雨 間

学校側の狙い通り体育祭を通じてクラスの団結力が増し、またその余韻も冷めた頃、和奏と珊瑚は学校帰りに商店街へと来ていた。理由は…
「わざわざプレゼント渡すこともないんじゃない?」
「ん、でも、やっぱりお誕生日祝ってもらえたら嬉しいと思うし…。」
「そりゃそうだけどね。あいつの場合、一人暮らしだしねぇ…。」
「それに、尽から聞いてしまっただけに気になって、ね。」
そう。もうすぐまどかの誕生日なのである。本人から聞いたわけではないのだが、以前にまどか好みの服装を尽に尋ねた際、一緒に誕生日も教えてもらっていたのだ。知らなければどうということもないのだが、聞いてしまったがためにどうしてもお祝いをしたいらしい。そんな優しい心根(こころね)の和奏が珊瑚も好きだった。
「でも、あいつがもらって喜ぶ物なんて、私、思いつかないよ?」
「こういうのは、センスの問題でしょ?大丈夫、いくつか候補はあるんだ。」
「……あんたいつの間に…。」
和奏が連れてきたのは、アンティークの小物を扱うお店だった。イメージが少し違うような気がして、珊瑚は首を傾(かし)げる。
「ここが…そうなの?」
「うん。尽に聞いたから間違いないよ。」
珊瑚も自分と同じ感想を持ったのがおかしくて、和奏は少し笑った。それに… と悪戯っぽい表情で付け加える。
「前にこのお店でばったり会ったから。」
「え!? ホント?」
「うんうん。ホント。」
話しながら奥の棚へと移動する和奏に続いて、珊瑚もキョロキョロと辺りを見ながら進んでいく。どれもこれも大切に品良く並べられていて、見ているだけでも飽きそうもない店だった。
「ねね、さぁちゃん?これなんてどうかな?お値段も手頃だし…。」
と和奏が出してきたのは、コーヒーカップのセット。アンティーク品にしては華美な装飾もなく、実用品として使うのには申し分のないシンプルな物だ。珊瑚はその中の一客を手にとって眺めてみた。
「ん……いい感じだね。あいつのことだから、ただ飾って見てるだけってのはないだろうし、使うとなるとあんまりごてごてしたのも使いにくいしね。」
「でしょでしょ?後ね、姫条くんのイメージだと、コーヒーだと思うんだけど、こっちのティーカップも捨てがたいのよね… どっちが良いと思う?」
と取り出してきたのはこれまたシンプルなティーカップ。ただし、こちらは一客だけだ。和奏が悩むのがわかるくらい、こちらのティーカップの方がまどかのイメージに合っている。
「あ、それ、いいね!そっちの方が姫条のイメージかも。」
「やっぱりさぁちゃんもそう思う?ティーカップだけど、いいかなぁ?」
「大丈夫じゃない?別にティーカップでコーヒー飲んでも問題ないだろうし。」
と笑いながら肝心の値段を確認する。一客だけのせいか、1リッチとお得な値段だった。
「……それに、なかなかの掘り出し物じゃない?これ。」
と値段を見せて和奏に言えば、和奏も笑って頷(うなず)いた。

「プレゼントはこれでOK、と。」
「さぁちゃん、ありがとね。」
「いえいえ、どう致しまして。はい、半額。」
「は〜い。後は明日、渡すだけだね。」
和奏は大切そうにプレゼントの包みを抱えている。割れ物とはいえオーバーなと思わないでもなかったが、珊瑚は黙っていた。そうして歩いて近所の公園に差し掛かった時、中からブランコをこいでいる音が聞こえてきたような気がした。和奏と珊瑚は顔を見合わせて首を傾(かし)げると、公園の中を覗(のぞ)いてみた。
「あれ?あそこでブランコ乗ってるのって……。」
和奏が言いかけたとき、ブランコの上にいた影も2人に気付いた。
「へっ、海藤と如月!? お、おまえら…… いつからそこにいたんだ!?」
慌ててブランコから飛び降り、ばつの悪そうな顔で視線を逸(そ)らせているのは和馬だ。
「え?たった今だけど……?」
律儀に答える和奏に和馬は少し怒った風で言葉を続けた。
「……おい。今見たこと、誰にも言うなよ。」
「何が?」
とぼけてみせる珊瑚に和馬はまた視線を逸(そ)らし、
「だから…… 俺が、その…… ブランコなんかで遊んでたっていうか……。」
もごもごと和馬らしくなく言葉を濁す。その様子に和奏が不思議そうな顔で首を傾(かし)げて、
「べつにいいんじゃないの?」
と言えば、またまた眉をつり上げて和馬は怒鳴った。
「ば、ばかやろ!俺はよくねぇんだよ……。」
「何もそんなに怒鳴らなくても…。」
珊瑚がやれやれといった風で肩を竦(すく)めてみせると、和奏は苦笑して和馬に言った。
「うん、わかった。じゃあ内緒にしてあげる。」
「ホントか?ぜってぇだからな!」
「うん、3人の秘密だね☆」
和奏がいたずらっぽくそう言うと、珊瑚もうんうんと頷(うなず)いてみせる。
「お、おう……。」
和馬はまたばつの悪そうな顔でそれだけを言葉に出すと、そそくさと公園を出ていった。

そこからは和馬の話題で一頻(ひとしき)り盛り上がった後、2人は別れた。
「ただいまーっと。今日は2人とも外食だって言ってたっけ。」
ぶつぶつ言いながら珊瑚はキッチンへと向かう。今日のメニューは鮭のムニエルとポテトサラダ、豆腐とわかめの味噌汁だ。
「母さんも忙しいのに支度してかないでもいいのになぁ…。」
相変わらず忠実(まめ)な母親の、心づくしの料理を温め直して夕食にする。1人なので、ちょっとずぼらしてダイニングにノートパソコンを持ち込むと、メールチェックしながら食べ始めた。
「へぇー。タマちゃんちの弟君と、尽と同級生なんだ。すごい偶然もあるもんだねぇ。」
友達から届くメールに返信しながら全てチェックしていく、と。
「あれ?このメール… 英語!?」
ところどころに見られる『Dad』『Mom』『Mari』の単語にイタズラメールではなく、単に間違えたらしいことが見て取れる。珊瑚は困り果ててしまった。
「間違いメールかな…… どうしよう… でも、私、英語苦手だしなぁ…。」
だからといって、このまま放っておくのも可哀想な気がする。少し悩んだ後、英語が得意な和奏に見てもらって相談することにした。
「うん、多分、それが一番良いよね!」
目立つようにチェックを入れてメーラーを終了させ、早速和奏に電話する珊瑚。
「あ、もしもし、わぁちゃん?あのね…。」
こうして明日の放課後、和奏が珊瑚の家を訪問することになった。

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翌日 ─── 昼休みに珊瑚の教室に来た和奏は珊瑚と共にまどかを廊下に呼び出していた。
「えらい改まってどないしたん?オレに、なんか用?」
ちょっと不思議そうな顔で首をひねっているまどかに、和奏が笑顔で答えた。
「はい!誕生日のプレゼント!今日だったよね?」
「おっ、知ってたんや?うれしいなぁ。開けてみてもええか?」
「うん!」
「わぁちゃんが一生懸命探したんだからね、大事に使ってよね。」
「もちろんわかってるがな…。」
うきうきと包装を解いていくまどかに珊瑚が念押しする。中身を見てまどかはぱっと笑顔になった。
「な、なんでオレの欲しかったモンがわかるんや!? エスパーか!?」
「ホント?これ、欲しかった?」
ちょっと心配そうに上目遣いで確認する和奏にまどかは全開の笑顔を見せた。
「ほんまにほんま。おおきに!大事にするわ!」
「それ、一応、私からの分も入ってるんだからね?」
「わーってるって!珊瑚ちゃんも、和奏ちゃんも、ホンマありがとな〜。」
大事そうにプレゼントを小脇に抱えて教室へ戻っていくまどかに和奏はほっと息を付いた。
「よかった… 喜んでもらえて。」
「あれだけ事前にリサーチしてるんだから、大丈夫に決まってるじゃない。」
「うん… でも、もしもってことがあるでしょ?」
「わぁちゃんは心配しすぎ!そうそう、今日の放課後、よろしくねー♪」
「あ、うん。校門前で待ってるね。」
そして予鈴と共にそれぞれの教室へと別れたのだった。

「うん、完全に間違いメールだね。なんだか近況報告みたいだし、間違ってること教えてあげた方がいいんじゃない?」
所変わってここは珊瑚の部屋である。約束通り校門前で待ち合わせた2人は真っ直ぐに珊瑚の家へと帰り着いた。部屋に入り、すぐに件(くだん)のメールを見たところである。
「やっぱり、返信するべきよね… 大切なメールかもしれないし。」
「うんうん。わたしも手伝ってあげるからさ。こういうのは少しでも早いほうがきっと良いよ。」
「そだねぇ… じゃまぁ、とりあえずは辞書辞書……。」
珊瑚が辞書を探している間に、和奏は出してもらったアイスコーヒーを一口飲む。
「あ、あった。」
ようやく辞書を手に戻ってきた珊瑚に和奏は苦笑する。
「さぁちゃん… 勉強、してる?」
「え!? あぁ、まぁ、うん、それなりに…。」
「フルートばっかりやってたら氷室先生に怒られるよ?」
「わかってるわよ!今はその話はなし!えっと… 私の名前は海藤 珊瑚です。あなたのメールは……。」
ところどころ和奏にチェックを入れてもらいながら簡単だけど丁寧な英文を書き終え送信した。
「はぁー… やっぱり英語は苦手ー。」
ベッドに仰向けに寝転がってそうこぼす珊瑚。和奏もその横に腰掛けた。
「さぁちゃんってば、やれば出来るのに…。」
「今は、フルートのことで頭一杯だよ。そうそう、そう言えばさ。氷室先生の課題曲ってすっごく面白いんだよ!」
と言うなり勢いよく起きあがると、譜面を取り出して演奏してみせる珊瑚。和奏はそんな珊瑚の演奏に耳を傾けながら夜を過ごすのだった。

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