いよいよテストの結果発表の日 ── 珊瑚はドキドキしながら自分の名前を探していた。和奏も隣でぴょんぴょん跳びながらなんとか掲示を見ようとしていた。が、しばらくして諦(あきら)めたのか珊瑚に視線を向けた。
「さぁちゃん、見える?」
「ちょっと待って… まだ探し中…。」
手応(てごた)えがあったとは言え、1学期末のことを忘れたわけではない。珊瑚は謙遜(けんそん)からではなく、上位に食い込むことは難しいだろうと踏んで下位の方から見ていた。と、
「海藤。」
「あ、氷室先生。」
和奏の声に振り返ると、零一が微かな笑みを見せて立っていた。珊瑚はやはり1学期末の出来事を思い出して僅(わず)かに緊張した。
「氷室先生…。」
「氷室学級の生徒として、自覚が出てきたようだな。しかし、ここからが勝負だ。油断せず、寸暇を惜しんで学業に励むように。」
「え…?」
言われたことが理解できず、ぽかんとする珊瑚に焦(じ)れたように零一が眉(まゆ)を寄せる。
「自分の順位がわかっていないのか?」
「あ、はい… まだ見つけられなくて…。」
「46位だ。」
「え…… ウソ。」
「嘘(うそ)ではない、ちゃんと確認しなさい。」
零一に言われて、今まで避けていた上位組へ目を移すと、上位組ぎりぎりのところに珊瑚の名前があった。
「ほ… ホントだ…。」
「努力を惜しむな。更なる高みを目指せ。目標は1位だ!」
珊瑚の笑みに満足したように頷(うなず)くと、零一はそう発破を掛けて去っていった。
「さぁちゃん、すごいじゃない!!」
和奏が嬉しそうにそう言って肩を叩(たた)いてくれる。珊瑚はやっと実感が湧(わ)いてきて満面の笑みになった。
「わぁちゃん、やったよ!快挙だ快挙!」
(よーし…… がんばろう!!)
と拳を握りしめたところで、和奏がつんつんと袖(そで)を引っ張った。
「で、わたしの順位は?」
「あ、ごめんごめん!えーっとね…。」
と珊瑚が確認するまでもなく、横から声が聞こえた。
「如月。」
「あ、葉月くん。」
「期末、1位だな。」
「え…?」
「わ、わぁちゃんの名前、トップにあるよ!葉月と並んで!」
珊瑚が和奏の腕を揺さぶりながら掲示を指さす。和奏自身も1位になっているとは思ってなかったので、見ていなかったのだ。トップならいくら背が低くてもしっかり見える。珪の次に並んでいる自分の名前を見て、和奏は呆然(ぼうぜん)となった。
「期末テストで、1位になっちゃった…。」
「ああ、がんばってたもんな。如月。」
珪が穏やかな瞳でそういうと和奏は呆然(ぼうぜん)としたまま呟(つぶや)いた。
「うん……。1位なんて、なんか信じられない……。」
「そうか?あんなコト言ってたくせに。」
「あ、あれは!だって…。」
「すごいよ、わぁちゃん!学年トップ!」
自分のことのように喜んでくれている珊瑚の横で、和奏もようやく実感が湧(わ)いてきた。
(勉強がんばってきてよかった……。)
結果、珪と和奏が同点で1位、志穂が5位、桜弥が10位、珊瑚が46位、色が105位、珠美が135位、瑞希が152位、奈津実が174位、まどかが236位、和馬が248位となっていた。奈津実が1科目、まどかと和馬は相変わらず3科目以上の赤点なので補修組だ。
「信じられない!和奏って頭もいいんだもん!」
英語の補修が決定した奈津実がぶうたれている。ギリギリで赤点だったことが悔しかったようだ。
「やったわね、如月さん。念願の1位……。」
今日は珍しく志穂も一緒に下校していた。才女と評判の志穂にそうやって褒められると和奏も悪い気はしない。
「ありがとう。」
「ちょっとくやしいけど、この次は必ず追い抜いてみせるから。がんばりましょう、お互い。」
「うん!負けないからね!」
そうして志穂は珊瑚に視線を向けると微笑んだ。
「健闘したほうじゃない?海藤さん。」
「ありりん… ありがとう。」
「でも、安心しちゃダメよ。ここからが本当の実力勝負。」
「うん、頑張るよ!」
3人でそう言い合っているとまた奈津実がぶうたれた。
「もしもーし!アタシをほったらかしにしないでよね!」
そう言った後、分かれ道に差し掛かった奈津実はため息をつきながら呟(つぶや)いた。
「ハァ…… 偉くなっても、アタシのこと忘れないでね。3人とも。」
「何言ってるのよ。それじゃあ。」
志穂が呆(あき)れたと言わんばかりの表情でそう言うと、軽く手を振って歩いていった。珊瑚と和奏も苦笑しながら同意する。
「アハハ、大丈夫、大丈夫!」
「藤井さんがいないとつまらないもの。忘れるコトなんてないよぉ。」
「絶対だからね!んじゃ、バイバイ!」
機嫌を直した奈津実が明るく手を振りながら志穂の後を追って走っていく。それをなんとなく見送った珊瑚と和奏は顔を見合わせると、自分達の帰り道へときびすを返した。
「色々考えたんだけどさ、結局大好物のミルクレープを作ってプレゼントするのが一番良くない?」
テスト明けの日曜日、和奏の家に奈津実の誕生日プレゼントの打ち合わせに来ていた珊瑚が開口一番そう言った。
「うん、わたしもそう思ってた。流行モノで藤井さんに敵(かな)うわけ、ないもんね。」
「で、しょう?」
そう言ってパラパラと持ってきていた雑誌をめくっていた珊瑚が身を乗り出した。
「だから、ミルクレープ!今日試しに作ってみない?」
「うん、いいけど… 作り方、わかる?」
「もっちろん♪ほら!」
意味なく雑誌を持ってきたのではなかったのだ。ちゃんとミルクレープの作り方が載っている雑誌なのである。珊瑚がそのページを開いてみせると、和奏は覗(のぞ)き込んで材料を確認した。
「牛乳、砂糖、コーンスターチ、卵黄、ビターチョコ、ブランデー、バター、卵、薄力粉、ココアパウダー…。」
と、分量を見て眉(まゆ)を寄せる。
「これってかなり多くない?」
「しょうがないじゃない!これしか見つかんなかったんだから!」
直径20cmホール大のミルクレープだ。みんなで取り分けて食べるならともかく、練習段階で作るにはいささか大きい気がする。とりあえず、材料は如月家のキッチンにあったので、2人で作ってみることになった。
そして、奈津実の誕生日当日。お昼休みにみんなで昼食を摂(と)りながらの誕生祝いとなった。和奏達と同じく誕生日プレゼントが思いつかなかった珠美が、前日に全員分のお弁当を作って持ってくると言い出したので、それぞれ自分たちが用意した誕生日プレゼントだけを持って、いつもの木陰に集まっていた。
「タマちゃん、相変わらずマメだねぇー。」
次々と並べられる料理の数々に珊瑚は感嘆の声を出した。珠美は照れながら言い訳をする。
「奈津実ちゃん、好きなモノがたくさんあるから、一つに決められなくて…。」
「珠美、サンキュー♪アタシの好物ばっかじゃん♪」
現れる食べ物全部が好物だとわかった奈津実は上機嫌だ。志穂からのプレゼントは渋い万年筆だった。
「志穂もセンスいいよね。この万年筆、書きやすい〜。」
「貴方に参考書を渡しても焼け石に水、でしょ。」
「いや〜、さすが志穂。わかってるねぇ!」
ばんばんと志穂の肩を叩(たた)きながら奈津実が笑っている。志穂もやれやれという表情をしながらも、笑顔が崩れることはなかった。そして、珊瑚と和奏が最後にミルクレープを渡すと、奈津実の表情が一層輝いた。
「きゃ〜!! ミルクレープ!!」
「2人で作ったんだよ。」
「私たちはいらないからみんなで分けて食べて。」
実は和奏と珊瑚は日曜日に試しに作ったミルクレープに辟易(へきえき)していた。上手く出来たのはいいのだが、やはり大きすぎて2人でなんとか食べきったが胸焼けを起こしそうだったのだ。もう見たくもない… と思ったりもしたのだが、本番の今日、作らなければ意味がないので頑張って作ったのだ。
「へ?アンタたち、いらないの?」
「うん… 練習している間に食べ過ぎちゃって…。」
「藤井ちゃんには申し訳ないけど、見たくもない感じなの、今はまだ。」
「じゃ、遠慮無く頂くね〜♪」
そんな様子を見ていた瑞希が少し怒ったような表情で口を挟んだ。
「どうしてミズキのお誕生日にはこんなことしてくれなかったのよ!」
その言葉に呆(あき)れ顔で奈津実が答える。
「だって、だ〜れもアンタの誕生日、知らないじゃん。」
「知らなければ祝いたくても祝えないわよね。」
思わぬ志穂の援護射撃に奈津実がちょっと嬉しそうに笑った。それを聞いた瑞希が拍子抜けしたように口を開く。
「そんなの誰も聞かなかったじゃない。」
「こういうのはね、宣伝しとくの、宣伝。」
「宣伝、というのとはちょっと違うと思うけど。」
「大体アンタ、いつもお家で豪華な誕生パーティーを開くんだって言ってるじゃん?それなのに、誰も呼ばれたことないんだもん。」
奈津実のその言葉に瑞希は腕を組んで少し考えると口を開いた。
「わかったわ。来年のミズキのお誕生日には貴方達全員を招待するわ!ちゃんとプレゼント用意して持ってくるのよ!?」
「その前に、アンタ自身もみんなにプレゼントしなさいよね。アタシの分はまぁ、いいけどさ。」
「わかったわよ!みんなのお誕生日ちゃんと教えて。」
執事にみんなの誕生日をメモさせる瑞希を見ながら、奈津実がこそっと囁(ささや)いた。
「お嬢もこれでまた一歩みんなに近づけたよね?」
そう。今日の奈津実の誕生祝いは瑞希に友達の誕生日を祝う、ということを教えるためのものでもあったのだ。豪華なパーティーを催して表面的な祝いをするのではなくて、稚拙でも心のこもった祝いをもらえることのありがたさがわかればそれでいい。奈津実は奈津実なりに瑞希のことを考えているのだった。
「日にちはずれるけれど、藤井さんにもちゃんとプレゼントは用意するわ。楽しみにしてて。」
「え?マジ?いつでもオッケー、楽しみにしてる♪」
いつになく素直に返した奈津実に気をよくしたのか、瑞希は笑みを見せると友達を祝う誕生日というものを初めて経験したのだった。
後日、瑞希から奈津実にプレゼントされたのは豪華な、だけど奈津実に似合いのハンカチだった。奈津実は瑞希が一生懸命選んでくれたのがよくわかったので、その日からそのハンカチをしばしば手にしている姿が見かけられた。