桜 川

─── ココはどこだろう…?
 ─── なんだか懐かしい感じがする…。
 ─── あれは…ステンドグラス?

『王子は、必ず迎えに来るから……。』
 ─── え?誰?
 『……約束。』
 ─── 待って!君は誰…?

…キミハダレ…?

ピピピッ、ピピピッ、ピピ…。
「……夢?なんだか懐かしい感じの不思議な夢だったな…。」
夢の内容はほとんど覚えてなかったけれど、なんだかひどく切ない気持ちだけが残っていた。 それを振り切るように身体を起こした途端、目尻に溜まっていた滴が頬(ほほ)を伝ってぽとりと落ちた。
「……あれ?わたし、泣いてる…?」
慌てて瞼(まぶた)を押さえて涙の名残をそっと拭(ふ)く。鏡で確認したところ、泣いた後はわからないようだ。ほっとしたのも束の間(ま)、階下から弟である尽の大声が聞こえてきた。
「ねーちゃーん!起きてるかー?」
「起きてるわよ〜!すぐ行く〜!」
今日は“私立 はばたき学園高等部”の入学式。もちろん遅刻するわけにはいかないので、一つ伸びをしてベッドから抜け出した。 如月 和奏 ─── 15歳。運命の出会いはすぐそこに迫っていた。

─── もうなかないで?
 『だって、だって…。』
 ─── だいじょうぶ、またあえるから。
 『ほんとうに?ぜったいにまたあえる?』
 ─── ん。おてがみもいっぱいかくよ。
 『じゃぁ、ゆびきり!』

『うそついたらはりせんぼんのーます!ゆびきったっ!』

♪タッタタン〜タッタタン〜タッタタタタ〜。
軽快なミッキーマウスマーチの音楽と共に起きあがったこちらは、海藤 珊瑚 ─── 同じく15歳。
「なんかすごい昔の夢を見たなぁー。」
そう、あれは自分が引っ越しをするときの夢。幼なじみの和奏が泣きながら自分に指切りをせがんだのだ。どちらの父親も転勤族だったため、定期的に異動があり2人とも引越と転校を重ねていた。が、それももう昔の話だ───。今は双方の家族ともこの2人が産まれ育ったはばたき市に自宅を購入し、今日からは同じ高校へ通うのだ。
「さーて、着替えますか♪」
ベッドから出るとクローゼットのドアを開けて真新しい制服を取り出す。彼女にもまた運命の出会いが待っていることは知る由(よし)もなく。

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「おはよう!わぁちゃん。」
「はよぉ、さぁちゃん。」
2人並んで新しく通うことになる、はばたき学園までの道のりを歩く。こうやって同じ学校を目指して一緒に歩くのは何年ぶりになるのだろう。
「さぁちゃん… 背、伸びたねぇ…。」
少し見上げるような感じで和奏が珊瑚をまぶしそうに見る。珊瑚は右手をぽんぽんっと和奏の頭にのせると、
「そうかなぁ?普通だよ? …それよりわぁちゃん、いつから身長止まったの?」
「……中2……。」
「そっかぁ… でもさ、ほら、女の子はちっちゃい方が可愛いっていうし♪」
「……さぁちゃんに言われても説得力ない。」
恨めしそうに上目遣いで見られてはなんとも慰めようもなく… 苦笑してまたぽんぽんと和奏の頭を撫でると、
「でも、今ぐらいのわぁちゃんが私は好きだけどな。」
と言って、その話は終わり、とばかりににっこり笑いかける。和奏もいつまでも仕方がないことで拗ねている訳にもいかないので、笑顔を取り戻して話題を変えた。
「同じクラスになれるといいねぇ…。」
「そうだねぇ…こればっかりはわかんないからなぁー。」
はばたき学園の門が見えてきた。真新しい制服に身を包んだ新入生らしい生徒達が、皆一様に少し緊張した面もちで入っていく。その門の前に立ち止まって和奏がぽつんと呟いた。
「ここが今日から通う“はばたき学園・高等部”…3年間お世話になるんだよね…。」
「なぁに?そんなに改まらなくても。」
「さぁちゃんは半年前にこっちに帰ってきてるからお友達もいるだろうけど!わたしは今日からなんだからね!」
「大丈夫大丈夫。友達なんてすぐに出来るよ。ほら、クラス割り、見に行こう。」
和奏の背中を押すようにして、珊瑚はクラス割りが張り出されている掲示板前まで歩いていった。
「んっと…あ、あった♪私、A組。」
「えぇ…わたし、B組だよ〜…。」
「あらら… お隣かぁ…。ま、体育の授業は一緒だろうし、そんなに気に病まなくても大丈夫だよ。」
「ん…。」
がっかりした表情でいつまでもクラス割りの自分の名前をにらみつけてる和奏に、珊瑚がまた苦笑していると後ろから肩を叩かれた。
「珊瑚さん、おはよう。」
「あ、ありりん、おはよう♪」
「また同じクラスみたいよ。よろしくね。」
「え?本当?ラッキー♪こちらこそ、よろしくね★」
差し出された手を取って握手を返していると、横から不思議そうな和奏の瞳が見上げていた。
「あ、ありりん、この子、私の幼なじみで今年からこのはばたき学園に来た如月 和奏って言うの。よろしくね。」
「あぁ、あなたが如月さん… 初めまして。有沢 志穂です。」
「あ、えと… 初めまして、如月 和奏です。」
慌ててぺこりと頭をさげる和奏に志穂は微かに苦笑した。
「そんなに固くならなくても良いわ。私も1年なんだし。」
「あ、うん…。」
和奏は少し赤くなった顔でもう一度頭をさげた。
「ありりん、他のみんなは?」
「そうね…。」
と2人が話を始めたので和奏はそっと珊瑚の袖を引っ張った。
「ん?どした?」
「あのね、入学式までまだ時間あるし、ぐるっと見てくる。」
「そう?1人で大丈夫?」
「ん、平気。じゃぁ、有沢さん、またね。」
「えぇ。入学式には遅れないようにね。」
2人に軽く手を振ると和奏は校舎の方へと歩いていった。

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「ここが、反対側の校舎の裏かな?……?なんだろう、あの建物……。」
掲示板の前から運動場の横を通り過ぎて校舎の裏側に回ると、木々の間から尖塔がちらりと見えた。何故だか気になって和奏はその尖塔を目指してずんずん奥へ進んでみる。と、少し周りが開けたところで小さな教会にたどり着いた。ドアの取っ手を押したり引いたりしてみるが開く気配は一向にない。
「閉まってるんだ……。」
名残惜しそうにもう一度取っ手を引っ張って、尖塔の鐘を見上げる。少しの間そうしていたのだが、誰も来る気配もないしふと時計を見た。
「と、いけない、もうこんな時間!入学式の会場に行かなきゃ……。」
慌てて振り返って一歩踏み出したところですぐ後ろに立っていた誰かにぶつかり尻餅を付いた。
「わっ!! いたた……。…………?」
顔を顰(しか)めて打った腰の当たりをさすりながら身を起こそうとすると目の前に手が差し出された。その手を辿って顔を上げると、恐ろしく綺麗な瞳と目が合ってしまい、痛さも忘れて見惚れてしまった。
「ほら……。」
「………………。」
「どうした?……手、貸せよ。」
「……は、はい。」
我に返って手を取り立たせてもらう。少しの気恥ずかしさからパンパンと軽く埃を払うと改めてその美少年と向き合った。
「あの、すみません先輩、わたし、慌ててたから……。」
「俺も、1年。」
「あ、そうなんだ!よろしくね!わたし、如月 和奏。」
少し気が動転していて早口で捲(まく)し立ててしまったかもしれないが、それでも相手からの返答がないのに不思議そうに首を傾(かし)げると、
「……急いでたんだろ?入学式。」
「えっ…?……あれ?でも……。」
「俺は…… ここで入学式。」
「……?」
キョロキョロと辺りを見回してみるが、どう見ても体育館ではない。その様子に彼は少し表情を和らげて促した。
「早く行ったほうがいい。」
「あ、うん。それじゃぁ、えっと……。」
「葉月 珪。」
「ありがとう!葉月くん。」
頭を下げて来た道を戻っていく。校舎の角を曲がるときにそっと振り返ると、彼 ─── 珪は教会の裏側へと歩いていくところだった。
(葉月くん、か……。うん!わたしの高校生活、いいことありそう!!)
ふふっと嬉しそうに微笑んだ後、時間のないことを思い出して会場の体育館までダッシュしたのだった。

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