夢 先

はばたき学園に入学してから10日あまりが過ぎた頃、そろそろ部活動を決めなければならないと和奏は頭を悩ませていた。珊瑚の方は小さい頃から習っているフルートを生かすため、吹奏楽部に入ると決めている。仮入部期間にも関わらず、もうすでに毎日欠かさず練習室となっている音楽室に通っているようだ。和奏にはこれと言った趣味も特技もなく、ほとほと困り果てていた。

入部期限を明日に控えた土曜日の放課後、和奏と珊瑚はB組のクラス教室に残って話し込んでいた。机の上には部活のパンフレットが広げられている。
「さぁちゃんはいいよね…。昔からフルートやってて。」
「でも、ありりんみたいに部活に入らなくても大丈夫なんだよ?」
「うん…でもやっぱりせっかく部活あるんだから何かやりたいんだよね…。」
「ふむ…と言っても運動部はきついでしょ?中学からやってるコがそのまま同じ部活に入ってくるだろうし。」
「そうなのよ。須藤さんにも一緒にテニスやろうって誘われて一度見学に連れてってもらったけど、やっぱりみんな上手くて…今から始めるにはちょっとしんどそうだったのよね。」
「……わぁちゃんってなんだかんだいって、お嬢には気に入られてるからねー。」
実際には無理矢理瑞希に『貴方ならミズキのパートナーとして認めてあげてもよくってよ。』と言われて引きずられていったのだが、やはり今ひとつ馴染めなかったようである。出来そうだったらそのまま引きずられていたであろうが、和奏は無理だとわかると案外引き際が潔い。誰を相手にしても出来ることと出来ないことははっきり言えるのである。だからこそ、瑞希もそれ以上無理強いはしなかったのだろう。
「となると、やっぱり文化系しかないよね…何があったっけ?」
「吹奏楽、美術、園芸、手芸…。」
「吹奏楽はともかく、美術も今までの経験が結構モノを言うところ、ありそうだからねぇー…じゃぁ、手芸部なんていいんじゃない?」
「手芸部か…編み物は結構好きだけど、ミシン、使えるかなぁ?」
「わぁちゃんは服のセンスいいし、案外向いてるかもよ?中学までの手芸部だったら大したことしてないだろうし、大丈夫じゃない?」
「そっか…。じゃぁ、今からちょっと見学しに行って来る。」
「ん、何はともあれまず雰囲気を見てみないことにはね。というところで、そろそろ私は音楽室に行くね。」
「うん、ありがとう、さぁちゃん。」
「頑張ってね♪」
ウィンク一つを残して去っていく珊瑚を見送ると、和奏は広げていたパンフレットを集め、鞄を取り出して帰る支度を始めた。

「……和奏ちゃん?そういう名前やろ、自分。」
さぁ帰ろうと立ち上がった途端、独特のイントネーションの声が掛けられた。びっくりして振り向くと、教室の後ろのドアから人懐っこい笑みを浮かべた男の子が覗(のぞ)いている。
「ほう、アンタか?」
「えっ?」
和奏が自分を見たのを確認すると近寄ってきて、上から下まで眺めるとニィーっと笑ってみせる。
「アレやろ?珊瑚ちゃんのツレの和奏ちゃん。最近、男子共の間で噂になってんで。なかなかかわいいってな。」
「え、えと… あの…?」
「おっと、女の子に対して名乗らんのは失礼やったな。」
あはは… と頭をかきながらまた笑みを見せると彼は自分を親指で指して、こう言った。
「オレは姫条 まどか。女みたいな名前やけど、実はこう見えても女やねん。」
「………………?」
名前はともかく、その後に続いた言葉に ─どこからどう見ても男の子、なんだけど…?─ と思いながら和奏が首を傾(かし)げると、彼 ─── まどかは不機嫌そうによそを向いてぼそっと呟いた。
「……アカン、いきなり外してもた。」
「は、はぁ。」
「ま、まぁ、ええわ。和奏ちゃん。今度、オレとデートでもせえへん?……っと、あ、忘れとった!」
教室の時計が目に入ったのか、黒板の上を見たまどかが急に慌て出す。
「今日、ガソリンスタンドのバイトの面接やったんや!ほな、スマンけどまた今度な!」
『デートの約束忘れんとってな〜』と最後にもう一言残して、来たとき同様唐突にまどかはいなくなった。急に静かになった教室で和奏はしばらく呆然としていた。
「…急に話しかけてきて、1人でしゃべって帰っちゃった…… 面白い人。」
まどかが珊瑚の事を知っていたから、大方隣のクラスなんだろう。自分の事を知っていたのにはちょっと驚いたが、今日帰ってから珊瑚に電話で彼のことを聞いてみればいいかと思い直し、当初の予定通り手芸部の部室へと足を運んだ。

ライン

「ただいま〜。」
今日は尽もまだ帰っていないらしい。母親は買い物だろうか?珍しく玄関の鍵を自分で開けて部屋へ上がっていく。
「手芸部、いい感じだったな… 決定にしちゃお。」
部長はいなかったので、副部長という人が色々と説明してくれた。明日は部長も来るはずだから入部届けは明日でいいとのことで、今日は用紙だけもらって帰ってきた。珊瑚の方は顧問の先生が厳しいらしく帰りは結構遅くなると聞いていたので、帰ったら電話をもらうように約束してある。なのでそれまでに、とりあえず宿題を片づけてしまおうと机に向かったところで急に携帯が鳴り出した。
「……?誰だろう?」
表示されてる番号は知らないもの。だけど、一向に鳴り止む様子がないので出てみることにした。
「……もしもし。」
「はいはい。」
「……誰だ?」
「え?あの、如月 和奏ですけど……。」
「…………。」
「…………。」
(ふ、普通電話ってかけてきた方が先に名乗るんじゃないの???)
男性の声だったのもありそう思いながら焦っていると、電話の向こうからふっと笑う気配が感じられた。
「あぁ、入学式の時……。あ、俺、葉月。」
名乗ってくれたことで、知っている人だったとほっとしたと同時にまた別の疑問が湧(わ)いてくる。
「葉月くん!? どうしてわたしの電話番号を?」
「いや、なんか、通りすがりの小学生に番号渡されて……。」
(尽だ……。)
その一言でピースサインをした尽の顔が思い浮かんだ和奏は内心冷や汗ものだったが、不審がられないようになんとか言葉を続ける。
「へ、へぇ〜、不思議だね!」
「…………。」
しばしの沈黙にあまりにも不自然すぎただろうか?と思ったが、気にした風もなくすぐに珪の方から声をかけてきた。
「…今、大丈夫か?」
「うん、平気!葉月くんは、今どこ?」
「……家。今日はバイト、ないから。」
「そ、そうなんだ…。」
その言葉に少し安堵して、ぎこちないながらも言葉を交わした後に、
「……じゃぁ、また。」
「うん、じゃぁね!お電話、ありがとう。」
そう言って電話を切った。
(ハァ〜、ビックリした……。もう、尽のヤツ!何考えてるのよ!)
帰ってきたら問いつめなければとぶつぶつ言いながら、それでも抜かりなく番号登録をする和奏であった。

「ただいまー♪」
脳天気な尽の帰宅の挨拶が聞こえ、待ってましたとばかりに和奏は部屋から顔を出した。
「お帰り。尽、ちょっと…」
と言いかけたところで、タイミング良く携帯が鳴った。尽は姉の顔色を見て何を言われるかわかったのか、
「電話の後で良いよー。」
と自分の部屋へ逃げ込んでしまった。仕方なく自室のドアを閉めて携帯を取ると、待っていた珊瑚からの電話だった。
「もしもし、わぁちゃん?」
「……さぁちゃん、タイミング良すぎ。」
「え?なにが?」
疑問符いっぱいの珊瑚の言葉に八つ当たりしても仕方がないと思い直し、和奏は一つ首を振るとベッドに腰掛けて言葉を続けた。
「うぅん、こっちの話。」
「そ?で、どうだった?手芸部。」
「うん、結構雰囲気良さそうだったし、手芸部に決めようと思ってる。」
「そっか、とりあえずはよかったね。頑張ってね。」
「ありがとう、さぁちゃんも頑張ってね。」
「もちろん!氷室先生なんかには負けないわよ!」
氷室先生、というのが、珊瑚のクラスの担任でありかつ、吹奏楽部の顧問だと聞いたときには驚いたものだ。和奏も数学の担当教諭は氷室 ─── 零一である。かなり厳しいが、むやみやたらに偉そうなわけでなくちゃんと生徒の事を考えての厳しい態度と言葉だというのがわかるので、和奏は結構好きな先生の1人だった。
「って、今日も何か言われたの?」
「うぅん、今日は何も言われてないけどね。何となく、条件反射。」
電話の向こうでぺろっと舌を出してるのが見えるようである。くすくすと笑いながら、和奏は気になっていたまどかのことを聞いてみた。すると、珊瑚の声色が突然変わった。
「げっ!もう姫条に目を付けられたの?」
「目を付けられたって言うか、なんかわたしのこと知ってるみたいだったけど?さぁちゃんが話したんじゃないの?」
「ぜんっぜん!あいつ、女ったらしで有名だからまだしばらく和奏のことだけは話すまいと気を張ってたのに… さすが姫条、侮れないわ。」
「……?姫条くんって悪い人?」
今日会ったまどかの様子を思い浮かべてみたものの、そんなに悪そうには見えなかったのだが…。不審に思って聞いてみれば、拍子抜けするほどあっさりと声の調子が変わった。
「あ、友達でいる分には全然。面白いし、いい子だよ?」
「そう?ならよかった。今度デートしようって言われたけど…。」
「あぁ、その時はちゃんと私にも声掛けてね!2人で行っちゃダメよ!」
「???…うん… わかった。」
「絶対だよ。それじゃ、またね。」
「うん、バイバイ。」
釈然としない気持ちは残ったもののそうして電話を切る頃には、尽に問いつめようとしてたことなどすっかり忘れている和奏。尽の作戦は一応成功したらしい。

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