」
まだ肘(ひじ)鉄を繰り出そうとする奈津実の頭を軽く叩(たた)いて、まどかが人差し指を突きつけた。
「うっさいわ、メシおごれ!」
「え、なんでよー?」
「オレの大事なケツ蹴(け)った慰謝料や。」
途端にぶーたれた奈津実を軽くかわすと、まどかは和奏に笑顔を見せた。
「ほんじゃな、和奏ちゃん。」
「またね、和奏!」
「うん、バイバイ!」
いつも女の子に充分すぎるぐらいの気を遣うまどかが、奈津実に対してはそういった気遣いがまったく感じられない。奈津実も仕方なさそうに首を竦(すく)めた後、和奏に軽く手を振ると後を着いていく。と、
「ほら、早(はよ)せ!自分、足のコンパス短いんちゃう?」
振り返ってそれだけ言うとまたさっさと歩き出したまどかに、
「アンタが無闇にデカイのよ!!」
と憎まれ口を叩(たた)きながらも一生懸命追いかける奈津実。和奏はくすくすと笑いながらも、なんだかほのぼのとした気分になった。
(コンビ組めるかも。あのふたり。)

その晩、夕食も風呂も済ませてはばたきネットをチェックしていると、メールの着信音が響いた。誰からだろうとメールソフトに切り替えてみると奈津実からだった。
「あれ?藤井さん…?どうしたんだろ?」

“聞いてよ!!

ちょっと聞いてよ!!
 けっきょくあのあと、なんだかんだで姫条に
 ファミレスおごらされた!!
 ふざけんなーー!!
 こっちは、バイト代入る前でキューキューなのに!!
 アイツ、ホンットずーずーしいよね? あ、そうだ、

姫条の弱点暴露コーナー!!
 アイツあんなデカイくせに・・・
 フォークでちみちみグリンピースよけてんの!!
 で、わたしが「まさか、好き嫌い?」って聞いたら、
 「誰がやねん!」とかいってんの!
 お子ちゃまでちゅか〜〜?
 ハァーーーーすっとした・・・

でわでわ

ナツミ”

「………。なんだかんだでしっかりデートを楽しんだわけね。」
奈津実の文面は怒っているように見せて、実は楽しかったのだろう様子が感じ取れたのだ。まどかの奈津実に対しての態度も少し気になる。
「もしかして、もしかしたりして?」
これは今後の2人に要注意だ、と思いながらパソコンの電源を落とす和奏だった。

ライン

翌日。成人の日で休みだったこともあって、和奏は珊瑚の家で昨日の2人の様子を話して聞かせていた。珊瑚の家ではいつもちゃんと豆から挽(ひ)いて淹(い)れたコーヒーを冷やして常備してあるので、紅茶派の和奏もアイスコーヒーを頂いていた。特にアルバイトを始めてからは、店から直接買っているのもあって格段に美味(おい)しくなっている。
「へぇー!姫条と藤井ちゃんがねぇー!」
「うんうん。なんか、仲良さそうだったよ〜?」
「そう言えばさ、私もこないだ、見ちゃったんだよねー。」
思わせぶりな珊瑚の言葉に和奏が身を乗り出した。
「なになに?」
「公園通りのはばたき書店、あるじゃない?」
「あ、あの参考書が充実してる本屋さんね。」
思わぬ和奏の言葉に珊瑚は続きの言葉を飲み込んだ。
「へ?誰に聞いたの、それ?」
「え?参考書が充実してるってこと?」
「うんうん、私、こないだまで知らなかったよ?」
「えっとね、前に氷室先生に数学でわからないところがあって聞きにいったときに、先客がいてね?」
「うんうん。」
「それがまぁ、いつもの通り守村くんだったんだけど、その時に氷室先生に聞いてた本が見慣れないものだったのよね。」
そこで一息吐(つ)くようにアイスコーヒーを一口飲むと、和奏は続けた。
「で、興味を惹(ひ)かれて、質問が終わってから守村くんに聞いてみたら、はばたき書店でしか扱ってない参考書のシリーズで、あそこにはこういった本が充実してるって教えてもらったの。」
「へぇー。やっぱり守村って、あそこの書店に結構頻繁に通ってるんだね。」
「うん、そうだと思うよ。時々帰りがけに見慣れない参考書を読みながら帰ってるの見るし。」
そこで珊瑚も一口アイスコーヒーを飲むと軽く首を捻(ひね)った。
「で、なんの話だっけ?」
「あ、ごめん。えっと、はばたき書店で何か見たって…。」
「あぁ、そうそう!んっと、ありりんが店先にいたのよ。んで、なんの気なしに声掛けたら、本屋から守村も出てきて。」
「あら?一緒にお買い物?」
「うん…偶然、ばったり会ったんだって言ってたけど。」
「守村くんが行ってるぐらいだから、有沢さんもチェックしてるはずだよね、その本屋。」
「ま、そうなんだけどさ。その時にちょっと言い合いみたいになっちゃって…。特に悪気があったわけでもなんでもなかったのに、ありりん、一方的に話し切って帰っちゃったのよね。」
「え?あの、有沢さんが?」
「うん…。で、まぁ、そんなに気にするほどのことでもないか、とも思ってたんだけど、帰ってきたら謝罪みたいな言い訳みたいなメールが来ててさ。」
複雑な表情でそう言った珊瑚は少し考えると愛用のノートパソコンを持ってきて電源を入れ、問題のメールを和奏に見せた。
「これなんだけど…すごく意味ありげじゃない?」
「……ホントだね。」
「ありりんらしくなく、気にしすぎてる感じがしてさ。」
「だねぇ〜。」
一度目を通しただけで特に反芻(はんすう)することなく、そのメールから視線を逸(そ)らせた和奏は思案顔になった。そんな和奏の様子に珊瑚が思っていたことを口にした。
「前にさ、わぁちゃん、言ってたじゃない?」
「ん?なに?」
「ありりん自身、気付いてないだけでって話。」
「あぁ…そだねぇ。」
それから和奏は軽く首を振るとにっこりと笑顔を向けた。
「それぞれに、わたしたちにはわからない何かがあるのかもね?」
「それもそうだね。こればっかりは単純にいかないもんだし。」
「うんうん。そうそう、そう言えばね…。」
こうして2人の話は尽きることなく続いていくのであった。

end.

ライン



Copyright © TEBE All Rights Reserved.