はなやぎ

2学期の最終登校日。はばたき学園に通う全ての生徒へ、一通のクリスマスカードがクラス担任の手から渡された。この学園の理事長からのもので、中身は理事長宅で行われるクリスマスパーティーへの招待状だという。理事長である天之橋 一鶴という人物は、自分の学園に通っている生徒達との触れ合いをとても大切にしている、理事長としては一風変わった主義の持ち主である。今回のクリスマスパーティーもその一環で、高等部の生徒達は全員招待される習わしとなっているものだ。もちろん、参加は自由で必ず行かなければならない、という義務があるわけでもない。それでもその人柄に惹(ひ)かれ、毎年大勢の生徒達で賑(にぎ)わっているのがクリスマスイブの天之橋邸であった。
「すごいねぇ… パーティーだって。」
「やっぱ、ドレスとかいるのかなぁ?」
「えぇ〜!? そんなの予定外!晴れ着を買うために貯めてただけで精一杯だよ〜。」
学校帰りの話題はもちろんクリスマスパーティー一色だ。服装の話になった途端和奏が情けなさそうな表情で零(こぼ)した言葉に、珊瑚もため息一つで同意した。
「そんなの、私も一緒だよ。しかも、バーゲンの日でないと手が出ない、ギッリギリしか貯まってないんだから…。」
「はぁ〜… 今年はドレスは諦める?」
「仕方ないでしょ… ある分で少しでもマシなの着ていくしか。」
「んじゃ、やっぱアレ?」
「…しかないよね。」
ワードローブの中身はお互いほぼ完璧に知り尽くしている2人である。“アレ”というのはシルクドレス。中学時代に奮発して買っていたものだが、ドレスと名が付くもののそんな公のパーティーなどに着て行くには少しカジュアルすぎるのが否めない。
「んじゃ、せめてなにかアクセなりと着けないと。」
「うん、どうせ晴れ着を買いにバーゲンにも行かなきゃだし、その時に一緒に買いに行こう。」
「だね。んじゃ、23日に。」
「うん、バイバイ。」
2人とも、家に帰り着くなり貯まったお小遣いを確認したのは言うまでもない。

ライン

「ひゃぁ〜!! すごい人だねぇ…。」
「普段はココ、高くて手が出ないモンね…。」
約束の23日。開店時間に合わせてブティック・ジェスにやってきた2人だったが、想像以上の混雑ぶりに目を丸くして顔を見合わせた。みんなこの日を狙って待っていたようだ。
「なんたって、35%オフ、だもんね。」
「おっきぃよ、35%は。」
和奏も珊瑚も何よりも目当ての晴れ着売場へと直行した。明日のパーティーのせいか、ほとんどの客がドレス売場に集中しているおかげで、ここまでの人の多さに比べればそれほど混雑していない。
「あ、あれいいな♪」
「どれどれ?」
「ホラ、あそこの黒と赤と二色あるやつ。」
そう言いながら和奏が珊瑚を引っ張ってきたのは、色違いで正面の裾近くに猫の刺繍(ししゅう)が施されているものだった。和奏は早速黒い方を目に留めて、後ろ姿などをチェックしている。
「やっぱり黒なんだ?」
「ん? …うん、赤はちょっと、ね。可愛いんだけど。」
「晴れ着だとこのぐらい赤い方が逆に映えて可愛いよね♪」
「わたしが着ると可愛すぎちゃって、七五三になっちゃうけどね。」
「またまたそんなこと言ってー。」
どんなに勧めたところで和奏が赤を絶対買わないのはわかっていた。しかし、この赤は品があって本当にすごく可愛い。珊瑚は赤い方の晴れ着から目を離せないでいた。
「……コレって試着出来ます?着方、わからないんですけど…。」
和奏が早速店員を捕まえてきて交渉しているようだ。珊瑚も和奏の側に寄っていって一緒に話を聞いてみる。
「申し訳ございません、お客様。お着物は脱ぎ着が大変な上、汚れやすいものですからご試着はご遠慮頂いております。」
「そうなんですか…。」
「鏡をお持ちしますので、お顔写りだけでも拝見されますか?」
「あ、じゃぁ、そうさせてください。」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ。」
洗練された店員の態度にちょっとほっとしながら待っていると、程なくして全身が映る大きな鏡と何故か踏み台を一つ持って戻ってきた。和奏も珊瑚も首を傾(かし)げていると、晴れ着を着せたマネキンの後ろにその踏み台を置いて鏡を前にセッティングする。
「このマネキン、首がございませんから、踏み台に乗って正面を向いて頂ければ雰囲気がおわかりになりますよ。」
にこやかにそう勧めてくれる有り難い店員の申し出に、和奏は踏み台に乗って晴れ着の襟元から顔を出してみた。
「あ、いい感じ!!」
「ホント、試着ほどじゃないけど、これだと分かりやすいね。」
背が低い分、踏み台だけでは足らずに少し背伸びをしながらではあったが、充分に顔写りを確認することが出来た。和奏は手の格好までマネキンに合わせてみて細かくチェックしている。それを見るとはなしに見ていた珊瑚に、先ほどの店員が遠慮がちに声をかけた。
「そちらのお客様もお気に召したものがございましたら、おっしゃってくださいね。」
「あ、いいんですか?じゃあ、あの赤い方をお願いしたいんですけど…。」
「かしこまりました。」
和奏が納得いくまで確認した後、珊瑚も同じように確認させてもらい、結局2人ともその晴れ着を購入したのだった。

ひとまず目当ての物が買えたのでほっとして店を後にする。ドレスのことも気になったのだが、あまりの人の多さに一旦外へと出てきたのだ。
「わぁちゃん、残りいくら?」
「んっと… 27リッチ…。」
「似たようなもんだね。私は20リッチ。これじゃ、とてもじゃないけど、ドレスは無理だよね。」
「そだねぇ。諦めてアクセ探しに行く?確かこないだ公園通りに新しい雑貨屋さんがオープンしてたと思うんだけど。」
と、ショッピングモール内の噴水広場で休憩しているところだった。ふと、視線を上げた先に見慣れたリムジンが音もなく滑り込んで停まったのだ。
(あ、あのリムジンは……。)
と、和奏が思う間もなく、中から瑞希が降りてきて2人の側までやってきた。
「Bon jour -ごきげんよう- 如月さん、海藤さん!お2人揃ってお買い物?」
「あ、うん。そうだけど。須藤さんは?」
愛想良く和奏がそう応えると、瑞希も機嫌良く返してきた。
「ミズキ?フレンチレストランのオープンパーティーに招待されてるの……。」
言われてみれば、いつもよりも少しおしゃれをしている感じだ。薄化粧も施しているかもしれない。
「忙しいからお断りしようと思ったんだけど、ミズキが来ないとオープンできないって言うでしょ?」
「へぇ〜…… 大変だねぇ。」
「でも、おいしいものが食べられるなら、いいじゃない?」
「そう?じゃあ、代わりに海藤さんに出席してもらおうかしら……。」
「わ、私が!?」
めんどくさそうにな瑞希の様子に食べ物につられて口を挟んだ珊瑚だったが、あっさりと代理を口にされるとさすがに狼狽(うろた)えてしまう。それを目に留めて珊瑚の服装を上から下まで見ると、瑞希は首を振って視線を逸(そ)らしながら口を開いた。
「……やっぱり無理ね。今日はごく上流の人たちの集まりだから……。」
「……悪かったわね。お役に立てなくて。」
「気にしないで。」
ちょっと気分を悪くしながら口を開いた珊瑚に対し、さして悪気のあった風でもない瑞希は軽く応える。和奏がその場を取り繕うように口を開いた。
「でもせっかくなんだもの、楽しんできてね。」
「それじゃ、Excusez moi -しつれい- 如月さん、海藤さん。」
優雅に微笑んで手を振ると、瑞希はまたリムジンに乗り込んで去っていった。和奏と珊瑚は顔を見合わせて首を竦(すく)める。
「……須藤さん、わざわざそれを言うために?」
「……みたいだね。らしいっちゃらしいけど。」
それから2人は考えた末、公園通りへと場所を移した。

公園通りのはばたき銀座入口にあるコインロッカーに晴れ着の入っている袋を預けて身軽になると、2人は先月オープンしたばかりの雑貨屋・月風堂へとやってきた。パーティーとはいえ、肩がむき出しになるシルクドレス一枚では見た目にも少し寒いので、マフラーかショールを購入しようと思ったのだ。
「確かね、ショールがいくつかあったはずなんだ。」
「ホント?可愛いのがあるといいなぁ…。」
「いらっしゃいませ。」
店員の落ち着いた声に迎えられ、2人して合いそうな物を探して奥へと進む。
「あ、このショール良い感じ♪色合いも似てるよ。」
「あ、ホントだね。ぴったりかも。」
和奏が紫のパシュミナショールを見つけて羽織ってみせる。珊瑚もうんうんと頷(うなず)いて見せ、自分の分も探し出す。
「……黒はないんだね。」
「あ〜… そだねぇ。あ、でも、あのファーショールならいいんじゃない?」
「そうだね、逆にこの白がポイントになって雰囲気出るかな?」
散々迷った末、それぞれに見付けたショールを購入した。そうして、軽くなった財布の代わりに戦利品である大きな紙袋を抱えた2人の姿は、明日のパーティーへの期待にどことなく軽い足取りであった。

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