音 信 -3-

いざ勝負!と意気込んで商店街へとやってきた珊瑚だったが、その帰りの足取りは重くとぼとぼとしたものだった。もうすぐ誕生日である零一に何かプレゼントを、と思ったのだが何も良いものがなかったのだ。いや、正確に言えば似合いそうなモノはいくつかあったのだが、かなり値段も高くそんなものを零一が喜んで受け取るとは到底思えない。
「結局、何か勉強した成果を見せる方がいいんだろうなぁ… せっかくの誕生日なのに味気ないけど。」
はぁー、と一つため息を吐(つ)くと、文房具店に入り新しいノートを購入した珊瑚だった。

「氷室先生!」
文化祭の準備の様子を見に来た零一を見つけると、珊瑚は売り子の輪から抜け出して零一を呼び止めた。
「海藤。どうした。」
「あの、これ。プレゼントです!!」
と昨日買った新しいノートにびっしり書き込んだ宿題を手渡そうとしたのだが…。
「生徒からの贈答品は、受け取りかねる。」
そう言って、中身を見ようともしない。半分はわかっていた結果だったので、落胆しながらも差し出していたノートを胸元に抱きしめた。
「そうですか……。」
「以上だ。」
これ以上は用がないと判断した零一は、そのまま職員室へと戻っていった。その歩みに一切の迷いはない。
(受け取ってもらえなかった……。中ぐらい見てくれてもいいのに。)
わかっていたとはいえ、やっぱり少し辛いものがある。ぱらぱらとノートを広げて昨日の成果を見た後自席に戻ると、そのまま鞄に入れ込んだ。
「海藤さーん!」
「あ、はーい!今行くー!」
そう言えばまだ売り子のエプロンのデザイン決めの途中だった、と思い出した珊瑚は慌てて笑顔を貼り付けると今の一幕は頭の外へと追い出すべく、輪の中へ戻っていった。

迷った結果、珊瑚は和奏に電話をかけた。帰りに捕まれば… と思ったのだが、和奏の方も部活の追い込みにかかっているようで会えなかったのだ。今日が零一の誕生日だと知っていた和奏は、きっと待っていてくれたのだろう。2コール目ですぐに出た。
「さぁちゃん?どうだった?」
「うん… それがね… 受け取ってもらうどころか中を見てさえもくれなかったよ…。」
「氷室先生、ひど〜い!」
和奏が本気で怒ってくれている。それだけでも少し心が慰められた珊瑚は、口に出せなかった気持ちを吐き出した。
「昨日、結構頑張ったんだけどな…。」
「そうだよね。もうちょっと人の心がわかる人だと思ってたのに!」
「うん…でもほら、やっぱ先生だし、人並み以上に常識人なんだもの。仕方ないよ。」
「でもでも!」
「ま、半分は予想通り、だったワケだしね。」
そう口にしてみたところで辛い気持ちに変わりはない。電話で見えないのをいいことに、少しだけ涙を零(こぼ)した。そんなこともきっと和奏にはお見通しなのだろうが。少しの沈黙の後、一つ頷(うなず)いた気配があって和奏のいやにきっぱりとした声が宣言した。
「こうなったら2学期末に快挙を見せてやろう!」
「…?快挙?」
的を射ない宣言に珊瑚が鸚鵡(おうむ)返しにそう口にすると、和奏が再び電話の向こうで頷(うなず)いた。
「そ!1位を取るの!」
「そ、それはさすがに無理だよー。」
「そうかなぁ?さぁちゃんなら死にものぐるいで勉強すればなんとかなると思うんだけど?」
あまりにも突拍子もない和奏の言葉に、落ち込んでいた珊瑚もさすがに呆気(あっけ)にとられて苦笑した。
「わぁちゃん、買いかぶりすぎー。ありりんだって、守村だって、あの葉月だっているんだよ?」
「ん〜、でも…。」
「それに何より、わぁちゃんが目の前にいるんじゃないさ。」
なんだか吹っ切れた珊瑚がからからと笑いながらそう付け足すと、和奏はびっくりした声で返事をした。
「わたしなんて、さぁちゃんが本気になれば足下にも及ばないよ〜。」
「またまた、そんな謙遜しちゃって… でも、いいかもしれない。」
和奏の意図がわかってきた珊瑚は、少し笑うと決心をした。
「へ?」
「1位は無理でも50位以内なら頑張ればなんとかなるんじゃないかな…。」
いつもの強気なセリフが出てきた珊瑚に和奏も安心した様子で頷(うなず)いた。
「50位以内なら楽勝だよ!一緒にガンバロ?」
「そだね。見てろー、ヒムロッチ!」
そう言いながら、やっぱり和奏に電話して良かったと感謝する珊瑚だった。

ライン

文化祭の前日ということもあって、久しぶりに6人揃(そろ)って中庭でお弁当を広げていた。どこのクラスももうほぼ飾り付けは終わり、文化部共々残すは最終チェックだけになっていた。
「それにしても、文化部はご苦労様だよネー。」
奈津実が箸を口に銜(くわ)えたままウンウンと頷(うなず)いている。
「クラスとクラブと両方の準備でしょ?アタシには絶対ムリ!」
「そんなことないよー。クラブの方は夏休みから準備してるんだし。」
「そうそう。なんとかなるもんだよ。」
珊瑚と和奏が代わる代わるそう言って苦笑する。そう、この6人の中で文化部に所属しているのは珊瑚と和奏の2人だけなのだ。さすがの志穂も、文化祭のこの時期だけは予備校をも休んでクラスの準備に参加していた。
「でも、海藤さん。貴方は売り子のまとめ役もしてたでしょ?」
「あぁー、まぁね。ああいうの得意なんだ。だから苦でもないよ。」
「そう。貴方らしいわね。」
穏やかな笑みを浮かべて志穂がそう言う。珊瑚にしてみれば、逆に部活の合間の息抜き代わりになってよかったぐらいなのだ。だから謙遜でなく、本心からそう言ったのだが…。
「珊瑚ちゃん、すごいんだね。」
等と珠美が驚いたように言うものだから少し照れた。それをくすくす笑って見ていた和奏だったが、急に瑞希が和奏の手を取って言った。
「海藤さんだけでなく、如月さんも頑張ってたのよ?ミズキと一緒に!」
「す、須藤さん…。」
どこまでも負けず嫌いな瑞希だ。そんなことにまで自分の方が優位だとでも言いたげなその様子に、苦笑しながら奈津実が同意する。
「そりゃそうだ。和奏も文化部だもんね。ファッションショーやるんだって?」
「うん、そう。ファッションショーって言ってもそんなにすごいものじゃないけどね。」
「わぁー、楽しみー。」
またまた珠美が瞳を輝かせてほわわんとそう言う。瑞希がまた口を挟んだ。
「如月さんのお衣装、素敵なのよ。ミズキはもう見せて頂いたんだから。」
「わぁー、いいなぁー…。」
素直に羨(うらや)ましがる珠美に気をよくした瑞希は、和奏の衣装の素晴らしさ、というよりも、自分がいかに和奏と仲がいいかの説明に夢中になっていた。相変わらずの様子に、やれやれと顔を見合わせるその他の4人であった。

後は当日に衣装を着て舞台に上がるだけだ。最終チェックが終わった洋服を前に和奏は満足げな笑みを浮かべていた。“らしくなさ”に拘(こだわ)って作り上げた作品だが、よく見ればやはり和奏らしいポイントが入っていてそのおかげでバランスが取れている。綾子(りょうこ)の作品と比べると少し見劣りがするが、そこは経験の差だ。むしろ、半年ほどの経験でここまで出来れば、出来過ぎなぐらいだと笑われた。
「出演の順番はわかってますね?」
「はーい。」
「コツはかっこつけすぎないこと、自然に且つ少し歩幅を大きくして歩くことです。」
先輩がゆっくりと歩きながらポイントを説明する。舞台で何か声を出すわけでなく、主役は自分たちが作った洋服なのだがら、洋服が目立つようにしなければならないのだ。和奏は先輩のアドバイスをしっかりと頭に刻み込み、今日は早めに寝ようと決めた。

 「諸君。いよいよ本番だ。持てる限りの力を出し切って舞台(ステージ)に臨むように。以上。」
吹奏楽部の方も零一の最終チェックが終わり、いつもよりも早めに解散となった。後は充分な睡眠を取って体調を万全にするだけだ。珊瑚はいつもよりも丁寧にフルートを磨き、ケースにしまうとポップンフルートを手にした。大丈夫、これがお守り代わりになるはずだ。自分の中で気持ちを静めると、鞄を手に学園を後にした。

本番を目前にして和奏も珊瑚も緊張してはいたが、いつもよりも早めに床についたおかげか、ぐっすりと眠りに付いたのだった。

end.

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