つながり

「いらっしゃいませー!」
今日も喫茶 ALUCARD には店員達の明るい挨拶(あいさつ)と、落ち着いた音楽と、美味(おい)しいコーヒーの香りが立ち籠(こ)めていた。ようやく仕事にも慣れてきた珊瑚は、この頃拓に対しても“くん”付けで呼ぶことはしなくなっていたし、拓の方でも随分うち解けて色んな話をするようになっていた。
「ね?一度聞いてみたかったんだけどさ。」
「なに?」
客の入りが一段落して、拓が休憩に入ってる間に珊瑚はずっと気になっていたことを問い質(ただ)した。
「あんたさ、ちょっと前までわぁちゃんのこと、避けてたって本当?」
「………………。」
一瞬の沈黙の後、ため息をついて肯定の頷(うなず)きをした拓に、珊瑚はむっとして更に問いつめた。
「一体全体どうして!?」
「……お前、今日バイト終わったら時間あるか?」
話を逸(そ)らされて鼻白んだものの、珊瑚は素直に答えた。
「へ?あ、うん。特に何もないけど?」
「んじゃ、そん時に話す。それまで待ってくれ。」
「あ、うん…わかった。」
何やら深刻な理由がある様子に、珊瑚は少し虚をつかれた感じでそう答えるのが精一杯だった。

アルバイト上がりに拓と連れ立って児童公園へやってきた珊瑚は、さすがに夕方のこの時間、人気のない公園なのに幾分ほっとして促されたところでベンチに腰を下ろした。いくらか逡巡していたものの、拓はややあって口を開いた。
「…如月がそう言ってたのか?」
「え?」
「俺が、あいつを避けてるって。」
珊瑚は空を見上げて少し考えると、首を捻(ひね)った。
「ちょっとニュアンスは違うんだけど…。あんたが葉月と一緒で無口でしょ?って聞かれたから、そんなことないよって言ったら気にしてただけで。」
「……そうか。」
それからまた少し沈黙があって、拓は珊瑚と視線を合わせると真剣な面持ちになった。
「今から言うこと、絶対に内緒な。」
「うん。いいけど…。」
不思議に思いながらもその真剣さに押されて頷(うなず)いた珊瑚に、拓も確かめるように頷(うなず)くと
「俺さ…あいつのこと、好き、なんだ。」
と一息に言った。
「え?えぇー!?」
これにはさすがに珊瑚も驚いた。目を丸くして見つめ返す珊瑚から視線を逸(そ)らすと拓は言葉を続けた。
「…一目惚れ、だったんだ。だから、最初から普通に話すことが出来なかった。」
「え?え?……でも。」
「俺と珪…葉月、とさ、」
急に話が変わった拓に珊瑚は口を挟むことを止めて先を促した。
「ALUCARD の常連だったんだ、昔から。いつも店の奥に座る珪と、その向かいに座る俺。取り立てて話す必要はないし、お互いマスターのコーヒーに癒(いや)されに来ているだけだったから、相席しても気まずくなくてむしろありがたい存在だった。カウンターだと隣り合う人が気になるし、だからと言ってテーブル席に一人で座るのはやっぱり気が引けるからさ。その内時々だけど、ぽつぽつ言葉を交わすようになって…。だから、珪のこと、他の人間よりかはわかる方だし、珪も俺のこと、他の人間より信頼してくれてると思う。」
そうして空を仰ぐと拓は目を細めてそこに浮かんだ白い月を見た。
「如月がバイトで入ってきた時、びっくりした。ホントに俺の理想、そのまんまなんだ、あいつ。見た目だけじゃなくて、多分、性格も。マスターや小寺先輩と話してるのを聞いてても感じ良いし。」
「そ……うだったんだ。」
「あぁ。でも、俺、気付いてしまったんだ。」
そして悔しそうな表情になった拓は目を閉じるとこう言った。
「珪も如月を特別に想っているって。」
その言葉にますます驚いた珊瑚は意味もなくあたふたと言葉を返した。
「いや、だって、それは……。」
「もちろん…。」
そこでやっと拓は珊瑚の方に視線を向けた。
「珪自身が気付いてるかどうかは知らない。でも、俺は珪をずっと知ってるからわかるんだ。あいつが安らいでる雰囲気みたいなのが。それが最近、如月がバイトに入ってるときに顕著なのが。」
そしてまた珊瑚から目を逸(そ)らすと空を仰ぎ見て続けた。
「珪にとってそれは絶対に良い変化だと思うし、珪の近くにいた人間としても喜ばしいことではあるのだし。それに、如月も珪のこと、気に掛けてるみたいだし…だから、俺は如月には言わない。そうやって自分の中でケリを付けてからようやく話せるようになったんだ。…馬鹿みたいだろう?」
自嘲気味な笑みを見せる拓に珊瑚は何も言えなくなってしまった。いつの間にか白かった月が金色に輝き始めていて、拓は腰を上げた。
「だから、内緒、な。出来れば今の話は忘れてくれ。如月とはこれからちゃんと普通に話すようにするから。」
「うん……わかった。なんか…ごめんね?」
「いや……正直、聞いてもらえてホントに吹っ切れた気がする。だから、サンキュ。」
そう言うと拓は手を挙げて児童公園を後にした。その姿を見送ることなく珊瑚も家路へと就いた。

ライン

次の日曜日。日差しに誘われて、珊瑚は1人でぶらぶらと公園通りへとやってきた。拓の思いがけない告白から、和奏と拓の様子が気になって仕方がない。
「ま、本人が割り切ってるのに、他人の私が考えたって仕方ないよね。」
それにしてもここ最近、和奏の人気は急上昇中だ。あの奈津実でさえ、
“最近、和奏ってオシャレになったよネー。”
と言っているぐらいなのである。元旦の初詣の時でさえ、和奏のことを噂している男の子が多かった。たまたま零一の側で待っていた珊瑚だったから小耳に挟んだ噂話だ。そして…いつも一緒にいる自分がどう見えてるのか、ふと気になって立ち止まってしまった。
「わぁちゃんも努力して、可愛くなってるんだよね。嫉妬(しっと)してる場合じゃないぞ!珊瑚!」
そうして、思い立って美容院へと足を向けたのだった。

髪を切ってさっぱりした気分になった珊瑚は、足取り軽く家路を辿(たど)っていた。
(あ、あれは……。)
公園通りにある大きな書店の前で見慣れた人影を見つけて、珊瑚は声を掛けた。
「ありりん。」
「……海藤さん!?」
なんだかひどく驚いた風の志穂の様子に不思議に思いながらも、珊瑚はごく普通に言葉を続けた。
「お買い物?」
「ええ……。」
と視線を逸(そ)らしたものの、志穂は思い直したように珊瑚に視線を合わせた。
「まあ、そんなところ。」
と珊瑚が口を開こうとしたときに、書店から桜弥が出てきた。
「海藤さん。こんにちは。」
「あ。守村!……ふたりで、どうしたの?」
「はい、今、そこの書店でバッタリ。参考書を探していたんですよね?有沢さん。」
「……ええ。」
笑顔でそう言って同意を求める桜弥に志穂は何故だか困り顔だ。疑問は解けないながらも珊瑚は思ったことを口にしていた。
「そっか、ふたりとも勉強熱心だもんね。」
「いえ、僕の書店通いはただの日課ですから…… あ、でも有沢さん。」
珊瑚の言葉をやんわりと否定した後、桜弥は志穂に笑顔を見せた。
「よくあの書店で、参考書を探していますよね?僕、ときどき見かけて……。」
「わ、私はべつに!?」
明らかに動揺した様子の志穂に、珊瑚は以前に和奏が言っていた言葉を思い出した。
(ありりん…やっぱり?)
「……学生なんだから、あたりまえじゃない。」
突然むっとしたようにそう言った志穂に桜弥はびっくりした表情の後、眉(まゆ)を寄せた。
「……ハ、ハイ……。」
さすがに場の空気がまずくなりつつあったのと、店の前での長話もなんだしと思って珊瑚が助け船のつもりで提案した。
「……ね、ねぇ!せっかくだから、みんなでお茶でも飲んで行かない?」
「あ、賛成です!そうしましょうよ!」
笑顔に戻って桜弥は賛成してくれたのだが、志穂はますます眉(まゆ)を顰(しか)めただけだった。
「私は失礼します。悪いけど、あなた達ほどヒマじゃないから。」
それだけ言うと、さっさと歩いていってしまった志穂に珊瑚は桜弥と顔を見合わせて首を捻(ひね)った。
「……どうしたんでしょう?有沢さん。」
「さあ……。」
結局、喫茶店には寄らずにそのまま別れた2人だった。

帰宅後、パソコンを立ち上げると志穂からメールが届いていた。“誤解しないで”というタイトルになんだろう?と思って開いてみると、意外にもというか志穂らしくというか謝罪のような内容だった。

“海藤さん。

あなたのことだから、もしかして変な誤解をして
 いるんじゃないかと思って、今日のこと一応
 説明しておきます。
 あの書店は、最新刊の参考書をすぐに入荷するから、
 私はマメにチェックしていて、急に帰ったのは用を
 思い出したから。 ただそれだけの話。
 お願いだから、妙な想像はしないでね?

ところで、あの後守村くんは怒ってなかった?
 もし彼が気分を害しているようなら、あなたから
 このことを説明しておいて欲しい。
 もちろん、彼がどう思おうと私には関係ないけど。

志穂”

珊瑚はため息を一つ吐(つ)いた。相変わらず素直じゃない志穂の言葉の影に、必死の想いが見え隠れしている。珊瑚は気を取り直して、誤解などしていないこと、結局桜弥とはそのまま別れたことと、桜弥へも伝えておくことをメールに書いて送信した。
「全く…。みんな難しい恋愛してるなぁ…。」

ライン



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