雨 間 -3-

週末。珊瑚は志穂と連れ立って課外授業の集合場所へと急いでいた。時間的にはかなり余裕があるはずなのだが、なんとなく気が急(せ)いてしまう。
「氷室先生って絶対に早めに来てるよね。」
「当たり前でしょ。」
ちょっと小走りぎみに額の汗をぬぐいながら志穂が答える。珊瑚はげんなりした調子で少し歩調を落とした。
「それにしても私たち、なんでこんなに急いでるの?」
「早く着いておくに越したことないわよ。」
その言葉にはぁっとため息をつくと、珊瑚はまた志穂の歩調に合わせて足を速めた。

そうして2人は集合時間の10分前に到着した。珊瑚が時計を確かめてほっと息を付く。
「よかった、間に合った。」
零一がやって来た生徒をチェックしつつ出席を確認していた。珊瑚と志穂も到着を告げるとその後ろの木陰でしばし待った。それから何人か来たところで零一が時計を確認して声を上げた。
「全員揃ったようだな。それでは、出発する。」
20人あまりの生徒達を二列に並ばせて引率していく。はばたき市ではこの時期よく見る光景らしく、周りの人達が好意的な眼差しで見送ってくれた。
「氷室先生、いつも課外授業ってするのかな?」
「さあ…?でも、何度か見かけたことはあるような気がする。」
志穂の方でも記憶は曖昧(あいまい)なようだ。そうこうしている内にプラネタリウムの入口に着いた。零一が再度点呼をとる。
「それでは入場する。館内では座席表に従って速やかに着席するように。」
零一に手渡された座席表を確認して席に着く。珊瑚と志穂の席は南側の真ん中ぐらいだった。
「ここだとよく見えるね。」
「………。」
「ありりん?どしたの?」
志穂が応えてくれないのを不思議に思っていると、零一の苛立った声が聞こえてきた。
「私語を慎むように。くだらない注意をさせるな。」
そういうことか、と納得して、珊瑚は入口でもらったパンフレットに目を通し始めた。
(へぇ… 結構本格的なものなのね。今日のプログラムは…。)
開演のベルが鳴り響き、ナレーションに合わせて段々夜になっていく。そして現れたのは大くま座だった。

それからいくつかの星座が現れては消え、プログラムが終わって明るくなった。プラネタリウムの出入り口でまた集合し点呼が終わった後、零一が口を開いた。
「プログラム終了だ。諸君の感想を聞かせて欲しい。それでは……。」
前から順番に感想を求め、1人1人に丁寧に応えていく零一。そして珊瑚の番が来た。
「海藤。君の感想はどうだ?」
「あの星の光は、何億年前の輝きなんですね。」
そう言うと、満足そうに笑みを浮かべる零一。
「そのとおりだ。海藤。いいところに気が付いたな。」
(氷室先生が考えていたバッチリの感想だったみたい。)
珊瑚は内心ほくほく顔で後のみんなの感想に耳を傾けた。辛辣(しんらつ)な言葉をもらう生徒も何人かいたようだ。珊瑚は自分の感想が零一の期待を裏切らなかったことに安堵した。
「では、ここで解散する。寄り道せず、各自まっすぐ帰宅するように。」
帰りはその場で解散となった。珊瑚は志穂と共に真っ直ぐ零一の元へ来るとぺこりと頭を下げた。
「今日の課外授業参考になりました。」
「ありがとうございました。」
「よろしい。君たちの学習態度は感心に値する。次回もまた参加するように。」
「はい!よろしくお願いします。」
そうしてそれぞれの家に帰っていく珊瑚と志穂だった。

ライン

「ねぇねぇ。昨日の課外授業どうだったの?」
翌日の放課後、珊瑚と和奏の2人は公園通りへと来ていた。桜弥のプレゼントを買うためである。
「うん、結構面白かったよ。プラネタリウム、キレイだったし。」
「そうなんだ… 課外授業って他クラスの生徒は出席できないのかなぁ?」
「何?そんなに氷室先生の講義が聴きたいの?」
苦笑しながら珊瑚がそう聞くと、和奏がぷぅっと頬(ほお)を膨らませた。
「だって!さぁちゃん達ばっかりずるい!」
「……ていうかさ、なんでそんなに氷室先生がお気に入りなの、あんた。」
呆れ顔で珊瑚が聞くと、和奏は笑みを見せてこういった。
「氷室先生、不器用なだけよ。ホントは生徒思いのすごくいい先生だと思うな。」

2人が辿り着いた先は、花屋アンネリー。志穂がアルバイトをしている店だ。
「こんにちは。」
「やっほー。頑張ってる?」
「いらっしゃいませ…って二人揃ってどうしたの?」
和奏は時々訪ねてくれるのだが、珊瑚は初めてだ。手を振りながら現れた2人に少し驚いた表情で志穂が尋ねる。
「うん、今日はね、お誕生日のプレゼントを買いに来たの。」
「たん…じょうび?」
少し志穂の表情が曇ったのは気のせいだろうか?和奏は内心首を傾(かし)げたものの知らん顔で珊瑚が話すのを聞いていた。
「そ。ありりんも知ってるでしょ?守村 桜弥。前にね、彼に数学の宿題を教えてもらったからそのお礼を兼ねてね。」
「そ、そう……守村くんに、ね。」
桜弥の名前を出すとやはり微かに顔がこわばった。しかし、お礼だと言い切ると途端に安堵し、営業スマイルに戻ったようにも見える。
「でさ、私たちあんまり守村のこと知らないから、ありりんなら何かいいもの見繕ってくれるんじゃないかと思ってここに寄ってみたんだけど。」
「うんうん。花壇のところで見かけること多いから、お花が好きなのかなぁ?とも思ったしね。」
珊瑚の説明に、和奏も用心しながら調子を合わせて志穂に尋ねる。志穂はまた少し動揺した表情を見せたが2人の様子に他意はないと踏んで、多肉植物のコーナーへ案内した。
「も、守村くんなら、植物ならなんでも喜ぶだろうけど、でも一応男の子だから、花束をプレゼントするのはどうかと思う。」
「うん、そうだよね。」
「それに、学校で花束渡したら目立ってしょうがないよ。変な噂立てられても困るし。」
『変な噂』の言葉にまた微かに表情を動かす志穂に和奏はますます疑いを持ったのだが、あえて気付いていない振りで話を合わせ進めていく。
「だ、だから、こういった多肉植物の小さな鉢植えなんかがいいと思うんだけど…。」
「あ、カワイイ〜☆」
和奏がすぐさま反応し、そのうちの一つを手にとって眺めてみる。珊瑚も大きさと言い、値段と言い手頃な感じなのに満足した。
「やっぱりオーソドックスにサボテンかな?」
「確か、上手く育てれば花を着けるんだよね?」
「え、えぇ。守村くんなら、その辺上手だと思うけど?」
志穂がそう言ったので、珊瑚はそのサボテンの鉢植えに決めた。会計を済ませ、志穂に礼を言うとアンネリーを後にした。

「ね?さぁちゃん、気付いた?」
「何が?」
アンネリーが見えなくなったところで和奏がそう切り出した。
「さぁちゃんってホント、そういうとこ意外にニブいんだよねぇ〜。」
和奏が苦笑して肩を竦(すく)めてみせると、珊瑚はむっとして、
「だから、なんなのよっ!ハッキリ言ってよ!」
とむくれた表情で腕を組んだ。和奏はくすくすと笑った後、内緒ね、と言う感じで口元に人差し指を寄せると、
「多分、有沢さんって守村くんのコト、気になってると思う。」
「え?そうなの???」
びっくり眼(まなこ)の珊瑚に再び鈍いなぁと苦笑すると話を続けた。
「守村くんの名前が出てくるたびに有沢さんったら表情変わるんだもの。ちょっと可哀想なことしたかも。」
「……うっそー!? 私、ホントに他意はなかったんだよ?ありりんの表情の変化にだってまったく気付かなかったし!」
あたふたと言い訳を始める珊瑚に和奏は苦笑を漏らした。
「今日の用事は守村くんのことだったんだから仕方ないじゃない?有沢さんも他意はないとわかってくれてたみたいだし。」
にっこり笑って和奏がそう言い切るとわざとらしくため息をついた後、珊瑚は一変して表情が変わった。和奏が、
(あ…… さぁちゃんのあの表情… もしかして…?)
とちょっと目を細めて見遣ると珊瑚がニヤリと人の悪そうな笑みを見せた。
「そう言うことならさ、ありりんに協力してあげないとね♪」
「…やっぱり… またさぁちゃんのお節介が始まった。」
うんざりしたように上空を見てため息をついてみせると、珊瑚はまたむっとした表情で言い募る。
「だって、高校生活に恋愛は欠かせないよ!ウフフ… 楽しみ楽しみ♪」
「……さぁちゃん ……やめときなよ。有沢さん自身もまだ気付いてないみたいだし、自分の気持ちに。」
そう言って真剣な表情でひたと珊瑚に視線を合わせると、珊瑚はきょとんとした表情になった後がっくりと肩を落とした。
「……そっか、まだありりん自身が気付いてないのか。」
「そだよぉ。だから今、変に引っかき回したら取り返しの着かないことになるよ?」
「そだね… んじゃ、今しばらく静観ということに致しますか。」
早く気付いたら面白くなるのになぁ… 等と暢気(のんき)な感想を述べて歩く珊瑚。和奏は珊瑚自身の気持ちはどうなんだろう?と思いながら歩みを合わせた。

ちなみに、サボテンの鉢植えは桜弥に大いに喜ばれたようである。そして、やっぱりお節介な珊瑚は志穂が一緒が選んでくれたこともわざわざ伝え、桜弥がお礼を言いに行ったりして志穂を驚かせたりしていた。

end.

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