輪 舞 -3-

零一の課外授業だから時間が遅れることはないとわかっていたのだが、やはり心配で和奏は約束の時間より15分も早くバス停にやってきた。課外授業中はさすがに珊瑚も電話をすることは出来ないだろうし、途中経過はわかりようがないのである。バス停にはばたき学園の制服を着た集団がないのを念入りに確かめてから、和奏はほっと一息ついた。
「よかった… やっぱりちゃんと時間通りに出発したみたいね。」
とりあえずはこれで帰りまで鉢合わせをすることはない。後は珊瑚から課外授業が終了した際に連絡をもらうのを待つばかりである。それもどんなに早く切り上げたとしても夕方にはなるので、それまでは無理矢理頭の中から追い出して、ちゃんとデートを楽しもうと思っている。
(だって、つまんないこと気にしすぎて、台無しにしたくないもんね。)
時計を確かめるとまだ約束の時間まで5分ある。お弁当を詰めた鞄のポケットから小さな手鏡を取り出すと、髪の毛が乱れていないのをチェックしてから珪が来るであろう方向に視線を向けた。
(今日は葉月くん、時間通り来るかな?)
と、珪らしき姿がゆっくり歩いてくるのが見えた。和奏は自然と綻(ほころ)ぶ顔を慌ててきゅっと押さえて軽い笑みに変えた。
「悪い。俺…… 遅れた。」
「大丈夫。わたし、早めに来ちゃっただけだから。」
「そうか…… よかった。」
軽く笑んでいる珪に和奏も笑みを向け、ちょうど来たはばたき山行きのバスに乗り込むとほっと息を付いたのだった。

「キレイに染まってるな。ほら、行くぞ。」
バスを降りた途端、誰もが真っ赤な山肌に目を奪われていた。珪も目を細めてその姿を見ると、和奏を促して歩き出した。
「あ、待って!」
和奏は慌ててお弁当の入った鞄を持ち直すと後に続く。少し先を歩いていた珪に追いつくと、改めて周りの景色に目を遣(や)った。
「ね?どこまで行くの?」
「……人が少なくて、昼寝が出来るところ。」
相変わらずな珪の言葉にくすくすと笑いながら和奏は続ける。
「この時期に、そんないい場所があるの?」
「ああ… 楽しみにしていろ。」
珪には宛(あて)があるようなので、安心して風景を楽しみながら和奏は着いていくことにした。特に会話がないのはいつものことだ。初めのうちは何か話さねばと一生懸命考えていた和奏だったが、最近はそういった間(ま)も気にせず楽しめるようになっていた。しばらくして珪は、自分たちと同じように紅葉狩りに来た人とは別の方向に歩き出した。和奏も気にせずその後を着いていく。ほどなくして、ぽっかりと開けた日溜まりの小さな場所に出てきた。
(さっすが葉月くん。こういった場所はよく見つけてあるな。)
そう感心しながら鞄の中からレジャーシートを取り出すと、珪が黙ってそれを受け取りおもむろに広げ早速そこに寝ころんだ。
「すっかり紅葉したな……。」
ひとまずお弁当は横へ置いて、他に人もいないので和奏も同じように寝ころんでみる。と、紅葉の真ん中だけぽっかりと真っ青な丸い空が覗(のぞ)いているように見えた。その色のコントラストに感嘆のため息をつきながら、和奏は周囲の木々をぐるりと見渡して、また真上の空に視線を戻した。
「木々が色取りどりできれいね。空の青さとの比較がすごく良い感じ。」
「あぁ…。」
「でも、もう来週には散り始めるんだろうね。紅葉と桜は早いから。」
そう言った側からはらりと一枚真っ赤に色づいた楓の葉が落ちてきた。珪はそれを手にとって日に翳(かざ)してみながらぽつりと呟(つぶや)いた。
「散っていくのが惜しいな…… 最後の一枚が散るまで、こうして見てたくなる。」
「うん。でも、まずは腹ごしらえ、しよう!おなか空いちゃった。」
和奏がそう言って起きあがると、珪もくすっと笑ってから同意し、持っていた楓を空に放った。

ライン

「では、ここで解散する。寄り道せず、各自まっすぐ帰宅するように。」
今日の課外授業では珊瑚の提案が取り入れられ、サルの仲間を観察してレポートを纏(まと)めることになった。掲示の説明を読んだり飼育員の人に話を聞いたり、写生をしたりしてそれぞれにレポートの材料を集めていたようだ。珊瑚も何人か飼育員の人を捕まえて色々聞いてみたものの、今一つレポートには足りない部分もあり、解散後も残って零一にいくつか質問をしていた。だが、実は目的はそれだけではない。
(……まだみんな帰らないなぁ…。結構残って質問してるコっているもんだね。)
他の生徒達の質問にも耳を傾けているフリをしながら、生徒達全員が帰っていくのを待っているのだ。でないと、和奏に連絡が出来ない。今日は一番最後に帰るつもりで腰を落ち着けてある程度レポートを纏(まと)めている珊瑚だった。
「海藤。まだ何かわからないところでもあったのか?」
少しの間、レポートに没頭していたらしい。零一にそう声を掛けられてはっとして辺りを見渡すと、もう零一以外誰も課外授業に参加した者は残っていなかった。珊瑚は少しほっとして、零一に笑みを向ける。
「いえ… 帰ってからでは忘れそうだったところを書き留めていただけですから。」
「…そうか。だが、そろそろ暗くなってくる。早く帰宅しなさい。」
「はい。今日もありがとうございました。」
ぺこりと頭を下げると珊瑚はバス停を後にした。しばらく歩いて、バス停から見えないところまで来ると急いで携帯を取り出し、和奏に連絡をする。すぐに和奏が電話に出た。
「もしもし?さぁちゃん?」
「うん。遅くなってゴメンね。今バス停。ヒムロッチ以外は全員帰ったからもう大丈夫だよ。」
「ホント?わざわざゴメンね。さぁちゃんに変なこと頼んじゃって。」
「いいっていいって。まだ一緒なんでしょ?葉月と。」
「うん。」
「これから帰るんだからきっとバス停に着く頃には暗くなるよ。ちゃんと送ってもらいなね?」
「うん。ありがとう、さぁちゃん。」
「それじゃ。」
電話を切ってやっと安心すると、珊瑚は家への道のりを急いだ。

近所の公園まで帰ってきたところで、珊瑚はぼんやりとベンチに腰掛けている色を見かけた。そのまま通り過ぎようかと思ったのだが、なんだかいつもとちょっと違う雰囲気が気になって声を掛けてみることにした。
「色?どうしたの?」
「ん…?あぁ、海藤くん。いたね。」
微笑を見せるもののやはりどこか浮かない表情をしている。あまり人前で憂い顔を見せない色だけにさすがに心配になって顔を覗(のぞ)き込んでみる。
「顔色は… 悪くないみたいだね。」
「うん。ボクはどこも悪くない。ただ…。」
「ただ?」
「うぅん、いいんだ。」
そういうと何かを吹っ切ったようにいつもの色の表情に戻った。納得がいかないながらも、珊瑚もそれ以上追求することはせずに色から少し離れた。
「そうだ。海藤くん。」
「なに?」
「キミは確か、如月くんと仲が良かったよね?」
「え…?うん、そうだけど。」
どうしてここで急に和奏の名前が出てくるのか不思議に思いながらも、珊瑚がそう肯定すると色は嬉しそうにこういった。
「じゃぁ、須藤くんとも仲良しだね?」
「へ?須藤さん…?んっと…多分。」
「多分?」
首を捻(ひね)る色に珊瑚は和奏ほどは仲良くないんだと言うことを詳しく話して聞かせると、少し残念そうな表情になった。
「…そう。やっぱり如月くんじゃないとダメなのか。」
「なにが?」
「いや、いいんだ。ありがとう、海藤くん。」
「はぁ… どういたしまして。」
そう言って片手を上げると色は公園を後にした。クエスチョンマークをいっぱい浮かべながらも、色の言葉がとりとめもないのはいつものことと珊瑚も帰路に就いた。

その頃、ようやくバス停に到着した和奏と珪は辺りの人影がまばらなのにどちらともなくほっとしていた。珊瑚からの電話では零一がまだ残っていたらしいが、最後の生徒であった珊瑚が帰ったことを確認した後に帰っていったのだろう。
「葉月くん、今日はありがとう。」
「あぁ… 弁当、サンキュ。」
「うふふ、どういたしまして。すっかりカイワレくんも食べれるようになったね。」
「あぁ… お前のおかげだ。」
そう。和奏のお弁当にはあれから必ずカイワレが入るようになっていた。珪が顔をしかめつつも一生懸命食べてくれるので、なんとなく嬉しかったのだ。そうしているうちに珪の方も慣れたのか特に表情を変えることもなくカイワレを口に運ぶようになっていた。
「カイワレくんもきっと喜んでるよ♪」
そんなことを言いながらこちらも無事、家まで送ってもらったのだった。

end.

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