桜 川 -3-

「うわぁー、すごい久しぶりだな… わぁちゃんの部屋に来るの。」
帰り道に和奏の家に寄った珊瑚は、和奏の部屋をあちこち覗(のぞ)きながらそう言った。和奏もくすくす笑いながら頷(うなず)く。
「ホント、久しぶりだね。お手紙とメールはずっとやりとりしてたけど。」
珊瑚がはばたき市の情報ページを教えてくれると言うのでパソコンを立ち上げていると、突然ドアが開いた。
「ねえちゃん達、おかえり!」
「久しぶりー♪お邪魔してるよ。」
「あっ、尽!! また、ひとの部屋に……。」
ひらひらと手を振る珊瑚とは対照的に和奏は少し怒った表情で尽を見る。尽はけろっとした表情で両手を頭の上で組むとめんどくさそうに言った。
「いいじゃん。ふたりっきりの姉弟(きょうだい)なんだからさ。かたっくるしいこと、言いっこナシ!」
「勝手に入るなって言ってるでしょ。」
「わかってるよ。」
拗ねた様子で口をとがらせた後、珊瑚に向き直ると瞳を輝かせて、
「ところでさ……。学校にカッコイイ男、いた?」
と、問いかけた。珊瑚が相変わらずだねぇーと言った顔で苦笑していると、横から和奏がぽかりと尽の頭を叩いた。
「……あんたには関係ないでしょ。」
「ちぇっ。ねえちゃんも高校生なんだからさー、少しは“異性”に興味持てよな。」
「うるさいな〜。あんたこそ、どうだったの、転校初日は?」
「オレは世渡りうまいもん。友達だって一日でたくさんできたし。彼女は…… まだ3人だけどさ。」
「……………………。」
姉弟(きょうだい)のやりとりを聞いていた珊瑚はそこで爆笑した。
「さすが尽だわっ!ちっとも変わってないのね。」
「当たり前じゃん。オレ、モテるからねぇー。」
ふふんと少し得意げにした後、また和奏に向かって憎まれ口を叩く。
「ねえちゃんは、意外とドジなとこあるからなー。弟のオレとしちゃ心配だよ、うん。」
「……勝手に言ってなさいよ。」
「確かに、和奏は昔っからそういうところは奥手だもんねー。」
「とにかくさ、何か知りたい情報があったら、いつでもオレを呼んでよ。情報料は、安くしとくよ。そうだなあ、たまに小遣いくれればそれでオッケーだよ。珊瑚ねぇちゃんもねぇちゃんと同じ特別価格でいいよ。」
自信満々の様子で、自分の胸を叩いてそう主張する尽を和奏はじろりと睨(にら)んだ。
「……それが目当てか。」
「ははっ、バレたかー。欲しいゲームソフトがあるんだ。じゃ、待ってるからね。珊瑚ねぇちゃん、ごゆっくりー。」
雲行きが怪しくなってきたとそそくさと自分の部屋へ戻る尽を見送ると、和奏は一つため息をついた。
「まったく、抜け目がないんだから……。」
「でもさ…… 尽の情報って侮れないよ?未だにやってんでしょ?いい男リサーチ。」
けらけらと笑いながら珊瑚が問う。和奏は情けなさそうに頷(うなず)いた。
「昔、住んでいたとは言え尽はほとんどこの町の記憶はないからね。新しい町に来て俄然(がぜん)はりきってるわよ。」
「何か知りたいことができたら、尽に聞いてみたらどう?結構ためになること教えてくれるよ?あれで、案外姉思いなんだからさ。」
「そうかなぁ…?」
実の姉である和奏と同じくらい珊瑚と尽は仲良しで、色んな情報を聞き出しては上手く恋愛を運んでいたのを間近で見ていただけに否定は出来ない。半信半疑ながらも和奏もとりあえずは頭の隅に置いておくことにした。

ライン

「ココ!ココ!ちゃんとブックマークしときなね。」
「『はばたきネット』…?」
「そうそう。最新スポットとか、ライブハウスや映画館の公演情報、占いなんかも載ってるのよ♪」
「へぇ〜… はばたき市、進んでるんだねぇ…。」
「おっ?新スポット誕生だって♪何々… 臨海公園完成… か。そう言えば、ここんトコ海辺の開発が進んでるらしいのよねー。」
マウスで画面を操作しながら新情報をチェックしている珊瑚。それを横から覗(のぞ)き込みながら和奏がぽつんと呟いた。
「でも… あまり開発して欲しくないな… 思い出が消えちゃいそうだし。」
「まぁまぁ、そんなに自然破壊するほどすごい開発は行われないはずだから、大丈夫だよ。それよりさ、今年から葉月が“はばたきウォッチャー”の表紙を飾ることになったんだって。ココにも情報が出るんじゃないかな?」
「え?え?どうして???」
「なんか、さっき聞いてたじゃない?葉月のこと。私もあまりよく知らないんだけど、わぁちゃんの顔、納得した様子じゃなかったからね。 参考までに。」
ウィンクしてみせて更に情報に見入る珊瑚。和奏は苦笑して画面から珊瑚に顔を向けた。
「なんだ、さぁちゃん、気付いてたんだ。」
「おっ♪新しいお店もオープンしてる♪ …ん?当たり前じゃない。ありりんの前だったから言わなかっただけよ。」
「……ありがと、さぁちゃん。」
「どう致しまして。で、これが終わったらちゃんと、式前に起こった出来事報告するように。」
ニヤリと意地の悪い笑みを和奏に見せると珊瑚は一頻(ひとしき)り情報チェックをして、和奏にアルバイト情報がくる情報サイトに登録させるとやっと人心地着いたようにベッドに腰掛けた。
「で?」
合間に和奏の母親が持ってきてくれたジュースを飲みながら、和奏に話を促す。和奏は少し照れたように話し始めた。

「……ふぅん …確かにありりんが言ってたのとはちょっと違う感じだね。」
「でしょ?だから、なんか不思議な感じがして… まさか同姓同名がいる訳じゃないと思うし。」
「そうだね。もしいたとしても、それならそれでありりんのことだからちゃんとどっちかって確認してくるだろうからね。」
「ん… そうなのよね… でもね、帰りに門の前で待ってたときにたまたま出会った人に聞いてみたんだけど、 やっぱり有沢さんと同じコト言ってたのよね。」
「むぅー… となると、ますます変な感じだよね。」
「ぅん…。」
少し俯いて所在なさげにしている和奏を見るとなんだか元気づけてあげたくなる。珊瑚は ─これはすっかり癖になりそうだなー…─ と思いながら、和奏の頭をぽんぽんっと撫でるとこう言った。
「ま、あれだよ。同じ学校なんだからさ、これから会う機会もあるでしょ?その時にでも話しかけてみたら?」
「え……!?」
「そんなに驚かなくても… ほら、助けてもらったお礼をもう一度言うとかって理由を付けたら出来るでしょ?」
「あぁ… うん、そうだねぇ…。」
「他人に聞いてもわからないよ。本人と話してみるのが一番確かなんじゃない?」
「ん、それもそうだね。明日からそれとなく探してみる。」
「うんうん。その方がいいよ。まぁ、1人でいることが多いみたいだから、声はかけやすいと思うけどね。」
そう言ってまたぽんぽんっと撫でると珊瑚は立ち上がった。
「あまり遅くならないうちに帰るね。」
「うん、今日は色々ありがとう!」
「どう致しまして。また明日、迎えに来るよ。」
「うん、待ってる。」
そんな話をしながら階下に降りていくとふと思い出したように珊瑚が口を開いた。
「そうそう、部活何に入るか考えときなね?今日、式の時にもらったパンフレットに一覧載ってたと思うから。」
「あ、うん、わかった。」
「それじゃ、また明日。おばさん、お邪魔しましたー!」
「バイバイ♪」
「バイバイ!」

こうして和奏と珊瑚の高校生活最初の1日は過ぎていった。何もかもが今日始まったばかり。

end.

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