音 信

はばたき商店街のとある店に真剣な表情で品物を見定めている和奏の姿があった。メモを片手に必死のその表情は少し鬼気迫るものもないことはない。しばらくすると、その店から出てきてふーっと深いため息を一つ付いた。
「…やっぱり、さぁちゃんと一緒に来れば良かったかなぁ…。」
メモに書いた文字を見ながらしばしぼーっと考え込む。
「でも!こればっかりはなぁ… やっぱり、自分が選びたいし。」
ふるふると首を振った後弾みを付けると、和奏はまた別の店のドアをくぐったのだった。
「いらっしゃいませー!」

「…?如月さん?」
「え?な、なぁに?」
「あなた、今日はおかしいわよ?」
「えっ… そ、そうかなぁ?」
今日はなんだか上の空でそわそわしていた挙げ句、問いつめればあたふたと否定する和奏の表情は絶対に何か隠してるものだ。この半年、珊瑚を除いて一番近くで和奏を見てきたと自負する瑞希はじっと和奏の瞳(め)を見つめる。和奏は不思議そうに見返しながら首を傾(かし)げた。
「ど、どうしたの?何かついてる???」
「Non,non! -ちがうわよ!- 絶対に何か隠してるでしょ!?」
「そんなことないよ〜。」
「ミズキにも言えないわけ!?」
目をつり上がらせて瑞希が迫っても和奏は口を開かなかった。曖昧(あいまい)に笑ってごまかし続ける。昼休みにこっそり確認したところ、珊瑚も知らないようだったので自分に言ってくれるとは思っていないが、いつになく不自然な態度が気になるのだ。
「…ま、いいわ。何か悩み事なら特別に、このミズキが相談に乗ってあげてもいいんですからね。」
「あ… うん、ありがとう。その時はよろしくね。今は、ホントになんにもないから。」
口ではそう言いながら心の中で和奏は両手を合わせて謝っていた。
(須藤さん、ゴメンね!)
「…そ。それじゃ、お先に。A bientôt -じゃあね-
少しの間じっと和奏の瞳(め)を見つめていた瑞希だが意外にあっさりと帰って行った。少し拍子抜けした感は否めなかったが、和奏はとりあえずほっとして瑞希の後を追うように昇降口へと向かった。
(須藤さんのおかげでちょっと時間取られちゃったよ〜。先に帰ったりしてませんように!)
そう祈りながら瑞希に追いつかないように微妙な早足で降りていくと、ちょうど珪が校舎から出るところが見えた。和奏はぱっと顔を輝かせてすばやく辺りに人がいないのを確認すると、すぐさま珪に駆け寄った。
「葉月くん!」
「如月。」
少し息が乱れている和奏を不思議そうな表情で見ながら珪が立ち止まった。和奏は鞄の中からそっと包みを取り出すと、にっこり笑って差し出した。
「ハイ、これ!プレゼント!!」
しかし、珪は微妙な表情で受け取ろうとしない。和奏は内心、
(え?え?今日って10月16日だよね!? 今日じゃなかったっけ、葉月くんのお誕生日!)
と焦っていると、珪が真面目に質問してきた。
「……どうして?」
「……“どうして”って、今日、誕生日でしょ?」
「……ああ。」
そう言えばそうだった… というような表情だったが、合点がいったのか和奏が差し出した包みを珪は受け取ってくれた。開けたときの珪の表情が見たくて、和奏はせがんでみた。
「ね、開けてみて!」
「…?」
特に深く考えることもなく、しかし丁寧に包みを開いていく珪。和奏はドキドキしながらその表情を伺っていた。
「……サンキュ。俺の好きなもの、よくわかったな。」
出てきた物─ねこジグソーパズルを見ると、珪は微かに笑みを向けてそう言った。
(やった!すごく喜んでくれたみたい。)
和奏は内心、もう満面の笑みが零れていたのだが表には出さずににっこり笑うに留(とど)めて応える。
「前にジグソーパズルが趣味だって言ってたでしょう?」
「ああ。お前、センスいいんだな。」
箱の表に描かれている猫の表情に優しい表情を見せる珪の様子に、和奏もようやくほっと一安心していつも通りに声を掛けた。
「ね?せっかくだから一緒に帰らない?」
「ああ。ついでだしな。」
そう言うと珪は包みを元に戻し、ちょっと無理があったものの鞄の中に納めたようだ。和奏はその間に靴を履き替え、一緒に学園を後にした。

ライン

10月も半ばが過ぎ、学園内は文化祭の準備に慌ただしくなってきていた。文化部だけでなく、クラス出展の方も準備が始まったからだ。
「それでは多数決の結果、今年の文化祭の出し物は、喫茶店に決定しました。2週間後の文化祭目指して、がんばりましょう。」
クラス委員の言葉に拍手が起こった。和奏も合わせてパチパチと手を叩(たた)く。この分だと今週一週間は出し物と担当を決めるだけで終わってしまいそうだ。こんなことで大丈夫なのだろうか…?と一抹の不安が過(よ)ぎったが、文化祭前の二週間は授業もなく、まるまる文化祭の準備に充てられるそうなので、クラスの出し物は割と気楽に進められそうだと思い直した和奏だった。
「如月さん。」
「須藤さん。なぁに?」
瑞希がちょっと首を傾(かし)げながら声を掛けてきた。和奏も同じように首を傾(かし)げて瑞希の言葉を待つ。
「そういえば貴方、手芸部、だったわよね?」
「うん、そうだけど?」
「Serveuse -ウェイトレス- になって大丈夫だったのかしら?」
和奏を誘って立候補した瑞希であったが今頃になって部活のことを思い出したのだろう。そう確認してくる瑞希に、和奏は笑みを見せた。
「うん。逆に裏方の方が無理だったモノ。買い出しとかテーブルセッティングとかでしょ?」
「えぇ。そうみたいね。じゃあ、よろしくお願いするわ。」
「うん。それじゃ、わたし、これから部活の方の準備があるから…。」
「えぇ。Au revoir -さようなら-
運動部の方は文化祭前は部活動が休みに入るらしくそのまま帰る瑞希とは別れて、和奏は学生会館の方にある部室へと足を運んだ。今日は手芸部の方も舞台設定の確認やショーに出る順番決めなど会議が中心の活動になるためだ。和奏が部屋へ入ると綾子(りょうこ)はもうすでに着席していて、隣の席を取ってくれていた。
「早かったね。月森さんトコは出し物なぁに?」
「うちはね、写真展をやることになったの。学園生活のスナップを展示するんだよ。」
「へぇ〜。おもしろそうだね!」
「如月さんとこは?」
「うちは喫茶店の模擬店。」
「そうなんだ?絶対食べに行くね♪」
等と話しているうちに全員が揃(そろ)ったようだ。部長が前に出てきて、説明を始める。和奏は配られたプリントを見ながら説明に耳を傾けた。

順番決めに手間取って遅くなったので、帰りを急ぐ和奏に後ろから声が掛けられた。
「わぁちゃん!」
「あ!さぁちゃんも今?」
「うん。もうみっちりしごかれちゃってさー。」
2人並んで歩きながら文化祭の話に花が咲く。珊瑚のクラスはたこ焼き店に決まったようだ。姫条の強い押しの賜物(たまもの)らしい。
「ね?遅くなったし、近道して帰らない?」
「近道?」
「そ。教会の方を通っていくと近いんだって。姫条が教えてくれたの。」
「へぇ〜。そうなんだ?」
「うん。こっちこっち。」
等と話しながら教会が見えるところまで歩いてくると、珊瑚が話を持ちかけてきた。
「……そう言えばこの教会さ。色々な噂があるの知ってる?」
「うん、みんなそれぞれ違うこと言ってるよね。でもね、何だろ、わたし懐かしいような感じがするんだよね……。」
「へぇー?例えば?」
話に夢中になっていて前方に不注意だったせいで、和奏は前から来た人に思いっきりぶつかってしまった。
「きゃっ!」
「おっと、失礼!大丈夫かな?」
「は、はい……。」
「大丈夫?」
珊瑚に支えられてなんとか倒れずに済んだ和奏は、ぶつかった相手を見た。珊瑚も不思議そうにその人を見ている。
「すまなかったね。つい、この教会に見とれてしまったんだ。」
そう言って優しく微笑む紳士はおよそ教師には見えない。この教会の持ち主だろうか?ふと疑問に思ったが、まさか初対面で聞くわけにもいかず、自分の不注意もよくわかっていたので和奏は素直に頭を下げた。
「いえ、わたしのほうこそぼんやりして、ごめんなさい。」
そして、珊瑚と顔を見合わせると、珊瑚が後を受けて言葉を続けた。
「私達、好きなんです、この教会。」
「えぇ。それになんだかとっても不思議な感じがして……。」
そう言いながら2人が教会の方を見遣(みや)ると、紳士は微笑を湛(たた)えたままちょっといたずらっぽく2人に告げた。
「そう…… この教会には魔法がかけられているんだよ。」
「……魔法?」
「妖精パックの魔法さ……。」
穏やかな笑みを湛(たた)えて話していたが、ふと思い出したように心配そうな表情になってその紳士が確認する。
「それより、怪我はないだろうね?お嬢さん。」
「あ、はい。大丈夫です。」
和奏が首を振ってそう答えると、紳士はまた微笑を浮かべた。
「よかった。それでは、2人とも、よい一日を。」
そうして、どこへともなく去っていく紳士を見送ると、2人は顔を見合わせてくすくす笑いだした。
「お嬢さん、だって。」
「なんだかダンディな人だったね……。」
「それにしても…。」
ふと、和奏は表情を改めて首を傾(かし)げる。
「……どこかで会ったことがある気がするんだけどな、あの人。」

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