小 春

12月に入ると2学期末テストの直前に入ると言うことで1学期同様、各部活動はテスト休みに入った。1学期末の結果があるので、珊瑚も今度は真面目に部活を休み、和奏と共に勉強に励んでいる毎日だ。夏休みの間に和奏から教えてもらっていたおかげで2学期の授業で困ることは少なかったが、それでもやはりあの惨憺(さんたん)たる結果はかなり堪(こた)えていて不安で仕方がなかった。
「ねね?わぁちゃん、ここなんだけどさー。」
今日は珊瑚の家で生物の復習をしている。メンデルの法則が珊瑚にはどうにもややこしく感じられて、簡単なところで間違えてしまうのだ。
「ここはね…。」
生物の先生は小柄ながらはきはきとテンポよく授業をしてくれるので居眠りをすることなどまずない科目なのではあるが、なぜか珊瑚には苦手な科目の一つになっていた。こういうところに1学期の影響が出ているのかもしれない。和奏の丁寧な解説に耳を傾けながら、何度目かの後悔をしている珊瑚だ。

翌日。たまには息抜きをしようとの和奏の提案だったが、珊瑚はその誘いを断り1人校舎を出てきた。和奏の気持ちは有り難いが、少しでも勉強しておかないと居ても立ってもいられないのだ。そんな自分の余裕の無さに心の中でため息をついていると、ふと誰かが通り過ぎていくのに意識が向いた。
(あ…。)
「氷室先生!」
頭の中で誰かと思う前に言葉が先に出ていた。さして驚いた風もなく、零一が振り返って珊瑚の姿を認める。
「海藤。どうした。今帰りか?」
「はい。一緒に帰りませんか?」
先ほど和奏に断ったばかりのくせに… と思いながらも、声をかけずにはいられなかった。零一と話をしていれば焦りも少しは紛れるかもしれない、と考えたのだ。
「問題ない。君の家は私の帰路にある。来なさい。」
「ありがとうございます!」
少しの間、珊瑚の表情を伺っていた零一だったが、何かを察したのかそう声をかけると愛車へと珊瑚を導いた。
(これも息抜き息抜き。わぁちゃん、ごめんね。)
零一の車に乗り込んで見るともなしに窓の外を見ていると、あまりに静かな珊瑚の様子が気になったのか珍しく零一の方から声を掛けてきた。
「期末テストが近い。準備は怠っていないだろうな?」
いかにも零一らしい言葉だ。珊瑚は苦笑しながらも不安な気持ちを隠しきれずについ甘えて曖昧(あいまい)な返答をしてしまった。
「えーと…、まあ……。」
「“まあ”?」
案の定、零一の眉間に皺(しわ)が寄る。
(!そ、そうだ!ヒムロッチが甘えを許すわけないじゃないっ!私ってば…!)
はっとして珊瑚が慌てて手を振りながら愛想笑いさえ浮かべて、
「い、いえ!バッチリです。」
と答えると、零一の表情が戻って
「よろしい。」
と頷(うなず)いた。珊瑚は余計にプレッシャーがかかってしまったと、内心頭を抱え込んだ。

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そうして珊瑚の不安は拭(ぬぐ)えないまま期末テストが始まった。今回は初っ端(しょっぱな)から数学である。恐る恐る問題用紙を読んでいくうちに、珊瑚の表情が驚きに変わっていった。
(わ、わかる!この問題、わかった!)
それからは1学期末の時が嘘(うそ)だったようにすらすらと問題を解くことが出来た。全問目を通したところで自信がないなと思ったのは数えるほどである。
(わぁちゃん、ホントにありがとう!今回はなんとかなりそうだよ!)
思わず小さく拳を握って笑みを浮かべると、まだ時間もあるので自信のないところを落ち着いて考えるべく、珊瑚は問題に没頭していった。

「わぁちゃーん!」
教室から出たところで和奏の背中を見つけた珊瑚は、すかさず声をかけて側に駆け寄った。和奏は振り返ると珊瑚のその表情から、今日のテストが上手くいったのだと察せられたが一応、声を掛けた。
「さぁちゃん、どうだった?」
「もうね、バッチリ!」
Vサインさえしながら満面の笑みで珊瑚が答える。和奏も両手をぽんっと合わせてほっとした笑みを見せた。
「ホントぉ!?よかったねぇ。」
「うん、わぁちゃんのおかげだよー、ありがとねー♪」
(ほお)ずりしそうな勢いで和奏に抱きつく珊瑚。和奏は苦笑しながら首を横に振った。
「違うよぉ。さぁちゃんは、やれば出来るんだから。」
「ん、でも、やっぱり1学期の分は自力ではどうにもならなかったと思うんだ。ホントに感謝してるよー。」
「どう致しまして。」
ここまで珊瑚が言うからにはホントに1学期の分は大変だったのだろう。あまり謙遜(けんそん)しすぎるのもどうかと思って和奏は素直に珊瑚の礼を受けた。そして、
「んじゃ、今日は付き合ってくれるよね?」
と右手の人差し指を立てて首を傾(かし)げて見せれば、
「え?何?」
ときょとんとした表情をする珊瑚にくすくす笑いながら和奏は言葉を続けた。
「もうすぐ藤井さんのお誕生日でしょ?プレゼント、買いに行こうよ。」
「あぁ、ホントだ!すっかり…。」
焦った表情で右手を開いて口に当てた珊瑚に、和奏は人差し指を振りながら悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべて後を引き継いだ。
「忘れてた、なんて言ったら藤井さんに怒られるぞ〜。」
「ひゃー!今のはなしなし!い、行こう!」
慌てて周りを見渡し奈津実の姿がないことに安堵(あんど)すると、珊瑚は和奏の腕を引っ張って慌てて校舎を出たのだった。

「んー、藤井ちゃんの好みのモノって選ぶの難しいね…。」
流行物が大好きな奈津実のことなので、逆にそういったものはもう手元に持っている可能性が高い。あちこちの店を覗(のぞ)いた後、 結局何も買わずに2人は家路を辿(たど)っていた。
「そうだねぇ… こんなに手こずるとは思ってなかったよ。」
和奏も苦笑しながら同意する。何かヒントはないものかと、今まで奈津実と話したことをあれこれ思い浮かべながら結局この日は結論の出ないままに終わってしまったのだった。

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