いよいよ楽しみにしていたプレゼント交換の時間になった。サンタクロースの格好をした天之橋邸の執事達が、出席者一人一人に声をかけプレゼントを集めて回っている。和奏と珊瑚もやってきた執事にプレゼントを託すと、その時を大人しく待った。程なくして、一度奥へ下がったサンタクロースの執事達が袋を抱えて再び姿を現した。あちこちから静かな歓声が上がり始める。
「なんだかドキドキするねぇ〜。」
和奏は少し頬(ほお)を紅潮させて珊瑚にそう囁(ささや)く。珊瑚も頷(うなず)きながら、囁(ささや)き返した。
「誰のプレゼントが回ってくるんだろう?どうせなら……。」
それぞれ想い人を心に描いていると、先ほどプレゼントを託した人とは違うサンタクロースの執事が2人の前にやってきた。
「ほ〜っほっほ。キミには、このプレゼントをあげよう。」
そう言って、まず和奏に小さな包みを手渡す。
「ありがとうございます。」
「そして、キミにはこれだよ。メリークリスマス!」
「あ、ありがとうございます!」
珊瑚には重そうな包みを渡してサンタクロースの執事は別の出席者の元へと行ってしまった。2人はプレゼントを手に近くの椅子へと移動した。
「プレゼント、なんだろう? ……開けてみない?」
「うん、いいね!見せ合いっこしよう!」
『せーの』で一緒にリボンに手をかけ、ラッピングを解(ほど)いていく。和奏の包みからはアイマスクが、珊瑚の包みからは基礎解析講座の参考書が出てきた。しかもよくよく見れば見覚えのある“氷室印”が付いている。2人共、プレゼントを手に顔を見合わす。
「こ、これって…… もしかして。」
「…数学の参考書?“氷室印”って、やっぱり……。」
「如月、海藤。」
と、そこへ珪の声が割って入った。2人ともはっとしてそちらへ視線を向ける。
「あ、葉月くん。」
「葉月も来てたんだ?」
にっこりと笑みを見せた和奏は、珪が持っているプレゼントに見覚えがあるのに気付いて目を丸くした。
「あ、それ!わたしが出したプレゼントだ!」
「へ?」
珊瑚が珪の手元を見ると、珪も自分が持っているプレゼントを見ていた。
「……もう一度、交換してくるか……。」
そうして真面目な顔でとんでもないことを言っている。珊瑚が憤慨して何か言い返そうとするより先に、和奏が軽く睨(にら)むようにして口を開いた。
「……今、なんて?」
「冗談。」
和奏はちゃんと、珪の言葉が冗談だとわかっていたようだ。珊瑚は自分が口出しする必要はないんだったと2人のやりとりを見守ることにした。
「……ん?おまえのソレ、俺の……。」
「えっ、ホントに!?」
(やっぱり…。)
和奏の手元にあるアイマスクに視線を落として珊瑚は驚いているが、和奏の方は予想通りだったようだ。
「ね?せっかくだから開けてみてよ!」
和奏にそう急(せ)かされて、珪も2人の目の前でラッピングを解(ほど)いていく。程なくして現れた仔猫のカレンダーに珪が目を細めた。
「これ、欲しかったヤツだ。 ……ラッキー。」
(やった! すごく喜んでるみたい!)
しばらく子猫の写真を眺めていたが、ごそごそとラッピングをある程度元に戻して珪が再び口を開いた。
「じゃあ、俺、これで。ちょっと酔ったみたいだ…。」
「え!? 葉月、お酒飲んでたの?」
珊瑚がびっくりして声を上げると、珪はちょっと顔を顰(しか)めて訂正した。
「…違う。人混み。苦手なんだ、俺。」
「あ、そだったね。うん、またね。」
和奏の言葉に軽く眉(まゆ)を寄せていた珪の表示が和らぎ、軽く片手を上げて去っていった。珊瑚は改めて和奏の手にあるアイマスクをしげしげと眺める。
「わぁちゃん、予想通りって顔してたけど…。」
「うん。葉月くん、お昼寝が趣味だから。」
くすくすと笑いながらそう説明する和奏に珊瑚は『なるほどね』と納得した表情で頷(うなず)いた。と、
「……ん?海藤。君が持っているプレゼントは、私が出したものだ。」
いつの間にか側まできていた零一が、珊瑚の手元に視線を落として驚いたように目を瞠(みは)った。その声に2人揃って零一へと視線を向けると、今度は珊瑚に見覚えのあるプレゼントを零一が持っていたので、珊瑚はもっと驚いて挨拶(あいさつ)も忘れて声を上げた。
「氷室先生が持っているのは、私が出したプレゼントです!!」
「すごい、偶然ですねぇ……。」
珊瑚の驚きように和奏も同意する。自分達だけでなく、珊瑚達までお互いのプレゼントを手にしているとは偶然にしても出来すぎだ。零一は和奏と珪のプレゼントに関しては知らないはずであったが、それでも珊瑚と自分がお互いのプレゼントを持っているという事実には興味を惹(ひ)かれたようだ。
「たしかに。しかし、待ちなさい。単純に出席者の数から割り出した確率でこの現象を説明すると……。」
と何やら難しい顔で計算しようとしている。珊瑚は慌ててその思考を断ち切った。
「そ、そんなことより!私のプレゼント、あけてみてください!」
教師や男の子に渡っても大丈夫なようにと選んだプレゼントではあったが、元々は零一に似合うと思って目に留まったものだ。だがまさか本当に本人に当たるとは思ってもみなかったので、誕生日のこともあるし少し反応が怖い。しかし、零一は中身を見て微笑を見せると、珊瑚へと視線を向けた。
「海藤。正解だ。君の選択は完全に正しい。」
そうして、出てきたガラスの筆立てを手にとって光に透かし見ると、
「極めて合理的、且つ、洗練されたデザインだ。私の嗜好(しこう)とも完全に合致する。」
そう言って、丁寧に箱に戻すと二言三言話して去っていった。珊瑚は誕生日には受け取ってもらえなかったプレゼントが、こうしたイベントのついでとはいえ喜ばれて零一の手元に渡ったという事実に素直に喜んだ。
(よかった。気に入ってくれたみたい。)
「さぁちゃん、よかったねぇ。」
声にこそ出さないが珊瑚が本当に安堵(あんど)し嬉しそうなのを見て取って、誕生日の一件を知っている和奏も同じように嬉しく思い柔らかく微笑んだ。
こうして2002年のクリスマスパーティーが終わった。3年生であろう人達の中にはカップルでどこかへ消えていく仲睦(むつ)まじい姿も見えたが、出席者のほとんどは三々五々家路を辿(たど)っていく。そんな中、和奏と珊瑚も自宅へと歩き出した。
「……やっぱりみんな、ドレスアップしてたねぇー。」
話題に上るのはやはり服装のことだ。会場内ではさすがに口にできなかったことを改めて話し出す。
「先生達もいつもと違ってフォーマルなスーツ姿の人が多かったし。」
「男の子達がちゃんとスーツを着込んでたのにはびっくりしたよねぇ!」
「そうそう、あの鈴鹿でさえちゃんとスーツ着てたもんねぇ…。」
遠目に見えた和馬の姿を思い浮かべて珊瑚が嘆息する。和奏も相づちを打つと、他にも見かけた知り合いの姿を思い描く。
「みんなちゃんと自分らしさを損(そこ)なわない着こなしだったよね。」
「おっ?手芸部ならではの見解だね。」
「ん〜… そこまですごいことでもないんだけど、なんか納得しなかった?」
「まあね。三原もらしい格好だったし、守村のきちんとしたスーツも、姫条の着崩した感じもちゃんと似合っていたもんね。」
と、珊瑚もみんなの姿を思い描いてそう感想を述べる。2人ともお互いの想い人のことはあえて口にしなかった。
「須藤さんはやっぱり場慣れしている感じだったよね。」
「うんうん、堂々としてたし、挨拶(あいさつ)回りもそつなくこなしてたね。さすがお嬢様。」
「紺野さんの赤いドレスもステキだったなぁ…。」
「藤井ちゃんのチャイナドレスにはびっくりしたよね!すんごい似合ってたけどさ。」
「うんうん、結構スリット深かったよねぇ?」
「誰を悩殺するつもりなんだか… でも、藤井ちゃん、スタイル良いからなぁ…。」
だてにチアリーディング部にいるわけではない奈津実は、流行に敏感なだけでなく自身のスタイルや髪型、表情まで隅々に気を配っている。自分が一番可愛く見えるものがなんなのか、ちゃんとわかっているのだ。
「あのありりんでさえ、ドレスではなかったけれど、彼女らしいかっちりとしたスーツ姿だったもんね。」
「うんうん、カッコ良かったよ〜。有沢さん。」
そうして、和奏はコートの襟を合わせるとぽつりと呟(つぶや)いた。
「…さっきも言ったけど来年は絶対ドレスアップしてこようね。」
「うん、しっかりバイトで稼いでお小遣い貯めないとネ!」
「よし、頑張るぞ〜!!」
と、来年への決意を新たにしている2人であった。