光 彩

入学より一ヶ月半が過ぎ、少し人見知りをする感のある和奏もようやく慣れてきた。先日会った奈津実や珠美ともすっかり仲良くなり、最近では瑞希や志穂も含め、6人で一緒に昼食を摂ることが多くなっていた。その日によって人数が増えたり減ったりするものの場所は決まっていて、晴れている日は中庭の木陰に腰を下ろしてお弁当を広げるのが常だ。

今日もいつもの木陰でお弁当をつまみながら、珊瑚と和奏が本日発売の雑誌をめくってあーだこーだと話している。と、突然、
「ああっ!ソレ!その雑誌に出てるの!」
と奈津実が大声を出した。
「え!? な、なに?」
「って、コレ?」
びっくり眼(まなこ)の和奏と奈津実の視線を追ってそのページを確かめる珊瑚。そこに載っていたのは、この夏一押しのワンピース特集だった。
「そうそう!……あ、やっぱり……こないだ売ってたヤツだぁ〜買っとけばよかったぁ〜……。」
と悔しそうにその写真を睨(にら)む。珊瑚と和奏が顔を見合わせ、興味を持った珠美がその雑誌を覗(のぞ)き込む。
「あ、ゴメン。この前ね、そのワンピ、店で見つけたんだけど、ちょっと今月ピンチだからあきらめちゃって。」
「そうだったんだ?やっぱり欲しいモノはすぐに手に入れないと。流行に敏感な藤井ちゃんにしては初歩的なミスね。」
「……はあ〜。」
珊瑚にそう指摘されると、奈津実は更に落ち込んでいく。
「かわいいもんね、コレ。」
「うんうん。奈津実ちゃんに、似合いそう……。」
和奏と珠美が同じようにそのワンピースを目にとめて頷(うなず)き合っていると、横から瑞希が割り込んだ。
「あら、おあいにく様。そのワンピース、先日購入したけどやっぱりミズキには不似合いなデザインだったから処分するように言いつけたところだわ。」
「「「えぇーーー!!」」」
瑞希の爆弾発言に、珊瑚、和奏、珠美の3人は声を揃えて驚いた。和奏と珠美はそのまま呆然と瑞希を見ているだけだったが、珊瑚が更に一言呟いた。
「なんてもったいない……。」
「………………。」
そんな3人とは違って歯ぎしりしそうな形相で奈津実は無言で押し通す。
「藤井さん、ご入り用でしたら、処分品の中から探し出してお譲りしましょうか?」
と瑞希はいつものちょっと嫌みまじりの言い方で奈津実に視線を送る。奈津実の方は怒り心頭という感じでふいっとよそを向いた。
「人のお下がりもらうほど困ってないから、結構です!」
「遠慮なさらなくってもいいのに…。」
勝ち誇った笑みで見返す瑞希。悔しいかなやっぱり財閥のお嬢様には勝てるわけもない。怒りを必死に押さえて箸を握りしめる奈津実にオロオロする珠美…と、志穂がふーっとため息をついた。
「二人とも、お昼ぐらい静かに食べられないの?」
志穂の言葉にとうとう奈津実の怒りが爆発した。
「この高慢ちきなお嬢が喧嘩ふっかけてくるから悪いんじゃない!」
「あーら、ご挨拶ねぇ…ミズキはただ親切に…。」
対して火に油を注ぐ瑞希…。奈津実が瑞希につかみかかりそうな勢いで立ち上がろうとするよりも早く、志穂が言葉を挟んだ。
「…いい加減にしてよ、二人とも。」
そして、付き合ってられないと言う感じで首を振ると志穂は和奏たちに向かって
「ごちそうさま。私、騒々しいのはゴメンだから先に教室に戻るわ。」
というとさっさとお弁当を片づけ始める。
「あ…うん、わかった。」
ちょっと拍子抜けした感じで珊瑚が返事をする。それには特に気にした風もなく志穂は和奏に視線を向けると、
「如月さん。次は美術だから教室移動よ。遅れないようにね。」
「うん、また後でね。有沢さん。」
そして、最後に珠美の方に会釈をしたので、珠美はほわわんと微笑んで、
「バイバイ」
と三者三様に返事を返した。それを聞くと用事は済んだとばかりに志穂はさっさと校舎の中へと戻っていった。
「もー!なんなのよぉ!」
「ごっちそうさまぁっと、アタシも教室戻るね。次、体育なんだ。」
瑞希のことは完全無視で奈津実も立ち上がった。これ以上ここにいても、よけいに場の空気を気まずくするだけだと気付いたのだ。悲しいかなこうなっては自分にはうまく瑞希の言葉をかわす術(すべ)がない。後は和奏と珊瑚に任せてしまおうとそそくさとその場を去る。
「………逃げられた。」
珊瑚がぼそっと呟いた。和奏は聞かなかった振りでそっと目配せすると珠美もその場を去らせた。
「須藤さん、私たちもそろそろ行こう?」
和奏がなんでもなかったようににっこり笑ってそう声を掛けると、瑞希もちょっと気を取り直したようで、
「え?えぇ、そうね。貴方がそこまで言うのなら戻りましょうか?」
と素直にお弁当を片づけ始めた。それを見届けると、珊瑚にも声を掛ける。
「さぁちゃんも、もう食べ終わったでしょ?行こ?」
「うん、ごちそうさまでした、と。」
そうしてうやむやのうちに解散となった。

ライン

水曜日の午後は選択科目である芸術の授業である。音楽、美術、書道の中から好きな科目を選べるのだが、和奏の第一希望であった音楽は女子の間では人気が高く、結局第二希望の美術に回されていた。当初は落ち込んでいた和奏だったが、瑞希や志穂も美術選択であるのを知るとほっと一安心したのだった。ちなみに、珊瑚は見事音楽に当選し、奈津実も音楽で珠美は書道である。

「えー、そろそろみんなも学園に慣れてきたところで、お気に入りの場所も出てきたことだと思う。そこで、今日からはそれぞれが気に入った学園内の好きな場所を探し出して描(か)いてもらおうと思う。期限は7月3日の授業まで。美術の採点はこの絵で付けることにする。水彩でも油絵でも好きなように描(か)いてくれて構わない。それでは…あぁ、授業終了のチャイムと同時に一度こちらに戻ってくるように。」
放任主義の美術の先生はそう告げると奥の美術教官室へ入っていった。途端にざわざわとみんながスケッチブックと筆記用具を手にして学園内のあちこちへ散っていく。和奏が学園内の好きな場所…と悩んでいると志穂と瑞希がスケッチブックを手にやってきた。
「如月さん、よかったら私たちと一緒に花壇の方へ行ってみない?」
「それはそれは素敵なRose -薔薇- の花壇があるのよ。きっと如月さんも気に入ると思うわ。」
「薔薇だけじゃなくて他にも綺麗な花壇はたくさんあるんだけど…。」
ちょっと不服そうに志穂が呟くのも構わず、瑞希は和奏の手をとった。
「さ、参りましょう。特別にミズキが案内してさしあげるわ。」
「あ、う、うん。ありがとう。じゃぁ、有沢さんも行こ?」
「えぇ。」
と3人連れ立って中庭へと歩いていった。

「………すっご〜い…。」
「ふふん。当たり前でしょ。ここの花壇はあの色サマがProduire -プロデュース- したんだから!」
「…また『色サマ』が始まった…。」
志穂がうんざり、というように首を竦(すく)めてみせる。
「なによぉ〜。ミズキは如月さんに教えてあげてるのであって、貴方には何も言ってないでしょ!」
そんな瑞希の態度に和奏も苦笑しつつ、いかに『色サマ』ことこの学園が誇る天才芸術家『三原 色』が素晴らしいのかと彼女が熱烈に語るのを黙って聞いていた。美術の授業のときはいつもこうなのだ。和奏はまだ三原 色なる人物と会ったことはないのだが、毎回聞かされる賛辞の数々に同い年ですごい人もいるものだなぁと感心するばかりであった。
「……そろそろモチーフを決めてデッサンを始めないとまずいと思うけど?」
そう言いながら志穂はさっさと紫陽花の花壇の方へ移動する。瑞希はむっとした顔で志穂を見るが、時間が無いのも確かなので色の話はまた今度、ということにして薔薇の花壇の方へ行ってしまった。和奏は一通り花壇を見渡すと、とある花壇に目を付けそちらへ向かった。

しばらくデッサンを続けていたがどうも気に入らない。ふーっとため息をつくと和奏はスケッチブックを置いて片づけ始めた。そして、キョロキョロと視線を動かして瑞希を探す。
「須藤さん…。」
「?なにかしら?」
「ごめん…ちょっとこの美しい花壇を描(か)く技術はわたしにはないみたいだから、他の場所探しに行ってきてもいい?」
「あら…如月さんなら上手く描(か)けそうなのに…ミズキの次くらいに。」
「うん…ごめん。今回はパス。」
「わかったわ。ここよりいい場所なんて他にはないでしょうけど、次くらいにいい場所なら見つかるかもね。」
「ありがとう。」
瑞希に断りを入れると、先ほど姿を消した志穂の方へと向かう。
「有沢さん。わたし、ちょっと他の場所探してくる。」
「あら、そう?いってらっしゃい。」
そうして和奏は中庭を後にして少し思案した後、階段を昇り始めた。
「わぁ〜…綺麗…。」
思案の末、和奏が辿り着いたのは屋上だった。花に限らず生物を描くのはどうも苦手だ。風景なら何とか…そう思って足を運んだのがここだった。小高い丘の上に立てられている学園だけあって、はばたき市がほぼ一望の下に出来る。和奏はしばらく手すりにもたれかかってその風景を堪能した。
「うん!これなら大丈夫かな?」
屋上には他に生徒の姿はない。みんな瑞希や志穂と同じ中庭や、裏手の教会、校門の桜並木などを描いているらしく、小さな姿がそこかしこに見えている。和奏はその静けさにも満足してデッサンの手を動かし始めた。

ある程度下書きが済んだところで授業終了のチャイムが響いた。
「ま、こんなもんかな?」
もう一度仕上がり具合を確かめるとスケッチブックを折り畳んで慌てて美術室へと戻る。と、ちょうど部屋から出てきた瑞希と志穂と鉢合わせた。
「如月さん。いい場所は見つかったのかしら?」
「えぇ、おかげさまで。」
「結局どこにしたの?」
興味深そうに志穂が訪ねる。和奏はふふっと微笑むと内緒、というように人差し指を口に付けた。
「ずるーい!ミズキにぐらい教えてくれてもいいのにぃ!」
「後からのお楽しみということで…。」
そういうと和奏は美術の先生に課題を見せに行き、待ってくれていた瑞希と志穂とともにホームルーム教室へと戻った。今日は水曜日なので、ホームルームも部活もない。教室に戻ると廊下で待ちくたびれた様子の珊瑚が3人を出迎えた。
「おそーい、何してたのよぉ?」
「ごめんごめん…今日から期末にかけての課題づくりが始まってね…。」
和奏が詫(わ)びながら説明を始める。志穂はその間にさっさと自分の教室へ戻って帰り支度を済ませて戻ってきた。
「それじゃ、私、予備校があるから…。」
「うん、また明日ね!」
「予備校、頑張ってね。」
余計な時間はないかのように、颯爽(さっそう)と歩いていく。なんとなくその後ろ姿を見送っていると、いつの間にか帰り支度を済ませた瑞希がいた。
「わたしもそろそろおいとまするわ。A bientôt -じゃあね-
「うん、須藤さんもまた明日ね。」
「じゃねー。」
ひらひらと優雅に手を振って瑞希も帰っていく。和奏も慌てて帰り支度を終えると珊瑚と連れだって帰路に就いた。

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