清 籠

テスト前だというのに今日も珊瑚は悠々と部活の練習へと向かっている。そんな後ろ姿を苦笑しながら見送った後、和奏は靴を履き替え校舎を出たところで珪を見つけた。
「葉月くん!今、帰り?」
「……ああ。」
「ねえ、お茶して帰ろうよ。」
「……ああ。べつにいいけど……。」
「よかった。それじゃ、行こ。」
珊瑚と一緒に帰らないときはこうして珪と一緒に帰ることが多くなっている。みんなは無愛想だとか怖いとか言うけれど、和奏はこの珪独特の間(ま)が苦ではなかった。それに、慣れてしまうとその間(ま)が意外と居心地の良いものになってくる。和奏はもしかしたら、珪に恋をしているのかもしれないと思いつつ、もしそうだとしても今しばらくはその想いに蓋(ふた)をしておく事に決めていた。ようやく心を開いてくれるようになったのに、自覚と同時に変に意識してしまって今の雰囲気を壊すようなことになったら後悔すると思ったのだ。
(焦らない焦らない。大丈夫、高校生活は3年もあるんだから。)
そう言い聞かせて毎日を過ごしているこの頃の和奏である。

並んで歩き出したところで、校門横の花壇で手入れをしている桜弥を見かけた。珪がふと立ち止まって微かに首を傾(かし)げたので、和奏も合わせて立ち止まった。
「……守村。」
「え?葉月くん、守村くんと知り合いなの?」
珪の口から桜弥の名前が出た事に驚いて、和奏は珪と桜弥とを見比べた後、珪に視線を戻して尋ねてみた。
「…ああ。中等部の頃、少し話したこと、ある。」
「へぇ〜、そうなんだ。」
「ああ。」
そうしているうちに桜弥の方も2人に気付いたようで、立ち上がって笑顔を見せた。
「如月さんと葉月くんじゃないですか。今からお帰りですか?」
「うん。守村くんは…?」
「あ、僕は園芸部員なんで、花壇の手入れをしてたんです。今年、この花壇ではチューリップが見事な花を咲かせてましたから、来年もちゃんと花が着くようにと思って。」
花壇の方に優しい視線を向けながら桜弥がそう説明すると、和奏はなるほどと頷(うなず)きながら口を開いた。
「そうなんだ?守村くんって園芸部員だったんだね。よく花壇のところで見かけるなぁと思ってたんだ。」
「…相変わらず。」
「え?何?」
珪の呟きに和奏が視線をやって促すと、珪は桜弥の方に視線を向けて言葉を続けた。
「相変わらず、好きなんだな。花。」
「えぇ。花は人を和ませますから。」
桜弥の方も慣れた様子で笑顔で珪と話を合わせる。初めて見た珪が友達と話す姿に、和奏はなんだか微笑ましくなって口を噤(つぐ)んだ。
「…ま、頑張れ。」
二言三言言葉を交わした後、珪がそう告げたので和奏は改めて桜弥の方に、
「お邪魔してごめんね。お世話、頑張って。」
と笑顔を向けた。桜弥の方も2人に笑顔を見せて軽く手を振りながら応える。
「はい。ありがとうございます。お二人もお帰り、気を付けて。」
「じゃあ。」
「守村くん、またね。」
そうして桜弥と別れると、2人は今度こそいつもの喫茶店へと向かった。

それぞれの注文の品が届いたところで、和奏は今までなんとなく避けていた話題を出した。先ほどの桜弥との様子から大丈夫だろうと踏んでのことだ。
「葉月くんってさ……。」
「……ん?」
それでも少し緊張する感は否めない。珪の眼差しでの促しに、気付かれないように一つ息を付くと何でもない風に切り出した。
「中学の頃って、どんな子だった?」
「……変わらない、今と。」
いつもの調子で淡々と答える珪。
「……じゃあ、友達は?葉月くんって、中等部も“はば学”だよね?」
含みはないのだという風を装いつつ、内心は恐る恐る『友達』と言う言葉を出してみる。と、珪は目を閉じて少し考えた後口を開いた。
「………………。あ、知ってるか、おまえ?体育館裏のネコの一家。付き合い長いんだぜ、俺。」
まさかそうくるとは思わなかったので、和奏も一瞬視線を上に上げて考えた後、
「え〜と……人間の友達は?」
とストレートに聞いてみた。すると、珪は視線を逸(そ)らして言葉を続けた。
「……俺と話すと、疲れるだろ?みんな。」
「どうして?そんなことないよ、わたし……。」
「ヘンなんだよ、おまえ。」
そう言ってまた目を閉じる珪。
「でも、わたし、きっとみんな葉月くんの声、聞きたがってると……。」
和奏は友達になりたがっているみんなの気持ちを珪にわかってもらいたくて、つい力説してしまったのだがやはり逆効果だったらしい。途端に珪の表情が険しくなった。
「俺は珍しい動物か何かか?」
「そういう意味じゃ……。」
和奏がそう言って絶句してしまうと、珪は和奏の言いたい事はわかっているとでも言うように一つ頷(うなず)いた後、それでもやはり首を振った。
「……やめよう。好きじゃないんだ、こういう話。」
そして結局そう言って、珪は和奏から視線を逸(そ)らしてしまう。和奏は歯がゆい思いで珪を見つめた。
(葉月くん、自分から独りになってる……。友達になりたがってるコ、たくさんいるのに…。)
しかし、それ以上珪の機嫌を損ねる気はさらさらなかったし、気まずいまま帰宅する事になるのは避けたかったので、結局和奏は別の話題に水を向けたのだった。

ライン

期末テストの一週間前から終了まで全てのクラブ活動は休止になっている。しかし、各クラブに何人かは自主練習と称して、テストが始まる直前まで顔出しをしている生徒がいるものだ。とはいえ、やはりいつもよりもグラウンドの喧噪(けんそう)が小さい屋上で、和奏は美術の課題であった絵の仕上げをしていた。
「……こんなもんかな。」
少し離れた所から見て、満足気にうんうんと1人頷(うなず)いていると背後に人の気配を感じた。
「如月くん。いたね。」
「え…?」
振り返ってみると色が和奏のカンバスを覗(のぞ)き込んでいた。これで会うのは二度目である。びっくりしている和奏には目もくれず、瞳を輝かせてカンバスに魅入っている。
「うん。やっぱりキミはボクが思った通りの人だね。」
そう言って色はきらきらとさせた瞳を和奏に向けた。和奏は少ししどろもどろしながら、口を開く。
「え、えっと…。」
「ボク以外にこの瞬間のこの色を描き止めることが出来る人がいるなんて… キミは誇るべきだよ、本当に。」
「あ、ありがとう…。」
さすがにここまで褒められると照れてくる。夕陽に負けないぐらい真っ赤に頬(ほお)を染めた和奏をしばらく見ていたが、色は一つ頷(うなず)くとまた言葉を続けた。
「うん。如月くん。」
「はい?」
少しオーバーな動作で両手を広げると嬉しそうに色は微笑した。
「キミのおかげでミューズがお出ましのようだ。ボクはアトリエに戻るよ。」
「あ……うん。またね。」
「じゃあね。」
来たとき同様、唐突に去っていく色を見送ると、和奏は呪縛が解けたような気分で自分のカンバスに視線を戻した。
(なんだか神出鬼没だなぁ… でも三原くん、褒めてくれたんだしこれで完成にしよう!)
乾くのを待ってる間に絵筆や絵の具を片づけて帰り支度を終えると、屋上の柵にもたれて街を眺める。夕陽の最後の一筋が地平線に消えていくのを瞳(め)を細めて見届けると、和奏は出来上がったカンバスを提出して帰っていった。

テスト勉強を一休みして、和奏は携帯のディスプレイに表示させた電話番号を見つめながら思案に暮れていた。表示させている電話番号は珪のもの。なんとか珪に友達と一緒にいることの楽しさをわかってほしかった。しかし…
「……これって立派なデートのお誘い… になるよね?」
尽から色々珪に関する情報は聞いている。尽の方でも珪は目下の所、一番気になっているいい男なのらしい。他の子達の情報に比べて、格段に詳しい情報を教えてくれた。
「だけど、葉月くんだったらそこまで深く考えない気もするよね…。」
あれこれ気にしすぎると余計に電話しづらくなるものだ。和奏は思いきって通話ボタンを押した。
「……はい。」
2コール目で珪が出た。和奏はドキドキする心臓を押さえて切りだした。
「あ、葉月くん?如月 和奏だけど。」
「……ん?」
さほど気にしていない様子の珪に少し安心しながら次の言葉を告げる。
「えっと……。来週、テストが終わったら臨海公園に行かない?」
「べつに……かまわない。」
特に考える間(ま)もなくあっさりと珪は承諾した。
「じゃぁ、テストの翌日、7月14日に新はばたき駅で待ってるね!」
「ああ。」
そう言って電話は切れた。和奏は携帯を見つめながら漏れ出る笑みを止めることは出来なかった。
(よかった!早く7月14日にならないかな。)

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